第5話:そしてその骨を、口に入れた
警察の検視が終わった後、
遺体の損傷が激しすぎた為だ。
火床から出てきた遺骨が収骨室に運ばれてくる。
遺骨は粉々に砕けており、ほとんど原形を留めていなかった。
悲痛な嗚咽を迸らせる母親と、泣き疲れてしまって呆然と佇む父親。
真っ白で、空から降ってきたばかりの雪みたい、優はそう思った。
真っ白な、雪季の
真っ白で、
優は指で、真っ白な骨をひと
そしてその骨を、口に入れた。
ユキ、……
口の中に、雪季の骨を含んで転がす。
父親と母親は慌てた。
父親は後ろから優の頭を強く押さえ、母親は優の正面にしゃがみ、出しなさい!と切迫した大きな声を出した。
優は抵抗することなく口を開け、母親がその口に指を入れ、白い骨を取り出した。
父親は肩を摑んで優を自分のほうに向かせると、頬を平手で叩いた。
くちびるが切れて少しだけ血が出た。
優は感情を喪失したまま、白い頬を左手で静かに押さえた。
父親は泣いた。
母親は、優をきつく抱き締めた。
それから数日間、優は泣かなかった。
その頬や肌に血色は無く、その大きな目には、しかし感情の光は宿らなかった。
褪せた栗色の長い前髪と、鳶色のガラス細工のような瞳。
白くて、細くて、長い手足。
精巧な、美しい、少女を
そこに感情の温度と拍動とは垣間見えなかった。
異変が起きたのは、通夜の日のことだった。
葬儀場で祭壇に置かれた雪季の遺影を見たとき、優は雪季の名を呼んで泣いた。
ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、……
雪季の存在そのものが損なわれ、永遠に失われてしまったことを、今ようやく理解した。そして雪季が自分にとって、いかに代え難い、特別な存在であったかを思い知った。
双子の兄妹、
同じ容貌を持って生まれた男女、
同じ遺伝子を持ち、
同じ家庭で育った。
同じ教育を受け、
いつもペアで行動し、
しかし反発し合うことなく、
互いに惹かれ合った。
己を愛するがごとく汝の隣人を愛せ、
ナザレのイエスはそう説いたが、
優と雪季にとって互いを愛することは、
自分を愛することだった。
これほどに甘美で、
目が眩むほどに官能的で、
特別な恋人に巡り合うことは、
生涯に亘って不可能に違いなかった。
怖らくは百万人に一人が、
一生に一度会えるかどうか、という、
そういう確率で出会った、
一対の生命だったのだ。
優は両手で頭を抱えた。
そして泣き叫んだ。
それは瀕死の鳥の鳴き声を思わせる、
細くて甲高い、悲痛な慟哭だった。
悲鳴に近かった。
母親は泣きながら耳を塞いだ。
父親は優を背中から抱き締めた。
通夜が始まると、優は、喪主である父親と母親の隣に座った。
弔問に訪れた人達のほとんどは、黒の礼服姿の優の、その美しさに息を呑み、そしてそこに故人の面影を認めると、涙ぐみ、目頭を押さえた。
式典の最中、優は人形のように、無表情なままそこに座っていたが、一度だけ涙を流した。参列した親戚の中に
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