9.ギリシャ・サントリー二島編

エレベーターはどれ程の深さに到着したのかわからない程、下へ下へと降下した。そして静かに停まると、やはり静かに扉は開いた。

開いた先は誰も地下鉄駅のようだった。静かに風の音が耳の横を通り抜けていく以外はとても静かで人がいる気配も無い。駅の彩りはセリカの趣味なのか、またはギリシャだからなのか、白と青で綺麗に塗装されていた。そして目の前には青色一色に染まった一両編成のリニアが停まっていた。


「これに乗って行くわよ。普段はこれに乗ってソース・オブ・ライフの場所まで行って管理しているの」

そう言ってセリカは二人をリニアの中へ案内した。

 

三人が乗り込むと、素早く扉は締まり、自動音声が流れる。


“所有者、セリカ・アルキメデスの乗車を確認、安全装置異常なし。発車します・・・”


自動音声が終わると、リニアは静かに発車し始め、あっという間に時速500キロに到達。リニアの道は海底に敷かれていて、透明な筒状になっている為、ディープブルーの海底を泳いでいるかのようだった。


「絶景ね・・・」

レイラは一面に広がるディープブルーの世界に絶句しそう呟いた。


「レイラにアップデートしてもらったからこの透明な筒が割れても大丈夫だな」


「いやいや、ガイアさん、もし万が一そうなったら一瞬でクシャですよ・・・」

ガイアの一言に思わずセリカが突っ込みを入れた。


「それもそうだな・・・」


ガイアのボケなのか本気なのかよくわからない一言で白けたところでリニアはサントリーニ島の地下へ到着した。時間にして30分もかからなかった


「暑いわね」

レイラはリニアから降りるとそう言って少し湿った髪をかき上げた。


「それもそうよ。この辺り火山だもの」

セリカはそう言うと、目の前にある駅の出口に向かって足を進めた。出口のすぐ目の前、20メートル程先に、重厚な機械で出来た扉があり、セリカが扉の前に立つと再び自動音声が流れる。


“所有者、セリカ・アルキメデスを確認”


そして扉は斜め左右にゆっくり開いた。開いた直前より、青い光が木漏れ日のように広がり、それは次第に大きくなり、視界は全て青で覆いつくされた。


「ソース・オブ・ライフ・三番・ ブルー。海の力を持つソース・オブ・ライフよ」セリカはそう言うと、レイラを連れて前へ進んだ。


ソース・オブ・ライフは縦横50メートルほどあるドーム型の空間の中央にまつられるかのように設置されていた。真っ白な部屋の中に広がるソース・オブ・ライフの青は、自分たちは海の中に漂っているのではないかと錯覚するような鮮やかな青だった。


「綺麗だな」

ガイアはそう言うと、ソース・オブ・ライフの前で足を止め、レイラが祭壇を登る姿を見守った。


レイラは強く光る青に導かれるかのように、大理石で造られた真っ白の祭壇を一段一段登った。中国で取り入れたソース・オブ・ライフと反響しているようで、レイラは胸の内に熱いもの感じていた。そしてレイラがソース・オブ・ライフの目の前に立つとレイラの胸元が緑色に強く光り、辺りはパステルグリーンに染まった。


― その瞬間だった。


“ズドーン!”


力強い轟音と共に、右上の天井が破られ、鉄塊のようなものが突き刺さる。ばらばらと砕かれた建物の破片が地面へと落ちていく。


また同時にその鉄塊と割れた建物の隙間から海水が滝のように流れている。そしてレイラたちがまだそれが何なのかを認識する前に、その鉄塊から着物を着た女性がフライ・ハイという空中飛行ボードに乗って飛び出してきた。


その女は真っ直ぐレイラに向かって飛んできた。そしてピタッとレイラの目の前に停止し、ボードから静かに降りた。華やかな紅色、少し肩が出た着物をまとった女は色白で、真っ赤な唇、結ってもなお長い黒髪はサラサラと腰の辺りまで伸びていた。

