11.フランス・パリ編
― 8月1日、午前10時。
セリカの自家用ェット機はフランスのシャルル・ド・ゴール国際空港へ到着した。
到着してすぐに向かった先はパリ5区にあるアラブ世界研究所だった。このエキゾチックな建物はガラスと金属の外装で装飾されスマートなデザインで、研究所と言われなければそうとは思えない造りをしていた。レイラとセリカが研究所に到着すると、建物から一人の男が現れた。頭に白いクゥーフィーヤという布をかぶり、顔は髭面、歳は三十代後半に見える、アラブ人ですと言わんばかりの出で立ちの男は、表情を変えずに真っ直ぐ二人に向かって歩いてきた。
「エンゾ・アリです。ここでは所長をしております。ずっとお待ちしておりました」エンゾと名乗った男に笑顔はなく、全てを掌握しているかのような落ち着いた面持ちで挨拶をした。
「アリさん。私はレイラ・凰花・バード。彼女はギリシャのセリカよ」
「エンゾとお呼びください。ここでは何ですから中へお入りください」
エンゾはそう言うと二人を研究所の中へ案内した。
研究所の一室でエンゾは二人に今回のプランの説明を始めた。
目の前には電子スクリーンが三面、部屋の空間に映し出されている。
「私がお連れするのはエジプトの・・・」
「・・・待って」
レイラはエンゾが話を始めると早々にその話を制止した。
「どうなさいましたか?」
いきなり話の腰を折られたエンゾは驚き、しきりに辺りを見回した。
そんなエンゾの耳にセリカが小声でこう話した。
「場所の説明や行き方だとか、今ここで話すのは止めましょう。恐らく盗聴されています。コンピューターを用いた説明も、止めた方が良いかもしれません」
「わかりました。では・・・」
エンゾはそう言うと説明を止め、コンピューターの電源を落とした。そしてそのままデータ媒体を全て手際よく破壊した。
「これで良いでしょう」
そう言って両手をパンパンとはたくと、二人を外へ連れ出した。
「車もきっとチェックされているのでしょうね・・・」
エンゾは寂しそうな表情をしながらため息交じりに呟いた。
「その通り。でも私たちが先手を取ることが大事よ」
セリカはそう言って小さく頷く。
「そうですね」
エンゾはそう返事をすると愛車の目的地を空港へ設定し、自動運転モードに切り替えた。
「エンゾは自動運転派なの?」
レイラは専ら《もっぱら》自分で運転するタイプだったこともあったが、一般的に男性は自分で運転をしたがること多かったので、エンゾが自動運転を選択したことに少し驚いた。
「ええ、私は運転が苦手なもので」
エンゾは特に気にしない様子でそう言葉を返した。
そして車は空港に向かって走り始めた。
「待って、停めて」
突如、レイラが車の停車を求めた。
「車を停車」
エンゾがそう言うと、車から“安全確認優先で停車します”との音声が流れ車は道路の脇に寄り、停車した。
「セリカ、あのカフェでコーヒーを飲んでいる男を見て」
そう言ってレイラが指を指した先にいたのはガイアだった。
「えっ?嘘でしょ?」
「あーあ、彼の名はフランソワ・マルタン。ICPO《アイシーピーオー》の警部ですよ」
エンゾは知った風でそう言った。
「えっ?警部?ガイアそっくり・・・。エンゾは彼をご存じなの?」
「ええ、彼は私の古い友人ですよ。お知り合いと似ているご様子ですので紹介しましょうか」
エンゾはそう言うと車から降りてフランソワ・マルタンに声をかけた。
「ヘイ!フランソワ!」
「おお!エンゾ!」
フランソワ・マルタンは嬉しそうに立ち上がりエンゾに手を振った。
「ちょっちょ、ちょっと、エンゾ、彼は人間?アンドロイド?」
「ははは、彼は紛れもない人間です。信頼できる人物です。私が保証します」
エンゾはレイラとセリカをフランソワ・マルタンの元へ連れて行った。
「どうしたんだエンゾ?君の彼女でも紹介してくれるのか?」
「いや、違うんだ。彼女の名前はレイラ。それでこちらがセリカ。君がレイラの知人にそっくりみたいでね」
「そうなのか?俺の名はフランソワ・マルタン。詳しく話を聞きましょうか。飲み物はコーヒーで良いですかな?」
フランソワ・マルタンはそう言って椅子を引き、レイラを座らせた。
「いきなりごめんなさいね、あなたはガイアをご存知?」
「はい?ガイアですか?知らないな・・・」
「あっ、では、GAー1Aってご存知?」
「あーあ、アンドロイドの」
「そう、知っているのね?」
