第4話:幻想的でどこか神話めいた、不条理な夢

それは突然やってきた。

それ、を何と表現すべきなのか分からない。

悲劇、と言っても足りない。

運命、と言うと、やや当るのかも知れない。

それは余りに理不尽で、暴力的で、無慈悲で、そして過酷だった。


その日、いつものように、ゆうは本を読んで過ごしていた。

妹が内緒でやって来て、そして内緒で帰っていったのは一昨日のことだ。

夏休みが終われば家に帰れる。

そうすれば毎日、雪季ゆきと会える。雪季と過ごせる。雪季と内緒で触れ合える。

いやその前に、今度はぼくが雪季に会いに行こう、そんなことを考えていた。

祖父は出掛けていた。

祖母は洗い物を終えて、優のいる居間に麦茶を二つ、お盆に載せて運んできた。

ありがとう、そう言おうとした時、肩に何かが触れた。

柔らかくて、軽いもの。


「お兄ちゃん」


耳元で囁く声がした。

雪季の声、――

優は後ろを振り向いた。誰もいない、開けた障子から真夏の庭の景色が見えるだけ。もちろん雪季なんていない、いる筈が無い。

優は、自分の顔から表情が消えて行き、冷たくなってゆくのを感じた。

瞳孔が開いてゆく、何も見えなくなる、何も聞こえなくなる。


――電話が鳴った。


祖母は、こんな朝から誰かしら、と呟きながら歩いて行き、電話を取った。


このあと数日間のことを、優はあまりよく覚えていない。記憶は断片的で、色褪せて、遠い昔に見た、幻想的でどこか神話めいた、不条理な夢のようだった。


雪季が交通事故に遭って病院に運ばれた、ということだった。しかし雪季に会うことは出来なかった。その時に優が見たのは、久しぶりに会う両親の、その泣き崩れた姿だった。

雪季に合わせて欲しい、と祖父と祖母は言った。しかし看護婦は下を向いたまま何も答えられなかった。祖父と祖母はそれでも食い下がったが、それでも看護婦は涙を拭ったり嗚咽を漏らすばかりで何も答えない。そして少しすると医師が現れ、やはり下を向いたまま、下唇を噛み締め、苦しそうに、呻くように、こう告げた。


——申し訳ございません、ご遺体の損壊が大変激しく、会って頂くことは出来ません、ご理解下さい。


友達と一緒に遊びに出て、県道沿いの歩道を歩いていて、そこにトラックが突っ込んだのだ。雪季は、そのトラックと壁の間に挟まれて、即死だった。その4tのトラックは時速80キロで走行していて、衝突までの間にブレーキをかけた痕跡は無かった。運転手も即死、そういう激しい事故だった。


雪季は、いなくなった。

あの美しく未完成な造形と、

透き通るような美しく白い肌、

女の子らしい優しげな眼差しと、

少し鼻にかかる可愛らしい声、

まだ幼さの残る言葉遣い、

そのすべてが一瞬でこの世界から消滅してしまったのだ。


美しい女の子だった、その美しさ、可愛いらしさは特別で、他のものとは比べられない唯一無二のものだったと、言葉を尽くして、どれだけ声を枯らして語っても、それを証明する手立ては、もうこの世から、永久に失われてしまったのだ。


優は、呆然自失した。

泣くことも、悲しむことも、怒ることも、怖れることも、瞬きすら出来ずに、ただぼんやりしていた。












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