第3話:お父さんとお母さんには、内緒、……

朝、6時に目が覚めた。

いつもより1時間早かった。

眠気は無く、すっきりした気分。

以降、こんなすっきりした気分の朝は初めてだ。

祖父母の家の中は静まり返って物音ひとつせず、ゆうは、


——今日は特別な日だ。


訳も無く、しかし確信に近い気持ちで、そう思った。


その日、祖父と祖母は家を空けた。

優が預けられてから10日ほどの間、無いことだった。

町内の夏祭りの準備とかで、朝から二人で出かけて行った。

祖母の方はすぐ戻ってくるという話だったが、なかなか戻って来なかった。

祖父も昼過ぎには戻るという話だったけど、結局二人とも、夕方まで戻って来なかった。


優は居間で一人、本を読んで過ごしていた。

夏休みの宿題の読書感想文を書くためだ。

本を読むのは好きだった。

テレビは点けない。


静寂の中、ふと、壁に掛かっている時計を見上げた。

——9:45

落ち着かない気分。

何故なのか、その理由は分からなかった。

大きくため息を一つくと、優は前髪をかき上げ、その手を額に当てたまま机に肘を突き、再び読書に耽った。


ハッとして、優は再び時計を見上げた。

——10:25

優は本を机に伏せ、不意に立ち上がった。

理由など無かった。

無意識だった。

玄関のある方向に視線を巡らせる、

次の瞬間、


——ピンポーン


呼び鈴が鳴った。

逸る気持ちを抑えて、優は玄関に向かった。

予感があった。

確信に近かった。

心臓の鼓動が速くなり、呼吸が苦しくなった。

優は胸を押さえて玄関に立った。

そして息を吸い込み、ドアノブを握ると、

扉を開けた。


真夏の真っ白な光の中、

水色の、

ミニのワンピースを着た、

美しい少女が立っていた。


「来ちゃった、……」


ノースリーブのワンピースから露出した、その小さな肩と、透き通るような白さの二の腕が眩しい。

そしてその手は小さくて薄い胸を押さえている。


「お兄ちゃん、……」


はにかんだ笑顔と、

涙に揺れる瞳の、その淡い色彩。


雪季ゆき、……」


優は言葉を失くして、美しい妹の姿を呆然と眺めた。


扉を閉めると、二人は腕をまわし合い、きつく抱きしめ合った。

息が出来ないくらいに口を強く押し付け合い、

くちびるの柔らかさと、

だ液の甘さ、

互いの温度と、

惹かれ合う気持ちの強さを確かめあった。


「お父さんとお母さんには、内緒、……」


真っ赤に頬を上気させ、

濡れたくちびるで、雪季は言った。


「汗かいた、シャワー浴びたい」

雪季が言った。

二人は浴室に行き、互いの正視の前で身に着けているものをすべて脱いだ。

そして頭上からシャワーを浴びながら、激しく抱き合った。

あの日と同じように。


二人はまだ11歳だった。

しかし二人は興奮し切っていた。

この兄弟の肢体は、まだ男性にも女性にもなり切っていない、不安定で境界的な魅力に光り輝いていた。

優も、雪季も、互いの裸体の、その未完成で危うい美しさに息を呑み、心を奪われ、それ以外のものは何も見えなくなった。


やがて二人は寝室として使っている和室に転がり込みように移動すると、畳の上で横になって抱き合い、そこでも激しく愛撫し合った。互いの全身にキスを浴びせる。兄妹は互いの身体の、その造形と肌触り、そして声に夢中になった。


この日、優は何度も射精をし、雪季も息を止めて身体を戦慄かせたが、最終的な一線を越えることは無かった。身体がまだ、未成熟だったのだ。


残念な思いが無かった、といえば嘘になるだろう。

しかしそれでも二人は満足だった。

二人がお互いに強く求め合い、愛し合っていることを、最も確実な方法で確認できたのだ。二人はお互いに、優ものであり、雪季のものだった。

二人は身体を重ね、呼吸を忘れてキスを交わし合いながら、このまま溶け合って一人の人間として生まれ変われたら、どんなに素敵だろう、と思った。


身体の中の嵐が過ぎ去ると、二人は服を着て台所に行き、籠に入っていたパンを二人で分けて食べ、それから冷蔵庫で冷やしてあったスイカを食べた。歳相応の、子供の兄妹らしい、のんきな光景だった。


日が傾きだし、時刻が夕方に向かう頃、優は最寄りの駅まで雪季を送った。歩くには少し遠かったが、隣り合って一緒に歩けるのが嬉しかった。


二人は、色んなことを話しながら歩いた。

子供らしい、とりとめのない内容だった。

友達のこと、

最近読んだ本のこと、

二人が好きなテレビアニメのこと、

そして、父親と母親のこと。


歩きながら、時に立ち止まって、二人はお互いの姿をじっと見つめ合った。現実の風景の中に、優の姿、そして雪季の姿がある、その奇跡を噛み締めていたのだ。


二人の姿は傍目はためには、双子の女の子が、ふざけ合いながらおしゃべりに夢中になっているようにしか見えなかった。

「今度はちゃんとようね、……」

小さな声でそんなことを言い合っては、二人してクスクス笑ったりした。


別れる時、夕焼けを背景に儚げに微笑む雪季の姿を、優は、忘れないだろう、と思った。

優しげに潤む大きな瞳と、青く透き通る、その美しい肌を。
















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