5.使命と陰謀

レイラが目を覚ますと、そこは箱根にある旅館の部屋だった。

歴史のある緑に囲まれた旅館で、畳部屋からは昔から変わっていないであろう渓谷が広がっている。


「ここは?」


「おはようレイラ」

そこにはガイアの姿があった。

「ここは箱根の旅館。昨日の夜、、旅館の外が明るかったから外を見たら、上空の光の中から裸のレイラが落ちてきたんだ。だから慌ててキャッチした。そして同時にいくつもの真っ赤な木の実が空から降ってきた。よくわからなかったが、これだ」ガイアは拾って集めた木の実をレイラに見せた。


「これは・・・火の実?」


「何があった?」

ガイアはレイラの頭の上に優しく手を置き、質問をした。


しかしレイラは、ことの全てをガイアに話すことをためらった。

「きっと話したら私のことを嫌いになるよ」


「それはない。しかし話したくないのであれば話さなければいい。特に問題はない。レイラが無事であれば」

そう言ってガイアは優しくレイラを抱きしめた。


落ち着きを取り戻したレイラは少しの沈黙の後、ガイアへ身に起きた出来事を全て話した。


レイラの意識は火の実の錠剤を摂取した直後に飛んだはずだった。いや、意識は暫く飛んでいた。その時の記憶もないはずだった。しかし、その記憶は確かにある。それはフェニックスが教えてくれたものだった。記憶が飛んだ後の様子はまるで自分を映画で見ている様な映像で鮮明に記憶していた。それもそのはずで、フェニックスの記憶そのままを、ファニックスがレイラの意識の中にそのまま投影していたからだった。フェニックスはレイラを背に乗せ研究所を飛び立った後、現在火山活動中の山、伊豆大島にある三原山で火の実を採取し、レイラに分け与えた。


― フェニックスは心の声でレイラに語った。


「あなたも私も考え方によっては被害者であるかもしれない。でもね、いかなる状況下にあっても未来を諦めては駄目よ。そして彼らをこのままのさばらせていては絶対駄目。あなたがこうして来てくれたことも運命。富士の噴火によって私たちはこの世界に戻ってきた。それには意味があった」


「もしかして私をここに呼んだのはあなたなの?」


「それはイエスともノーとも言えるわ。あなたを何度も想ったわ。この現状を打破出来るのはあなたしかいないと思っていたから。私にあなたを呼び寄せる力は無いから。残念だけれど、あなたがここに来たのは五所川原の思惑によるもの。けれど、あなたが来てくれたことで私は力を取り戻すことが出来た。私はね、仲間がいたの。私たちはつがいでこの世に生を受けたの。彼の名は鳳輝ほうけん。私の名は凰麗おうれい。私たちフェニックスは鳳凰ほうおうとして500年に一度、地球のコアに新たな生命の息吹を与えるべくして産まれてくるの。これは地球の歴史四十六億年の中で繰り返されてきた。これを行わないと地球は自転を止めてしまう。自転が止まってしまったら地球上の全ては吹き飛んでしまう。地球の自転速度は時速1700キロ。地球が回らないということは、片面は灼熱地獄、片面は寒冷地獄と、生命体の絶望を意味するわ。それくらい私たちは重要なミッションを背負っているの。それを一部の欲深き人類によって、阻止されようとしている。このままではこの地球ホシは滅んでしまうわ」


「でも鳳輝がいない今、どうすれば・・・。それに何故、鳳輝は死んでしまったの?」


「鳳輝は心無き人間によって無残に殺されたのよ。私たちは不死鳥と呼ばれているけれど、流石に心臓をえぐり出されてしまっては、生き続けることは出来ないわ」


「心臓を?抉り出す?」


「そう、五所川原を筆頭に永遠の命を生み出す実験を繰り返してきた彼らだったけれど、永遠の命を手にすることは出来ていなかった。それに痺れを切らした者がいたの。それが世界でも5本の指に入る大財閥、おおとりグループの代表、鳳櫻子おおとりさくらこ。彼女は不治の病に侵され、死を目前としていた。若い頃はその美貌と財力でこの世の全てを想うがままにしてきたけれど、老いと病には勝てなかった。そこで彼女は私たちに白羽の矢を立てた。彼女は自分の出資会社、エターナル・ドリーム・メーカー(EDM)の力を活用し、遺伝子研究で業界をリードするNLLに“フェニックス研究所”を部門として設立したの」