恐ろしい程美しい容姿ではあったがその瞳は美しさを忘れる程に冷たかった。女はレイラに微笑むと右手で目の前のソース・オブ・ライフを豪快に奪った。


「えっ?」

レイラは何が何だかわからず、ひどく動揺をした。


「レイラー!」

ガイアが大声でレイラの名を呼ぶ。


レイラがガイアの方を向くと、ガイアはこちらに向かって銃を構えていた。そして即座に発砲した。銃弾はレイラと女の間をかすめた。


「おや、GA-1A、お前は生みの親に対して銃口を向けるのかい?」

女はそう言って、ガイアに向かって苦笑いを浮かべた。


「お母様!早く脱出しないと!」

上空から男の声が聞こえた。


建物に突入した鉄塊は重厚な造りの潜水艇だった。その声の主はレイラにとってどこか聞き覚えのある声だった。しかし今はそれどころではない。


目の前の女にソース・オブ・ライフを奪われてしまった。それをまず取り返すことが最優先だと感じていた。


しかし、ガイアがこちらに向けて発砲し、この女はガイアの生みの親だと名乗った。一体何が何だか訳がわからない。


「レイラ・凰花・バード、混乱しているのだろう?」

女はそう言って微笑んだ。

「私は知っている。お前の正体も、あのアンドロイドの正体も、この世の全てを私は知っているよ」

女はそう言うと、右手に持ったソース・オブ・ライフを胸に押し当てた。ソース・オブ・ライフは抵抗するかのように女の胸に非常にゆっくりと沈んでいった。


「いけない!人間がソース・オブ・ライフを体に取り入れては!」

セリカがそう叫んだ瞬間には、女の胸の中にソース・オブ・ライフがすっぽりと入っていった。

「あぁー!」

女は苦しそうに叫び出した。そして体はのけ反り、青く光り輝いていた。光は強く、女の肌からは血管や骨格が青白く透けて見える程だった。


― この女は一体何者なの?


レイラは為す術がないといった面持ちで、その場に佇んだ。


その時だった、先ほどの声の主が潜水艇からフライ・ハイに乗って飛び出してきた。男は右手にレーザーサーベルを持っていた。男はレイラと女の前に着地すると、レイラにサーベルで斬りかかった。レイラも斬られまいと後ろへ半歩下がり攻撃をかわす。そしてその直後、男はのけ反る女を左手で抱え、その場を飛び去ろうとした。しかしそれを予測していたガイアに足を掴まれ、床に叩き落された。ガイアはすぐさまレイラの元に駆け寄った。


「レイラ!大丈夫か⁉」


「・・・うん、でも訳がわからない。だってあの男・・・蒼志兄さん・・・・?それにガイア、あなたも敵なの?」


「そっ、そうではない!違う!」

ガイアはすぐさま否定をした。


「ははは!そうではなくないだろう!」

そう言葉を発したのはガイアに吹き飛ばされた男だった。男は髪をかき上げこう言った。

「我が名は鳳龍玄おおとりりゅうげんである。そしてこの方は我が母、そして世界の鳳グループ代表、鳳櫻子おおとりさくらこである。GA-1A、きさまに導かれてこの場に我々がいるのだ。きさまらアンドロイドは我々の下部しもべなのだからな!」


「鳳・・・櫻子」

レイラはフェニックス・凰麗おうれいの話を思い出していた。

鳳櫻子、それは全ての悪夢の元凶の名だった。


「がはっ」

龍玄に抱きかかえられた櫻子は一度口から血を吐き出すと、腕でそれをふき取り、意識を取り戻した。


「ははは、ソース・オブ・ライフを!私は手にしたよ!レイラ、私は全てを知っている。私は全てのソース・オブ・ライフを手にし、お前たちに変わって地球の核にこれを投入しよう」

そう言った櫻子の体は青く光り輝き、容姿は増々若々しくなっていた。


「櫻子、あなたは何をしたいの?」


「本当に何もわかっていないんだね!その役目を行ったものはこの先五百年、この地球ホシを任されるんだよ?それはつまり全てが私の思いがままってことじゃないか!さあ、お前が持っているソース・オブ・ライフ・二番をよこしな!」


「何故、私が二番を持っていることを知っているの⁉」


「そのアンドロイドが全て私に報告するのさ。さっき龍玄が言ったろ?全てのアンドロイドは私の下部なんだよ!」


「そんな・・・ガイア」


「レイラ、違うんだ、聞いてくれ」


「いや、来ないで!」


「お母様、早くここを出ないと建物がもう」


「そのようだね。レイラ、きさまの命もろとも私が奪ってあげるよ!」

櫻子はそう言うと龍玄の右手から手早くレーザーサーベルを取り上げ、まるで青い閃光が飛び散るような物凄い速さでレイラに飛び掛かった。


「レイラっ!」

ガイアはレイラの名を叫びながらレイラをかばった。


「ガイア・・・」


レイラを突き飛ばしたガイアの右肩から腰の辺りまで、レーザーサーベルが電子音と共にめり込んでいた。


「機械の癖に、男らしいことするじゃないか。嫌いじゃないよその姿勢。けれどね、所詮はアンドロイドなんだよ。おまけに悍ましい容姿しやがって」

櫻子はガイアにめり込んでいるレーザーサーベルを下まで降ろしきると、そのレーザーサーベルを抜き取った。ガイアの体、右側3分の1が床に転がった。櫻子はそれをまるでゴミでも蹴るように遠くへ蹴り飛ばした。