「知っているも何も、あれのモデルは俺だからな。まあ俺は人間だから年食っちまったがな」
「そうなの?」
レイラは少し驚きつつも納得した。確かにこの男はガイアよりも老けている。
「何だ?あのアンドロイドの知り合いですか?まさか恋人とか?」
「・・・そのまさかよ」
「おっ、何か怒っているかな?」
「だって彼はもうこの世には・・・」
「・・・そうなのか。この世には?えーっと、アンドロイドでもあなたがそれだけ悲しむってことは余程、その、うーん。良いやつだったんだなー。ちょっとお待ちを、今調べてみます」
フランソワ・マルタンはそう言うと手元のコンピューターでガイアについて調べだした。
「おっ、あったあった」
“GAー1A ”製造元はフューチャー・システム・イノベーション・カンパニー(FSI)。
一般販売が開始された際のFSI社製アンドロイド第1号機。
その直後、アメリカがアンドロイド警官をテストで導入、彼は巡査からキャリアをスタートし、最後は警部補でキャリアを終えている。
「俺が今、警部だから、もし辞めずに続けていたら警視正くらいにはなっていたかもな。オリジナルより優秀って、そりゃないよな」
「・・・凄い情報網ですね・・・さすがはICPO」
「ん?エンゾ、お前俺がICPOだってばらしたな?」
「ん?まずかったか?」
「ん、いや、大丈夫だ。それより、君たちの目的は俺に会いに来ることだったのか?」
「いや、違うんだ。これからお出かけを、ね・・・」
エンゾが少し気まずそうにレイラたちへ相槌を求めた。
そんなエンゾにレイラとセリカは苦笑いをしながら互いを見合った。
「ん?ちょっと待ってくれ、レイラ、君はもしかしてレイラ・凰花・バードではないですか?」
「・・・」
「そんな警戒しなくてもいい、別に襲いはしないし逮捕もしないですよ。これを見てください」
そう言ってフランソワ・マルタンは先ほどのコンピューターの画面を切り替えた。
「え⁉」
そう驚くレイラの目の前にはラベンダー畑で微笑む都幾川赤音の静止画像があった。
「そう、都幾川赤音だ。俺はこの間の事件を追っているんだ」
「でも、あれはニューヨークで起きた事件でしょ。何故、フランス人のあなたが?」
「俺が追ってきた事件との関連が考えられる。それに都幾川赤音は生きている」
「え?」
レイラは驚きつつも以前に蒼志が言っていた“赤音は生きている”という言葉を思い出していた。
「彼女はこの国、フランスのソーにいる」
「ソー?」
「南プロヴァンスにある小さな村ですよ。彼女の写真はそこで撮られたものだ」
「不可解だわ。生きているって話もあったけれど、だって赤音は確かに・・・」
「そう、確かにDNA鑑定も含め、あの時死んだのは彼女のはずだった。なのにこうやって彼女は生きている。実に不可解だ。俺はあなたへの取り調べ記録も確認したんですよ」
「それで何かわかったのでしょうか?」
「ああ。恐らくではあるが、死んだのは都幾川赤音のクローンだ」
「クローン?でもそうだとして、どうして・・・それにクローンは禁じられているでしょう」
「禁じられているから創ってないとは限らないだろう」
「そうね、そうだった。そういうことする組織を私は知っているわ」
「NLLだろ、違うか?」
「そう、NLL。マルタン警部、私は彼らにひどい目に合わされた。私はNLLの下部組織、フェニックス研究所に作られたのよ。それにそこの所長が赤音のことを知っていたし・・・」
レイラはフェニックス研究所やNLLについてマルタンに知る限りを話した。
「・・・なるほどな。やっと点と線がつながったよ。あとは真実を明らかにすることと、やつらをどう叩くかだ。俺の目的もあんたたちと同じだ。協力させてくれないか?」
「おー、レイラ、それはありがたいですね。是非、協力してもらいましょう」
エンゾは頼もしい友人の傘下に大いに喜んだ。
「そうね、仲間は多い方が良いもの」
「よし。決まりだな。まずはソーで事実を明らかにしよう。エジプトへ向かうのはそれからでも遅くないはずだ」
「遅くないって、マルタン警部、私たちは一刻も早くしないと」
「まあ、可能性として鳳櫻子が次に向かう先は、エジプト、アメリカ、オーストラリア、南極、ペルーの何処かな訳だろう?その中で距離を考えた場合、一番近いのはエジプトかオーストラリアだ。しかし彼女はレイラのようなソース・オブ・ライフにつながるコーディネーターが誰なのかを感じる能力はない。そうなると国はわかっても何処にソース・オブ・ライフがあるかはわからないのだから、いずれかの国で足踏みをせざる得ない訳だ。それにソーに向かう訳は都幾川赤音の謎を解明するだけが目的じゃないぜ」
