第15話:ちょっとトラッドな可愛い系の男の子スタイルで

優は男の子を見ていた。

きれいな容姿の男の子だ。

たぶん優と同い年くらい。


黒くて艶のある髪と、白い肌。柔らかそうな生地のアイボリーのパーカーに、スリムのブルージーンズ、黒縁のやや大きな眼鏡が、涼しい印象の美しい目に、よく似合っている。何というか、その身体つきといい、そのクールな目元といい、滲むようなその白い肌といい、とてもセクシーな中学生だ。それも男子、なんて信じられない。


また、いつもの、ブックカフェのあるショッピングモールに来ていた。

優は、今日は男装、というか、普段どおりの、ごく普通の男の子の格好をしていた。今日は両親と一緒だったため、当然であるとは言える。


薄い水色の半袖の綿のシャツに、黒の膝までの丈のカーゴパンツ、紺のワークキャップを後ろ向きに被っていた。ちょっとトラッドな可愛い系の男の子スタイルで軽く攻めて見た感じだ、まあ、ごくごく普通の格好だけど、……


今日は両親と一緒だったが、このショッピングモールの隣の敷地に大きな園芸店があり、「見に行きたい!」と母親が言い、その母親に首根っこ摑まれて引き摺られるように、父親もその園芸店に一緒に行っており、事実上、優ひとりでの単独行動だった。


優はブックカフェの書棚の前から、その、さらさらの黒髪の、大きな眼鏡にパーカー姿の美少年を見ていた。

キレイ、

女の子みたい、

そう思わずにはいられない。


書店の通路をこちらに向かって歩いてくる。口が小さく、休みなく動いている。ガムを噛んでいるのだろう。ちょっと大きめのバッグを左手で、肩から背中に掛けている。少し重そう。男子っぽい持ち方。でも男子っぽくない、カラフルなデザインのカバン。


――って、あれ?


違和感があった。

脳裡に、何かが引っ掛かっていた。

そして優は、もう一度、その美しい少年の姿を慎重に観察する。

すぐに思い当たる。


その涼しげな目元には特徴があったし、持っているバッグは、もう紛れも無かった。

優は、行き過ぎる少年の後を追い、横に並ぶと声を掛けた。


「こんにちは」


少年は歩いたまま、優の方を見る。醒めた感じの、でもキレイな目、長いまつ毛。


「マリン、……だよね?」

「えっ、なんで?……」


少年は驚いた様子、なんで分かったの?という表情。でも、そのカラフルな熱帯魚がうじゃうじゃ泳ぐ、楽しいデザインのスポーツバッグ、一度見たら忘れられない。

その少年は、こないだのぼくと逆、つまり男装した少女、――マリンの姿だった。ああややこしい……!


「えっと、……誰?」

「えっ、……」


少年に逆に訊ねられ、ぼくは言葉に詰まる。

ぼくのことがホントに分からないみたいだ。なんで?一昨日会ったばっかりなのに。


「あの、、こないだ、……」


あっ、そうか、……説明しかけて、優はようやくそこに思いが至った。この間はちょいセクシー系のショーパンルックの女の子の格好だったのだ。つまり女装していた。そして今日は、普通の男の子のスタイル。――だからだ。


「あーっ!」


それでも気付いたらしく、少年は、いやマリンは、優のおでこを指さして声を上げた。黒い縁の大きな眼鏡がずり落ちそうだ。そして、次の瞬間、彼女は、驚きの固有名詞を口にした。


「ユウにいっ!」

「えっ、……なんで?」


今度はぼくが、疑問の言葉を口にする。なんで知ってるの?それに、ぼくはあの時「成瀬ユキ」って名乗ったはず。


「あっ、……やばっ、イケナイ」


少年は両手で口を押さえて目を逸らし、そしておずおずと上目遣いに、優と目線を合わせる。優は混乱から立ち直れず、瞬きを忘れてただ呆然と、少年の格好をしたマリンを見る。


「えへへ、久し振り、ユウにい、……憶えてる?」


頭を掻きながら、白い顔を赤くして、マリンと名乗った男装のその少女は、優に問いかける。

ユウにい、――その呼び名に、聴き覚えがあった。そういえば、その声も、……


「あおい、だよ、……風巻あおい」


知ってる。もちろん知ってる。そして最後に会ったのは、ユキのお葬式の時、――


優は驚きに言葉を詰まらせて、しかし胸の中で、そう呟いた。










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