13.エジプト・ギザ編

― 8月6日午後1時。


セリカの自家用ジェットがカイロ空港に到着すると、すぐさま中から自家用車が降ろされた。運転席にはセリカ、その横にレイラ、後ろにエンゾとマルタン警部が乗っていた。車はセリカが設計、製作主導したオリジナル車で見た目は限りなくスポーツタイプに近い丸みを帯びたSUVだった。様々な機能が車内外に搭載されている様子だった。


「セリカ、車あるならフランスでもそれ乗ってればよかったじゃん?」


「えへへ、勿体ぶった」


「何それ?あはは。エンゾ、ギザのピラミッドに向かえば良いのよね?」


「はい。その通りです」

レイラ一行はそのままカイロの市内を抜け、ギザのピラミッドへ向かった。


「セリカ、認識している?」

車を走らせ三十分くらいで突然レイラが深刻な面持ちでセリカに話しかけた。


「・・・うん。どうしようか?」セリカの額を汗が流れた。


セリカの車を一台の黒塗りの車が空港から追尾していたが、町の中心部辺りから、一台、また一台と数が増えてきていた。


「いつ攻撃してもおかしくないから、でもあれって鳳関係の人たちなの?」


「いえ、あれは恐らくアッ・シャムスですよ」

エンゾが焦った様子でそう言った。


「「アッ・シャムス?」」

レイラとセリカが口を揃えた。


「太陽をトレードマークにしているアッ・シャムスは北アフリカを拠点としている軍事組織だ。聞いたことくらいあるだろ。エンゾが焦っているのは、よりによって目を付けられているのがアフリカ最大の軍事組織だってことだよ。まあ、鳳の手が回っている可能性はあるがな」

マルタンがため息交じりにそう言った。


アッ・シャムスはエジプトを拠点に北アフリカや中東アジアでも幅を利かせる軍事組織で、戦争への介入や武器の売買、企業、国家の警備から殺しの依頼までありとあらゆる分野でその軍事力を発揮している。


「こんなにいるんじゃまきようもないし、このままピラミッドまで行っていい⁉」そう言うセリカの目の前にはピラミッドが見えている。


「もし何かされたら対応するしかないだろうけれど、まずは行くしかないだろ」そう言ってマルタンは手元のセミオート拳銃の安全装置を外した。その後、セリカの車は町の中心部を抜け広い砂漠が広がる道を走っていた。再びバックモニターを確認すると、追尾している車が装甲車に替わっていて、空にはヘリが飛んでいる。


「大がかりになってきたわ・・・」

そういってセリカは固唾を呑んだ。


― その時だった。エリカの車のモニターに回線が入った。


“こちらはアッ・シャムスのサイード。お前たちの目的及び目的地を言え。場合によっては攻撃を開始する”サイードと名乗る男は、軍服にヘルメット、顔は黒く覆っていた。


「我々は敵ではありません。どうか見逃してください!今からピラミッドに観光で向かうだけです!」

エンゾが必死にサイードと名乗る男へ説明をした。


“では今すぐ武装解除し、車を停め、外に出て両手を挙げよ”


「レイラさん、どうしますか?」


「マルタン警部、従ったらどうなる?」


「まあかなり高い確率で拘束れるだろうな。そこから尋問を受けて・・・最悪殺されるかも」


― それは困る。


「よし、アッ・シャムスのサイードに告げる、我々はそちらの指示したがう筋合いは無い。しかし、戦う意思も理由もない。ここはどうか引いてほしい」

レイラはサイードにそう言い渡した。


“各隊、攻撃開始”サイードが部隊に指示を出した。


「ちょちょちょ、早いってっ!」

セリカが慌てて防御システムのボタンを押した。


セリカがボタンを押した直後、後続の装甲車からロケットランチャーや銃撃、上空のヘリからもミサイルが発射された。それぞれの時速千キロ前後の各弾がセリカの車をめがけて飛んできている。セリカは防御システム作動直後、ターボボタンを押し、アクセルを全開に踏んだ。信じられない程の加速で車は速度を上げていく。


「みんなシートベルトしっかりお願いします!もう、あったまきた!」


「えーっ⁉」

後ろを気にしてみたエンゾは人生で一番驚いていた。セリカの車は弾丸ミサイルを超える速さで進み、そのまま車体は宙に浮きだしていた。そして次の瞬間、高く高く空へと羽ばたいたのだ。


「このまま、ヘリの後ろに回り込み・・・、ポチッと」

そう言ってセリカは車体を上空へ180度回転させ、ヘリの後方へ回り込んだ。

そして次の瞬間、ミサイルの発射ボタンを押し、ヘリを迎撃した。


また、その後には上空に向かって装甲車から降りた兵士たちがフライ・ハイに乗って空へ飛び出した。兵士たちは機関銃を片手にセリカの車へ集中砲火を始めた。

マルタン警部も射撃を始めようとトリガーに指をかけたが、セリカがそれを止めこう言った。


「マルタン警部、大丈夫です!あれ、私が作ったんですよ!無効化できます!」

セリカはそう言うと、手元のタッチパネルを操作し、車を追っていたフライ・ハイは五秒後に無効化した。アッ・シャムスの兵士たちが地上目がけて落ちて行くが途中で皆パラシュートを開いていた。


