第7話:いくらなんでも女子力高すぎだろ

ゆうは中学生になった。

雪季ゆきを失ったことは、優の行動や人格に、大きな影を落とした。

優は、

口数が少なくなり、

あまり笑わなくなり、

物想いに耽けることが多くなった。

その瞳はいつも、沈鬱な色彩を帯びて、感情のきらめきは宿らない。

しかし、それは無理も無いと言えた。

例えば事故で半身を失った人間が、すぐに立ったり歩いたりは出来ない。

優にとって雪季は、両輪で走る車の、車輪の片側だった。

いつでも雪季が隣にいる、という前提で、情緒や精神を育んできたのだ。

双子である、という特別な条件も無視出来ない。

また二人は、互いに愛し合い、依存し合っていた。


そして、変化はそれだけでは無かった。


肩に付くくらいのボブカットの髪は、滑らかさとつやが増し、以前より美しくなった。

もともと白かった肌は、さらにきめ細かく潤いを含んで、それは扇情的ですらあった。


入浴している時間が、以前より長くなった。

また、朝、洗面室で過ごしている時間も、同じく長くなった。

通常、思春期の女の子に表れる変化だ。


教室で女子がファッションのことで雑談していると、無関心を装いつつ聴き耳を立て、

さらに自分でも帰宅途中の本屋で、ティーン女子向けのファッション誌を、傍目に、ちょっと笑えるくらいにキョどりながら立ち読みしたりした。

そして、学校で、通学路で、自宅で、鏡に映る自分の姿を見て、少しの間ぼんやりと眺め、その後、時に、めそめそ泣いてしまったりした。


雪季に会いたい。

鏡越しでもいい。

雪季になってしまいたい。

もう、失いたくない、……


朝、

タオル生地のモコモコしたヘアバンドを付けておでこを出し、

たまご形のスポンジで石鹸を泡立ててマシュマロみたいなメレンゲ泡を作り、

それをおでこと左右のほっぺに付け、鏡を見て「にこっ」と一度笑ってから時間をかけて優しく洗顔する、その息子の姿を見た父親は、歯ブラシを咥えたまま呆然とした。手であまりこすらずに顔に水を押し付ける要領で、白いモコモコした泡を洗い流し終えた、その12歳の息子は、軽く叩くようにして顔の水気を吸わせたタオルを口元に当て、その固まった表情の父親の顔を、ちょっとだけ首を傾げて不思議そうに見る。

華奢な感じの細いあご、

小さな顔と白くて艶やかな肌、

ぱっちりと開いた大きな目、

鳶色とびいろの透きとおるような瞳、

思わずキスしたくなる可愛いおでこ、


――いくらなんでも女子力高すぎだろ!!


オトコなのに、……と思わず突っ込みたくなるが、父親は何も言わず洗面室から歩き去った。優に洗面台を占領されていて口をすすげないのと、それと何だろう、この件に関する父親としての立場を決め兼ねた。


中学生になると、学生服を着ることになる。

もちろん、男子と女子とでは、そのデザインは大きく違う、当たり前だ。


男子は詰襟の黒の学生服、それにスラックス。

女子は青のネクタイと、灰色グレーのブレザー、それにプリーツスカート。


優は、詰襟の学生服しか着れない事に、一抹の、違和感めいた何かを感じた。

性別が、社会的に、断定的に、カチッと決定してしまうことに対する、ある種の抵抗感だった。

詰襟の学生服は、もちろん着てみたいと思っていた。

絶対に似合う、という自信があった。

自分が着れば、例えば学ランを着た応援団員の生徒が醸し出すであろう、二律背反的アンビバレントな、魅力となることを優は知っていた。……って、おいっ!(※筆者)

しかし、優はブレザーにスカートの、女子の制服も着てみたかった。

そしてそれを、

鏡に、――

そう、鏡に映して見たかった。


女子の制服を入手したい。

こうやって文字にするとすごくヤバイ感じがするが、

それは中学一年生の優にとって、もちろん不可能に違いなかった。

不可能であることがわかると優は、その代わりにミドルティーン向けの女性の服を、少しずつ購入するようになった。

貯めていたお小遣いとお年玉を使った。

安価に購入できる店は、カジュアルな物で良ければ、捜すといくらでもあった。


メイクについてはあまり興味が持てなかった。自分の肌を、優は気に入っていたし、淡い色のくちびるも好きだった。ただスキンケアと髪へのケアには気を使っていて、あとフレグランスには少しだけ興味があった。


こうして優は、女子力かなり高めの男子中学生となったが、学校全体や、或いはクラスの中で、その存在が浮いてしまうほど目立つ、という訳でも無かった。優のルックスが人目を引くのは、それこそ小学校以前からのことで、親の転勤も引っ越しも無かったため、地域の、同じくらいの学年の生徒達は、優の存在に慣れていた。それにクラスの子は、ついこの前まで小学生で、つまりまだほんの子供な訳で、時に女子に告白されたりとか、きれいで可愛いと囁かれたりとか、もちろん無い訳では無かったが、まわりから大げさに騒がれたり、特別視されたりするようなことは無かった。まわりの子達も、優自身も、まだ子供だったのだ。


――しかし年上の、例えば教育実習で訪れた大学生の目には、優の、二律背反的アンビバレントな美しさは、どう映ったのだろうか?


中学二年の5月、薫風と共に2週間の教育実習に訪れた、国語科教員志望の21歳、国武くにたけ 隼人はやと は、この異常な、そして喉が焼け付くほどの激しい感情の嵐に、巻き込まれることになる。



































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