14.エジプト・ネオ・ヘリオポリス編

「多分もう大丈夫だと思う。血が少し足りないからふらふらするかもしれないけれど、傷口は塞いだから」

傷口から流れ出た血は戻らないが傷口は完全に塞がり、フェニックスの力なのか、エンゾの顔色もいくらかマシになっていた。


「いったいどういうことですか?」


「ほら、フランスでミラクルージュに見てもらったでしょ?」


「ええ」


「あの時に、私の体質についても見てくれて、私はフェニックスの血を引いているから、生命力や治癒能力が物凄く高いんだって。それにソース・オブ・ライフの力も影響しているのだと思う。だから治してみました」

そう言ってレイラはエンゾに優しくウインクした。


「すっ凄いですね!ありがとうございます!」エンゾは目を輝かせながらレイラに感謝した。


「いえいえ、私をかばって受けてしまった傷だもの。これくらいはさせて下さい。それよりどうしようか?あそこから顔を出したらまた撃たれちゃうよね。確かピラミッドって北口かな?シャフトからも出入りが可能じゃなかったっけ?狙われているかな?」


「そうですね、これもまた想定内ですので、こっち、行きましょっか」

そう言うとエンゾは地下の奥へ奥へと進んでいった。そして「ここです」と言って最下層の一角にあった石をスッと指で押した。

また同じようにピラミッド内は小さく揺れると、レイラの目の前に新たな道が開いた。


「これは?」


「この通路は遥か昔に作られたもので、かつてのヘリオポリス近くまでつながっているはずです。勿論、移動手段だってありますよ」そう言ってエンゾは隠し通路の入口を占めると、メガネ型懐中電灯を照らし、暗がりを真っ直ぐ進んだ。


「ねえ、エンゾ、移動手段だってありますって、歩き?」


「へ?」

エンゾはメガネ型懐中電灯をかけたまま振り返った。


「うわっ、眩しっ、眩しっ!振り返らなくていいから!」

レイラは文句を言う気はなかったが、ピラミッドからヘリオポリス後までの距離を想像したら少しぞっとした。


ヘリオポリス跡、それは恐らくカイロ近郊。


もしも人がやっと通れるくらいのこの通路を歩き続けるとしたら中々の距離が想定できたからだった。しかしそんなレイラの不安もつかの間のものだった。


「ここです」

そう言ってエンゾは再び小さな石のスイッチを押した。するとまた新たな小部屋が二人の前に広がった。部屋の中では太陽光のような暖かな光が広がっていて、石板が浮いている。まるでそれは石板が宇宙空間にいるかのような光景だった。


「これは?」


「古代文明ってやつです。なんでこうなっているのかなんて、僕にはわかりません。ただ、目の前に石板が浮いている。この先の通路で、これに乗っかって、あとは“進めっ!”って念じればオッケーです」


「・・・わかった。ふふ」レイラはワクワクした面持ちで石板に四つん這いで乗っかった。


― 進めっ!


すると石板はふわっと一度軽く加速するとその勢いそのままに真っ直ぐ通路を進んでいった。生暖かくかび臭い空間を風のように切り裂いて進んだ。どれくらいの時間がかかったのかはわからないが体感的に一時間以内くらいで石板に乗り始めた時と同じような小部屋に到着した。小部屋では他の石板が浮遊している。石板はその小部屋に着くや力尽きたかのようにピタッと止まり、ストンと浮くことを止めた。


「うわっ」

レイラは予想外の石板の動きに対応しきれず前のめりに倒れこんだ。

「いててて・・・」


そしてすぐ後にエンゾも到着し、レイラと同じように前のめりに倒れこんでいた。


「いったぁ~」


「ふふふ、予想外の動きよね。さて、エンゾ、どうするの?」


「ここまで来たら、ソース・オブ・ライフは近いですよ。最初からこのルートを選択していれば、銃で撃たれずに済みましたね」

エンゾはそう言って撃たれた左胸をポリポリかいた。


「何でこっちを最初から選択しなかったの?忘れていたの?」


「いや、私、情けない話ですが虫が苦手で・・・」


「そんなの、私だって苦手・・・ってまさか?」


「はい?」

そう話すレイラをエンゾがメガネ型懐中電灯ではっきり照らした。


「キャー!」

レイラの髪や服におぞましい様々な虫たちが這っていた。


「いやいやいや、無理無理無理!」

レイラはパニックを起こしながら体に着いた虫を必死で払った。


エンゾが小部屋の小角をまたポチッと押すと、またスッと石の扉が開いた。


「ここから少し歩いて一度、外に出ますよ。外にはいたるところにアッ・シャムスがいることが想定できますので暗くなってから行動しましょう」


「わかった」


レイラとエンゾは出口付近で暗くなるのを待ってから外に出た。町中とは違い、住宅地だった為、平和な雰囲気が漂っていた。そして10分程歩くとエンゾが足を止めた。


「ここです」


「ここ?この辺、高級住宅街のど真ん中よね。それにここからはソース・オブ・ライフの力を感じないわ・・・」


「ここであっています。その為の鍵なので。さあ、行きましょう!」そう言ってエンゾは区画整理された住宅街にある高級住宅のプールへ飛び込んだ。


「えー?嘘でしょ?ここ普通に人の家じゃん?窓からディナー食べているの見えるし・・・もーう、エンゾ、信じるわよ!」

そう言ってレイラはエンゾに続いてプールに飛び込んだ。


プールに飛び込むと、水中をレイラは想像していたが、ゼリーの中でもすり抜けたかのような感触の後、着地したのは白い大理石の上で、辺りは爽やかな緑と水源が眩いオアシスがある公園のような場所へとつながっていた。