「セリカ、凄い!」レイラは興奮気味にそう言った。


「へっへ~、どんなもんよ!」


「さすがだが、しかし喜んでもいられないだろう。ここでやつらをせん滅したところで、次の部隊が顔を真っ赤にしてやってくるだろうよ。きりがないぞ。それに時間をかければかける程に増えるだろうしな」


「ですよねー」


そう話している間にも空飛ぶ車はピラミッドの目の前に来ていた。


「アッ・シャムスはピラミッドには絶対攻撃してきません。私とレイラさんだけでも、上手くピラミッドの近くに降ろせませんか?」

エンゾが後部座席からセリカに相談を持ちかけた。


「出来ると思う」

セリカはそう返事をすると車体をピラミッドへ近づけた。そして別れ際に「これ、特別回線の発信機、これがあればまた後で合流できるから」と言ってレイラとエンゾに発信機を手渡した。


「エンゾ、急ごう。この辺でこれだけドンパチしちゃったら、国家単位で動いてくると思うよ」


「そうですね、さあ、中へ急ぎましょう!」


 レイラとエンゾは駆け足でピラミッドの中へと侵入した。


「ねえ、エンゾ、こんなに観光客いるのに大丈夫なの?」


「まーあ、大丈夫でしょう」

さっ、こちらに少し不安そうな素振りを見せながらエンゾはレイラを奥へと案内した。

「あー、あったあった。ここです」

そう言ってエンゾは誰も来なそうな細い通路の門で足を止めた。


「えっ?エンゾ、ここだってたまに人来るよ?」

レイラはヒソヒソと小声でエンゾへ話しかけた。目的地がまさか有名な観光スポットであることに動揺を隠しきれなかった。


「いいからいいから」

エンゾはそう言うと、小さな隙間に手を伸ばした。“カラカラ”石がすれる音と共にピラミッド内が小刻みに揺れ始めた。パラパラと小さな小石が天井から落ちて来る。


「キャー!」

中の観光客が騒ぎ始めた。


「崩れるぞー!みんな外へ!」

エンゾが大きな声でそう叫ぶと、観光客は全員パニックを起こしながら慌てて外へ飛び出して行った。


「これで良しと。さあ、こちらへ」

エンゾが手を伸ばした方向に新たな道が出来ていた。


「何か、複雑だわ・・・」

エンゾが指した方向にある小さな通路を進むと、その先に小部屋があり、太陽神ラーの石像が建てられていた。


「あっ、なるほど。エンゾ、ここにソース・オブ・ライフはないのね」


「そうなんです。さあ、鍵を取って、替わりにこれを乗せてください。そしてすぐにここをここを出ましょう」

エンゾはそう言うと、レイラに小さな金塊を手渡した。


「わかった」

レイラはそう言うと、ラーの手のひらに乗った鍵を手に取り、手早く金塊を替わりに乗せた。


「おっ、上手ですね」


「どういうこと?」


「このピラミッドはとても繊細に出来ているのです。タイミングが悪いと、全て倒壊してしまうのです」


「ちょっと⁉そう言うのはもっと早く言ってよ!」


「言ったら緊張して間違えてしまうかもしれませんからね」エンゾはニヤニヤしながらそう言った。


「それもそうね。さあ、行きましょう」

二人は足早にピラミッドの出口へ向かった。


二人がピラミッドを出ると、何者かがマシンガンを乱射してきた。


“ダダダダダダダダダダ”


エンゾはとっさにレイラをかばい、銃弾を受けてしまった。


「エンゾ?エンゾ?しっかりして?もう、誰よピラミッドには絶対攻撃しないとか言ったの」

レイラは少し呆れながらエンゾを引きずってもう一度ピラミッドの中へ戻って行った。


「うう・・・。レイラ、無事ですか?」


「私は大丈夫よ。それより」

エンゾを引きずった後にはべっとりと血の跡が残り、レイラの手にも血のりがべっとりとついていた。


「わっ、私は良いんです。それよりあなたを無事にソース・オブ・ライフがある場所までご案内しないと・・・」

青い顔をしたエンゾの息はあがっていた。想像以上に銃弾を受けた傷が深い様子だった。


「エンゾ、あなた銃を撃たれた場所があまり良くないみたい。血の勢いが半端ないもの」


そう言ってレイラが触るエンゾの傷口からは血がジワ―っと溢れてきている。

早急に手当てをしないと絶命するのは時間の問題だった。


エンゾの目も虚ろで息もハアハアと上がっている。


― どうしよう。このままだと死んじゃう。

 

レイラは焦る気持ちを落ち着かせようと瞳を閉じ、鼻からゆっくり空気を吸い込むと、ゆっくり息を口から吐いた。


「よしっ!ちょっと待ってね!」

レイラは力強い眼と共にそう言うと、傷口に両手を当てて精神を集中した。


「治れ・・・治れ」

全力で集中したレイラは小声でそう唱えながら手を当て続けた。すると傷口はみるみるふさがり、エンゾの青かった顔色も元に戻って行った。


「あれ?あれれ?痛くない?あれ?」

死を漂わせていたエンゾがいつものエンゾに戻った。

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