「凰グループは知っているわ。とても有名だもの。それでは富士山の噴火は彼女にとって、ラッキー、日本風に言うならば、棚から牡丹餅だった訳ね」


「それは違うわ」


「え?」


「富士山の噴火は彼女によって引き起こされた」


「・・・え?」


「人為的に行われたのよ」


「でも、だとしたら何故、鳳凰が誕生するの?」


「結局、富士山は噴火することにはなっていたのだけれど、彼女は財力をもって時期を早めたのよ。不死鳥伝説を知った彼女は火山の噴火と共に、私たちが誕生することを知った。EDMが出資する会社、フューチャー・システム・イノベーション(FSI)によって作られた超強力爆弾、ビッグバンを富士山のプレートと山頂に投下した。それによって富士山は大噴火。直後にはフェニックス捕獲作戦を実施。耐熱性大型ロボットでフェニックスを捕獲。彼女は何故、私たちが500年に一度、この世に生を受けるかなんて知らない。彼女の目的は彼女自身の野望を叶える為。結局、彼女が何をしたかって・・・」


「何をしたの?」


「彼女は鳳輝の心臓を抉り出し、喰らったのよ」


「えっ?」


「彼女は私たちの血を飲み、肉を喰らっていった。それによって病の症状は軽くなり、少し若返った。けれど、それは彼女の求めていたものには程遠かった。彼女は自分の美しさの全盛期、完全な健康体、そして永遠の命を欲していた」


「だから心臓を喰らったの?」


「そう。彼女はフェニックス研究所の人たちに、“この研究所は何の為にあるのだ”と罵倒し、周りの制止を振り切ってね、鳳輝を殺してしまったの。血にまみれたその姿は正に悪魔の様だったわ。研究所の職員の中には人類が永遠に生きられたらだとかそんな想いを胸に研究していた人もいたみたいだけれど、結局は、彼女の望みが最優先事項だった訳だからね。私たちは100年近く誕生を早められた分、核に命の息吹、“ソース・オブ・ライフ”を送り込む時間を与えられた。けれどすぐに捕まってしまったから、その期間何も出来ていない。おまけに片方は殺されてしまった。その時間は無駄でしかない」


「その・・・、ソース・オブ・ライフを送り込む期日はいつなの?」


「あと・・・、100日ってところかしら。通常通りのサイクルならばまだまだ時間があったのだけれど、滅茶苦茶な行いの積み重ねで、地球のコアが急激に汚(けが)れ、寿命が短くなってしまった」


「今が6月30日だから、あと3ヶ月くらいしかない」


「そう、あと約3ヶ月以内に、地球上にある七つのソース・オブ・ライフを集め、地球の核に送らなければ、みんな死ぬわ。そんな凰櫻子の永遠の命なんて何の意味もないのよ。地球の自転停止と共に全ては吹き飛び、例え運よく生き永らえたとしても、焼死か凍死して終わりだもの。それでも生き永らえたとして、その先に得られるものなんて無いでしょう」


「そんな・・・愚かすぎる」


「私はこれから自分が集めるはずだったソース・オブ・ライフを採取しに世界中を飛び回るわ。それにあなたも協力してほしい」


「勿論、協力するわ。でも何処に行けばいいの?」


「ソース・オブ・ライフを正常な状態で移動させられるのは私たち、フェニックスだけ。けれど、あなたには翼が無いから比較的交通手段が整っている場所、北半球を任せるわ。アメリカ、中国、ギリシャ、エジプト。私は南極、それにオーストラリア、ペルーに行ってくる。場所の詳細はあなたの心に従えば見つかるはずよ。きっと協力してくれる人もいる」


「わかったわ!」


「ありがとう。お願いね、我が娘、凰花」

凰麗はそう言うと、その場から羽ばたいて行った。

 

