第22話:禍々しい、解けない呪いのように思えた
よく晴れた、澄んだ夜空に、満月がくっきりと浮かんでいた。月の光量に押しのけられて星々はその輝きをひそめて、しかし地上の構造物は白く照らし出され、不思議な静けさが、その深夜の空間に張り詰めていた。
深夜のような、あるいは平日の、真昼の正午のような。
両親が病室を訪れた時、すでに優は、深い眠りに就いていた。
あまりに過酷な時間を経ていたためだ。
肉体的にも、そして精神的にも。
「救急で運ばれてきた、成瀬 優の両親です」
「ええと、……あ、もう治療は終えて病室で休んでますね」
「あのっ、面会できますか? 一目様子を見たいんですけど」
「ああ、大丈夫ですよ、深夜ですので廊下を歩くときは静かにお願いします」
「あの、同じ部屋の方とか、やっぱりもう、……お休みですよね?」
「深夜の救急だったので、空いている一人部屋です、大丈夫ですよ」
照明は付けずに、月明かりでぼんやり明るい病室で、母親は、静かに寝息を立てる優の、その手を握った。優は目を覚まさない。人形のように、眠り続ける。
「ひどいな、……」
切れたくちびるには大きなガーゼが当てられ、頭にも包帯を巻いていた。頬や、額、首筋やシーツの上の腕にも、あざが無数に、黒く見て取れた。日中に見たら、赤、あるいは青の、痛々しい、いや毒々しい色彩に違いない。
「あなた、見て、ユウ、……きれい、可愛い、ねえ、私たちの子供だよ」
白く月明かりを受けて横たわる優の姿は、どす黒いあざと、白いガーゼと、包帯の、その痛々しい佇まいにも関わらず、美しく、可憐だった。
優と雪季がまだ小さいころ、二人は夜、寝室にそっと入り、こうして兄妹の寝姿を、よく見たものだった。父親は、帰宅して寝室で優と雪季の寝顔を見るのが、何よりも楽しみだったし、それに二人は、美男美女の夫婦だったが、そんな二人にとっても、優と雪季の、その可愛らしさ、美しさは特別だった。母親は、夫とこうして兄妹の寝顔を見る時間が、何よりも貴重で、大切なものに思えた。
「ユウ、ごめんね、……」
母親は、雪季によく似た、その黒く潤む大きな瞳から涙を流した。
「こんなふうな、こんなふうな姿に産んじゃったから、……」
優と、雪季の美しさが、
ひどく不吉で、
禍々しい、解けない呪いのように思えた。
その美しさゆえに、
兄妹で愛し合い、
求め合い、
くちびるを押しつけ合って、
そして、残酷な別離を経て、
優は女の子に、いや、雪季そのものになりたいと願い、
そしてその、手にした少女としての美しさが、
獲物を捜しあぐねた飢えたケダモノを呼び寄せ、
牙を剥かせたのだ。
母親は、白い指で涙を拭いながら、それでも息子の、その優美な頬の曲線と、静かに閉じた眼の、その長いまつ毛とを見る。
父親は、妻の髪をそっと撫で、目を逸らして、窓の外に光る、冷たい月の影を見た。
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