第2話:胸が、思いに耐え切れなくて

祖父と祖母は、この美しい孫を暖かく迎えた。

可愛くて大切な孫を傷付けたく無かったし、まだ子供なんだし、いろいろある。

しかしゆうの表情は晴れなかった。

それはそうだろう。

罪を犯したという意識があったし、双子の妹に、あんなことをしたのだ、それは世の中の道徳や倫理の上で、決して許されるはずの無い大罪に違いなかった。

母さんと父さんにバレた。

妹に対して抱いていた恥ずかしい気持ちがバレた。

じいちゃんとばあちゃんも、たぶん知ってる。

シャワーを浴びながら夢中でキスしていたことを。

恥ずかしかった。

どんな顔をして過ごせばいいのか分からなかった。


1週間ほどが過ぎた。

祖父と祖母との生活にも慣れた。

祖父と祖母は、優しくて、人生経験豊富で、人生や物事を俯瞰して見ることができて、今回のことが子供に時としてある些細な過ちであることを知っていた。いや、少なくともそういう態度でこの沈み込みがちな孫に接した。まだまだ発育・成長の途上にある、この愛する孫に。


優は、この生活に慣れてくると、やはり双子の妹――雪季ゆきに会いたい、という気持ちが湧き上がってきた。

そしてその気持ちは、日増しに、いや刻々と、強く、耐え難いものになった。


自分が愛する少女が、

この世界で一番美しかったとして、

その世界で一番美しい少女と自分自身が、

完全に同じ容貌、同じ姿形だったら、

それでもその少女を、自分はやっぱり美しいと思うのか?

そもそも愛することができるのか?


答えはYESだ。

美しいと思わない筈が無い。

ましてそれが自分と完全に同じ姿形なら尚更だ。

完全に同じ容貌、同じ姿形であり、それを最も美しいと感じるということは、そこに理想の自己の姿が投影されている、ということ他ならない。

そしてその理想は実現されてしまっている訳だから、自分に無い美的要素を相手に見いだしてそれを自己の構成要素の一部として取り込もうとする通常の恋愛とは次元の違う、もう一段上のフェイズの、自己愛そのものが入り混じる、強烈な、

目が眩む程の愛着と、

泣きたくなる程の憧れと、

息が出来なくなる程の情欲が、

そこに生まれることになる。


優は、その強い欲求、そして衝動に耐えかねた。


夜、脱衣場で着ているものを脱いで、浴室に入る。

洗い場でイスに腰掛け、湯気に白く曇る鏡を見る。

自分自身が、いや、

双子の妹――雪季が、こちらを見ている。

さらさらした前髪、

優しげで透明感のある大きな目、

潤んできらめく鳶色の瞳、

白くて滑らかな肌、

頬にのぼる淡い血色、

細くて未完成な感じの首すじと、

同じく未完成で、

華奢な肩、――


優は鏡に映る自分の姿に見入る。

顔がわずかに赤らむ。

そっと、自分の頬に触れてみる。

瞳に涙のヴェールがかかり、一度だけ、キラリと白く光る。

両手で頬を挟む。

柔らかくて薄い、頬の感触。

少しだけたわむ白い肌。

揺れる光沢の瞳から、いっぱいに溜まっていた涙が落ちる。

それは次々に零れ落ち、

両手で押さえた滑らかな頬をすべり落ちる。

「うっ、……」

もう我慢できなかった。

「んうっ、……」

雪季ゆきに会いたい。

「ううう、……」

姿はそこにあるのに、触れることができない。

そして、

「うー、うー、うー、……」

優は泣き声を上げた。


泣きながら、優は自分の肩を抱いた。

両手を交差させて、自分を抱き締めるように。

いや、鏡の中の雪季を、抱き締めている。

男の子にしては長い髪が鏡の中で揺れる。

抱き締められて、雪季が泣いている。

涙に濡れた、その顔をくしゃくしゃにして。

「好きだ、……」

優は激しく勃起していた。

「会いたい、……」

何か言葉を紡がなければ、心が捻じ切れそうだった。

「いとしい、……」

足音がした。

「ユキ、……」

祖父か祖母が心配して様子を見に来たのだ。

「ユキ、ユキ、ユキ、……」

優は両手で白い胸を押さえた。

雪季の肌の手触りが手のひらに甦る。

ダメだ、

優は思った。

もうダメだ、


――胸が、思いに耐え切れなくて、潰れる!


「くっ、……」

優が叫ぶのと、祖父が扉を開けるのは同時だった。

優はイスに座ったまま、

目を強くつむって下を向き、

両手で胸を強く摑んで、


――苦しい!


と声を振り絞った。

そして、その後しばらく、頑是ない赤ん坊のように泣き続けた。




























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