 レイラはガイアに話をし終わるとこう続けた。

「嫌になったでしょ?」


「何故だ?」


「人を深く傷付けたし、私はまともな人間ではないわ」


「俺はアンドロイドだ。問題ない。それにそれは致し方のないようにも思えるが」


「私は致し方がなかったなんて思ってはいけないし、それに私はこれから色々とやらないとだから、その・・・、私たち・・・もう・・・一緒には」

レイラはガイアに別れましょうとは言いだせずに涙を浮かべた。


「・・・了解した」


「・・・」

レイラは目を潤ませながら頷いた。


“トントン”誰かが部屋をノックする。


「バード様、バード様にお客様ですよ。玄関でお待ちです」


旅館の仲居の言われた通りに玄関へ向かうと、そこには都幾川蒼志ときがわあおしがいた。


「こんにちは、凰花ちゃん」

七三に分けた髪、そして黒にほど近いディープブルーの瞳に色白の肌。アメリカに帰国する際に見送ってくれた時と同じ格好の蒼志がそこにはいた。


「蒼志お兄さん!」

レイラは懐かしさやら、赤音のことやらで蒼志に会えたことが心から嬉しく、すぐに蒼志に抱きついた。


「もう、こんな時にどこ行っていたのよ!」


「すまない、調べごとをしていたんだ」


「調べごと?」


「ああ。調べごと。すぐに君に知らせたくて。外に出ないか?えっと・・・彼は?」


「彼はガイア。あなたと同じアンドロイドよ」


「そう。僕は蒼志です。ガイアさん、宜しく」

蒼志はそう言うと、ガイアに手を差しだし、握手を求めた。

ガイアは都幾川家に行った際、部屋の中に潜んでいた蒼志を覚えていたので、快くは彼を受け入れられない面持ちで一度目を細めたがレイラに免じて握手を受け入れ蒼志と手を合わせた。


「宜しく」

三人は、旅館の近くにある川にかかったつり橋の上で話をした。

蒼志の話によると都幾川夫妻については無事で、今は赤音を失った悲しみを和らげる為に傷心旅行に出ているとのことだった。そして、蒼志はレイラの行方を捜しながら、同時に妹の死について今日まで調べていたことを話した。


「・・・聞いても良いか?」

突然ガイアが口を開いた。


「ええ、どうぞ」

蒼志がすました顔で答える。


「話そうか迷ったが、俺たちが都幾川家に行ったとき、家にいなかったか?」

ガイアのその突拍子もない一言にレイラは不快をあらわにした。


「何言っているの?ガイア、そんなはずないよ。そうだよね、蒼志お兄さん?」


「・・・さすがは戦闘用アンドロイドだね」

ためらいながらも蒼志はそう言うと、横に分けた髪を上にかき上げ薄ら笑った。

「僕は戦闘用アンドロイドGA-4I《ジーエーフォーアイ》。そしてあんたも戦闘用アンドロイドGA-1A《ジーエーワンエー》。俺たち戦闘用アンドロイドは全てFSIが開発した戦争用の兵器だ。建物内に何が潜んでいるかなんてすぐにわかるよね」


「・・・ああ、残念ながらわかってしまう。でも何故あの時、俺たちの前に姿を現さなかった?」


「会うタイミングではないと感じたんだ。赤音の死について聞かれても、あの時の僕は答えられなかったからね」


「蒼志お兄さん、今は答えられるの?」

レイラは焦りながらそう聞いた。


「ああ、今わかっていることだけで話すから、事実は異なる可能性もあるが、赤音は生きている可能性が高い」


「えっ?何を根拠にそんなこと言っているの?」


「僕、今は警察官なんだけどね、凰花ちゃんが帰国したあとすぐに僕は警察学校に入ったんだ。そして警察学校にいる間、この家には戻らなかった。そして戻って驚いた。赤音は僕のことを最初わからなかったんだ。そして説明したら“ああそうだったね”って話した。何かのいたずらかと思ったけれど、家を出る前はあんなに人懐っこかった赤音がまるで別人のように僕に近付かなかった。それっておかしいと思わないかい?」


「でも、私は赤音が日本を発つ前に話していたけれど、昔の話だとかして、とても別人だったとは思えなかったよ」


「そうなんだね。きっとこの話には深い闇が見え隠れしていると思うんだ。もし僕の仮説が正しいとするならば、赤音が何処で何をしているかもまだわからないし、ただ、フェニックス研究所も傘下にあるNLL、彼らがかかわっているんじゃないかと睨んでいるんだ。まだ確かな証拠もなければ証人だっていないし、あくまで僕が調べた範囲での予想でしかないから、僕はまたこのことについて調べ続けようと思う。またわかったことがあったら共有するから」


「うん、ありがとう」


「またね、凰花ちゃん。元気で」

蒼志はそう言葉を交わすとその場を後にした。


「レイラ、これからどうする?」


「フェニックス研究所に行って真実を明らかにしたいところだけれど、今は何よりもソース・オブ・ライフを集めないと地球が滅んでしまうから、間違いなくそれが最優先だわ」


「そうだな。では何処から行こうか?」


「え?ガイアも行くの?」


「当たり前だ。俺が行かないと誰がレイラを護るんだ?」


「ありがとう」

レイラは小さく微笑むと、こう続けた。

「まずは一番近い中国、そしてギリシャ、エジプト、最後にアメリカで行こうと思っているよ」


「了解だ。すぐ出発しよう」


「うん!ありがとうガイア。絶対間に合わせるよ!」


「ああ、行こう」


こうしてレイラとガイアは、ソース・オブ・ライフを集める旅へ出発した。


7月1日のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る