「ここは?」


「太陽神ラーの使いであるフェニックスはヘリオポリスにあるラーの神殿で燃え盛る炎に飛び込んで死に、翌朝その炎より生まれるという言い伝えがあります。でも、もうヘリオポリスも、ラーの神殿もない。そう信じられてきました。しかし、ここにその全てが存在するのです!」

そう言ってエンゾはピラミッドにあった鍵で金の鍵をオアシスの泉に放り投げた。


そして次の瞬間、オアシスから大きな大きな扉が現れた。優に10メートルはありそうな巨大な扉だった。


エンゾがその扉に触れると、扉はゆっくりゆっくりと開いていった。扉の先に広がっていたのは古代とは程遠いい未来型地下都市・ネオ・ヘリオポリスだった。


「凄い・・・。こんな世界があるなんて・・・」


二人の目の前には超巨大な地下空間が広がっていた。


「こういった世界は地球上にまだまだあるそうです。僕も訪れるのは初めてですから、緊張しますね」

そう言ってエンゾはおどおどしながらレイラを中へ案内した。


ネオ・ヘリオポリスではおとぎ話のように皆が絨毯じゅうたんに乗って飛行していた。自分たちの世界より明らかに進んだ文明国家といった印象の建物ばかりだった。

その中で沢山の人たちが絨毯で空を飛んでいる様はとても不思議な光景だった。服装は皆、自由な格好をしているが、多くの人がエンゾと同じ白いクゥーフィーヤという布をかぶっている。そしてその人たちの中から、レイラたちに気付いた一人の少年が、絨毯に乗ったまま、レイラたちの前まで飛んできた。少年もまた白を中心とした恰好をしているが、クゥーフィーヤは被っていなかった。


「ねえ、外の世界からやってきたの?」

そう質問を投げかけた少年は10歳くらいに見えた。


「あっ、こんにちは。お坊ちゃん。そうです。たった今、この黄金の鍵を使って」


「えーっ?本当に外からやってきたの?・・・ってことはフェニックスなのか?えーっとどう見てもほぼ人間じゃん?」


「私はエンゾ。人間です。彼女はフェニックスの姫君、レイラです」


「いやー、黄金の鍵を持ってここに来たってことは本当かもしれないけれど、フェニックスなら僕たちみたいに飛べるはずだよね?確かに言われてみれば・・・・へー」


「飛べるはずって、その絨毯に乗ってですか?」


「いやいや、違うよ!見えていないんだね。特にレイラには、フェニックスの翼がある。僕には見えるよ。ただ信じていないからうっすいけどね。僕の名前はカリル。本当は僕たち何でも出来るんだよ?」


「そうは言われても・・・」


「どれだけ心からそれを信じられるかなんだよ。エンゾ、あなただって飛べるはずだよ?」


「わっ、私ですか?私はレイラとは違って何のとりえもない人間ですよ?」


「違う。エンゾは僕たちと一緒。だからここに来られたんだよ。そうだ、ファラオのところに案内するよ。とりあえず、僕の絨毯に乗ってよ」


「わかりました。宜しくお願いします」エンゾはそう言って、絨毯に腰を下ろした。


「さあ、レイラもこちらに」

エンゾは自分が腰を下ろした隣をポンポンと叩いた。


レイラは黙ってエンゾの隣に腰を下ろした。とても不思議な感覚だった。


― 何をどうしたらこうなるのだろう?


そういった疑問が終始レイラの頭の中を駆け巡っていた。空飛ぶ絨毯はフワフワと町でひと際輝いている黄金の宮殿へと飛んで行った。宮殿へ向かう途中、周りには絨毯以外の乗り物はなく、中にはカリルの言う通り、何もなしで飛んでいる人もいた。

ファラオの宮殿へは空からそのまま中に入ることが出来た。


「ねえ、ファラオー、フェニックス来たよー?」

カリルはまるで自宅に戻った子供のように、宮殿の奥にいるであろうファラオに大きな声で声をかけた。

カリルに連れられ二人は宮殿の奥へと足を進めた。そして宮殿の奥には大きな王の間があり、その奥に王、つまりファラオであろう男が座っていた。


「私の名はロマーネン。このネオ・ヘリオポリスのファラオです」

ロマーネンはそう言うと、レイラたちの前まで何も使わずフワッと飛んで現れた。「お待ちしておりました。どうやらレイラ様はまだ目覚めていらっしゃらないようですね」ファラオは二人とカリルとの会話を聞いていたかのようにそう言った。