「どういうこと?」
「さっきあなたは自分のことを俺に話してくれただろう。その中にあった自分自身の体についてだ。あなたは火の実を摂取しなければ長くは生きられない、それに以前、火の実の錠剤を初めて摂取した時に力が暴走して炎上したと言っていた」
「それと赤音と関係があるの?」
「いや、彼女と一緒にいる人物がとんでもない人物なんだ。見てくれ」
そう言ってマルタンは新たな画像をレイラに見せた。写真は初老の女性で上品で清潔感のある美人だった。髪は綺麗な白髪で緑眼は初老には見えない程生命力に満ち溢れている。
「彼女の名前はマエリス・ルージュ。元医者で、今は引退してソーで隠居生活を送っている。都幾川赤音が世話になっているのが彼女の家なんだ。彼女は世界で有名な名医だったんだ。数々の奇病を治してきたことからついたあだ名は“ミラクルージュ”ってんだ。彼女なら君の悩みを解決してくれるかもしれない。今のままだと、何かと不便だろ?」
「不便だけれど、その
「奇跡といっては儚い夢のようにも聞こえるが、彼女の手にかかり、今まで治せなかった病気はなかったと言ったら、少しは行ってみる気になるか?」
「なったわ」
「ははは。だろ?では早速行こう!」
レイラたちはパリ国際空港よりマルセイユ空港へ向かった。
「しかし、セリカは何故、自家用機を持っているのですか?」
エンゾが自然と案内されたセリカの自家用ジェットの中で皆が抱えている疑問を投げかけた。
「えっ?セリカのこと、知らないの?」
その質問にレイラが驚きながらそう言葉を返すレイラだったが、そう言うレイラもつい最近まではセリカのことを全く知らなかった一人だ。。
「えっ、ええ、失礼ながら・・・」
エンゾは両方の手のひらをレイラに向け、申し訳なさそうにそう返した。そしてその隣ではマルタンがエンゾと同じ心境で答えを待っていた。
「彼女はセリカ・アルキメデス」
「アルキメデス?それって?あの?」
エンゾはその有名な名に対し、すぐに反応した。
「えへ。一応、そうなんです!その天才の血を引いていましてー」
セリカが嬉しそうに照れ笑いながらそう答えた。
「まさかこのジェットも君が作ったのか?」
マルタンがすかさず言葉を投げかける。
「いやいやいや、そりゃー作ろうと思えば作れますけどー、これは買っちゃいました!」
「えっ?自分で?」
エンゾとマルタンは目を丸くして驚いている。
「そうです!しかも自動運転システム搭載機です!」
セリカは増々どや顔になっていた。
「いやいやいや、え?」
「まあ、色々と発明したら当たって当たって。代表作は、そうだなー“フライ・ハイ”ってご存知?」
「えっ?フライ・ハイ?勿論だよ、あの上に乗って空飛べるやつだろ!」
「そうそう、あとはディープ・ブルーX《エックス》(限りなく薄い素材で出来たスイムスーツで、生身では不可能とされてきた水深400メートルを遥かに凌ぐ水深1000メートルまで潜ることが可能)とかサテライト・マキシム(地球上で建物の外にいる生物、例えば人類であれば通常の会話まで拾うことが出来る)あと・・・」
「ちょっと待ってくれ、どれも一級品ばかりではないか」
「あっ、どうも」
「ん?でももしかしてだぞ、もしも鳳グループがサテライト・マキシムで俺たちをターゲットにしていたら、色々と会話拾われて大変なんじゃないか?」
「ふっふっふっー。私を甘く見ないでください。ババババーン♪」
そう言ってセリカは得意気にポケットから手のひらサイズの機械を取り出した。
「サテライト・マキシム・キャンセラー」
「ははは!そんな都合がいい機械があるのか」
「勿論です。開発者ですから。だから彼らは空から私たちを探すことは簡単には出来ない」
「それは助かる。でも今や世界中に監視カメラだとか、人を追跡する手立てはたくさんあるぞ」
「そうですね、一応、監視カメラ防御システムはレイラが持っています。ただ軽率な行動はお互い避けましょうね」
「ああ。そうだな。俺も目標を達成したいからな」
「あっ、そうそう他にもですね・・・」
セリカの発明品紹介はマルセイユ空港に到着するまで続いた。
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