「ガイアっ!」

レイラは泣きながらガイアの元へ駆け寄った。


ガイアの本体は切断部からバチバチと多くの火花を発している。よろよろと右側に倒れこんだガイアは言葉にならない機械音のような声でレイラに声をかけた。


「レ・イ・ラ・イマ・・・ニゲロ・・・」


その言葉を最後にガイアの瞳の輝きは消え、ビクビクと痙攣するかのように2,3度小刻みに動くとその場にそのまま停止した。


「ガイア!ガイア!」レイラはガイアの前で混乱しながら何度も名を呼んだ。


「お母様!本当にもう!」

龍玄が再び櫻子を急かした。


全員がいる高台になっていた足場も、今は海水で覆われてきていた。


「あーっ、もー、わかった!今は引くよ!」

櫻子は怒りをあらわわにしながらそう言うと、龍玄と共にフライ・ハイで天井に刺さった潜水艇に乗り込み、その場を後にした。


潜水艇がその場から去ると、その穴から大量の海水が一気に流入してきた。そして同時に建物も一気に崩壊して行く。


「レイラ!」

セリカはレイラに力強く声をかけ、腕を引っ張った。レイラはガイアの亡骸を持っていこうとしたが、機械である、特にプロトタイプのアンドロイドであるガイアは簡単に運べる重さではなかった。セリカはガイアを運ぼうとしているレイラの腕を無理矢理ほどき、リニアへと乗り込みその場を後にした。


移動するリニアの中でレイラはボロボロ泣き崩れた。


「ガイア・・・」


「ねえ、レイラ、アンドロイドは信じちゃ駄目なのよ。結局、製造元のトップが櫻子なんだから、アンドロイドのデータは全て吸い上げられているのよ。だから、櫻子はここがわかったし、ソース・オブ・ライフのことだって知っていたのよ」


レイラは話を聞きながら相変わらずボロボロ泣いた。そんなレイラをセリカはそっと抱きしめた。


「ねえ、レイラ、いかなる状況下にあっても未来を諦めては駄目よ。そしてあいつらをこのままのさばらせていても駄目。これも運命だと受け入れるしかないの!全ての出来事には意味がある。あなたはフェニックス。ここが終わりではないわ!私が全力でサポートするから!」


「うん・・・」


以前、凰麗が言っていた言葉と同じようなことを話すセリカの言葉は、レイラの心に染み渡った。


「今は次のスポットを目指して、櫻子よりも早くソース・オブ・ライフを手にしないと。櫻子たちはコーディネーターの居場所を知らないし、スポットも国しかわかっていないはずだからまだまだチャンスはあるよ。そして鳳麗と合流して櫻子からソース・オブ・ライフを奪い返さないと。あんな女に地球王ちきゅうおうになられたら、もうこの地球ホシは本当に終わるわ」


「うん。ありがとう、セリカ」

レイラはもう一度セリカの胸の中で小さく頷いた。


セリカの言葉に少し落ち着きを取り戻したレイラは自分自身の体がボロボロであることに気が付いた。高速移動するリニアの座席にもたれて、透明な天井をぼんやり見上げる。水中には魚たちが何もなかったかのように優雅に泳いでいる。

赤音から連絡を受けてからというもの、正に激動の日々だった。そしてその日々はこれからも続く。


世界で幻想と思われていたフェニックスは実在し、一昔前まで夢幻むげんだった出来事の多くが着実に科学として証明されてきている。もしかしたら自分が思ている以上のステージに、この地球人類は到達しているのではないだろうか。そう思うようになっていた。


また、客観的に物事を思っても、少しでも気が緩むとガイアを失った悲しみが一気に押し寄せ胸の中を埋め尽くす。その瞬間はとめどなく流れる涙を止める術などなかった。


レイラは眠ることなくガイアと過ごした時間の回想にふけっていた。ガイアがニューヨークの港で言いかけたこと。それは彼が元警察官で、7Aはガイアの元部下だったのだろう。いつまで警官として活躍していたのだろうか。そう言えばガイアは自ら自分のことを話すことはなかった。秘密主義の私達には丁度良かったのかもしれないけれど、失ってしまうとそのことを後悔せずにはいられなかった。


その後、レイラとセリカはすぐに次の目的地に行くことを止め、準備や作戦を練ることにした。


行き当たりばったりではこの先戦えないことを痛感したからだった。



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