「説明は不要と言うことね?」


「ええ。私はネオ・ヘリオポリスの声は全て聞こえます」


「すっ、凄いですね!」エンゾは大興奮だった。


「エンゾ、あなたはとても純粋な方だ。レイラ様も。心の綺麗な方に出会うと私の心も高揚します。ありがとう。しかし、あなた方には時間もないでしょう。ソース・オブ・ライフはこの宮殿の上にある、ラーの神殿にあります。しかしそこへは自分で飛んでいかないと行けません」


「えっ?そんな・・・」


「なので、恐縮ながら私がレイラ様に飛び方を伝授させて頂きます」


「あっ、ありがとうございます」

 それから毎日、レイラはファラオとカリルより空の飛び方を教わった。


「・・・私には翼がある。私は空を自由に飛び回ることが出来る。私には翼がある。私には空を自由に飛び回ることが出来る。私には・・・あれ?本当だ、赤い翼が見えてきたわ!」

中々上達せずにいたレイラだったが、集中を途切れさせることなく練習を継続し、翼が見えるようになった。

「私には翼がある・・・私は空を自由に飛び回ることが出来る!」

レイラは何度もそう唱えながら宮殿の中を走り、そのまま外へ飛び出した。しかしレイラの体は期待とは裏腹にどんどん下へと下降していくばかり。それはまるで飛び降り自殺でもしているかのような、絶望的な光景だった。


「レイラ!疑っちゃ駄目!絶対飛べる!レイラには翼があるんだよ!不可能なんてない!」


落ちて行くレイラの横でカリルが必死にアドバイスを送り続けた。


レイラはカリルの言葉を聞きながら、凰麗の背中に乗せてもらった日のことを思い出していた。

「私は!飛べる!」

レイラはそう言って小さく丸まった体を今一度大きく広げた。両手を大きく広げ、足も広げた。そして次の瞬間、レイラの背中の辺りが赤く輝き、赤く光輝く翼が広がった。レイラの体は大きく空へ急上昇した。


“ブワッ”


体は風に乗り高く高く急上昇して行った。風を掴んだ感触は本当に自分が住む世界は地上ではなくこの空なのではないかと感じてしまう程心地よかった。


「レイラ!おめでとう!」

カリルが横で自分のことのように喜びながら横に並んで飛んた。


「カリル、空って気持ちいね!」

レイラはカリルと共にネオ・ヘリオポリスの上空を滑空すると、そのまま宮殿の上空にあるラーの神殿へ向かった。


ラー神殿の中心部には太陽神ラーが炎と共に祀られており、その頭上にソース・オブ・ライフが祀られているかのように保管されていた。レイラはここで2つ目のソース・オブ・ライフ、7番、イエローを手にした。黄金色に輝くこのソース・オブ・ライフは光を司る。光は宇宙からのエネルギー、生命そのもの。その7番のソース・オブ・ライフをレイラが体内に取り入れると、同じタイミングでレイラの近くの空間が明るくなり、緑の植物があふれ出した。


「凄いわ・・・」


「うわー、レイラ、凄い!神様だね!」

その光景を目の当たりにしたカリルは飛び跳ねたり寝転んだりしながらレイラが呼び起こした自然をはしゃいで堪能した。


「あはははっ、カリルはしゃぎすぎ!」そう言ってレイラも無邪気なカリルにつられて緑の絨毯の上ではしゃいだ。


 目的を達成し、レイラとエンゾはファラオに挨拶をし、ネオ・ヘリオポリスを旅立つ挨拶をした。別れの挨拶の際には200人近くいる宮殿内の家臣たちが一斉にレイラたちを送り出した。その中心にいたファラオの隣にはカリルが涙目で立っていた。


「カリル、あなたってもしかして王子様なの?」


「そうだよ。レイラ、今度会うときは僕のお嫁さんになってよ。レイラはお姫様なんだろ?」


「あはは、そうだとして、カリルが大人になったら私はもうおばちゃんだよ?」


「それでも良い。レイラがいいんだもーん」

カリルはファラオの裾に顔を埋め、レイラとの別れを悲しんだ。


「ちょっと、カリル泣かないでよ。私も泣きたくなっちゃうから」


「そうだぞ、カリル。王は決して泣かない。お前も王子ならば泣いてはいかん」

そうなだめるファラオの横でカリルが必死に涙を何度も拭いながらこう言った。


「絶対にまた会おうね」


「うん!」

レイラは少し目に涙を浮かべながら微笑んでネオ・ヘリオポリスに別れを告げた。


その後、レイラとエンゾはネオ・ヘリオポリスの出口で待ち伏せしていたセリカ、マルタンと合流し、カイロ空港より無事にエジプトを脱出した。


レイラたちはフランスでエンゾと別れた後、ソース・オブ・ライフ・六番・パープルがあるレイラの母国、アメリカへと向かった。

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