第17話:部室とか、マックとか、たまにファミレスとか、友達ん家《ち》とか

「でもビックリした、一昨日おととい……」


あおいと優は、カフェから出て書店を歩いていた。


「だって、ユウにい、……ユキねえかと思ったもん」


最初に出会ったライトノベルの書棚を横に見ながら、あおいは言った。


「ユキ姉、残念だったよね、……」


優はハッとしたようだった。でも、あおいの方は見なかった。クリアで大きな目が、瞳が、なんだか痛々しく見えた。


「ユウ兄」


小さく息を吸い込むと、あおいは言った。


「ユキ姉のこと、好きだったんだよね、……?」


女の子として、魅力的な異性として、

妹じゃなくて——


「うん」


優は小さく答えた。目に涙が湧いて、光沢がみなぎった。


「ユキのこと、愛してる、今も、大好きで、……」


優は言葉を継ぐことが出来なかった。その場で立ち止まり、たたずみ、そして手で涙を拭いながら泣いた。知らない場所で親からはぐれた、小さなこどもみたいだった。涙がほほを伝い、手を濡らし、床に落ちても、優は、声を殺して泣き続けた。


「ユウ兄、……」


あおいは、優の涙をまわりから隠すように、両手でそっと優のあたまを抱いて、胸元に引き寄せた。


******************


優とあおいは、時々会って、一緒に遊ぶようになった。会うのは大抵の場合、いつものブックカフェのあるショッピングモールだった。この中二の夏は、優にとって、本当に楽しくてたまらない、そんな季節だった。


隼人はやとと会うのも、大人なムードだし、甘い味がする、ある意味ナルシスティックな気分で、まるで仔猫のようになってしまう自分自身が、なんだか不思議だった。


あおいと遊ぶのも、刺激的で、すごく楽しかった。なにしろ二人は、その日その時の気分で、男の子にも、女の子にもなれるのだ。


オトコの娘の「ユウ」と、金髪女子高生「マリン」の組み合わせは人目を引いた。ファッション誌主催の、小・中・高校生対象の、飛び入り参加OKのファッションショーのような催しを、いつものショッピングモールで季節ごとにやっていて、親に連れられたローティーンの女の子達や、友達連れの女子高生達が、結構な人数集まるのだが、もちろん「ユウ」と「マリン」も参加した。まあ、ある種の悪フザケではあるにせよ。――というのは、みんな結構、小さい子まで含めて、かなり気合が入ったファッションをしていて、両親からの経済的バックアップが完全にゼロの優とあおいが、選考に引っ掛かることなど、あるはずも無かった。でも、かなりの注目を浴びた、という自負と手応えはあり、特に家族連れのパパをはじめとする男性からの視線が、うなじとか、腰とか脚とかに突き刺さるようで、ドキドキして、楽しくて、刺激的で、心地良かった。ステージの上で、きらめく瞳でたがいに視線を合わせて、いたずらっぽく笑い合ったりした。


また、二人で男の子の格好をして過ごすのも楽しかった。じゃれ合う仔犬のような元気な可愛らしさと、美少女とも言えるくらいの容貌、でも男の子らしい背丈と、長い手足と、そしてそのシルエットが、女性の注目を集めた。モールの中の大きな広場にあるジューススタンドでフルーツジュースを買い、ストリート中央のあるベンチで肩を寄せ合って座り、互いの耳元にくちびるを寄せて何事かをささやきあい、そしておでこが付きそうなくらいに顔を寄せ合っては、楽しくてたまらない、といったふうに笑い、時に別々の方向を見ながら手と手を重ねあい、あるいは髪をそっと撫で、ほほに触れ、相手のウェストや腰に手を置き、ゆっくりとさすってみたりした。もちろん、それはイタズラで、まわりの反応をさりげなく観察し、そして二人で顔を寄せ合っては、クスクス笑いあって楽しんだ。女性は勿論わりかしガン見だが、男性でもけっこうチラチラと見る人がいて、なんだか意外だった。へえ、意外とそうなんだ、結構いるんだな、そういうの、……みたいな。


二人は時々、普通の、通常の、普段の格好で会うこともあった。例えば学校や部活の帰りとかに。

ものすごくきれいで可愛い中二男子と、

可愛いんだけどやや地味な中二女子、——


普段のあおいは、黒くてツヤのある滑らかな髪を後ろでザックリひとつに束ね、黒い縁の大きな眼鏡をかけ、制服の着こなしも普通、スカートの丈も膝まであり、


—―えっ、これがあの、ロリポップをくわえたセクシー女子高生と同一人物?


と思わずにはいられない。また話をしてみても、


「部活は何してるの?」

「美術部マンガ班」

「どんなことするの?」

「マンガ描いたり、イラスト描いたり」

「友達と遊ぶときは?」

「一緒にマンガ描いたり、イラスト描いたり」

「描くって、どこで?」

「部室とか、マックとか、たまにファミレスとか、友達んとか」

「どんなこと話しながら描くの?」

「だいたいほとんど黙って描いてる、みんな」

「ふーん、……」


楽しそうだね、――とは言えなかった。なんか、褪せた金髪をかき上げてイタズラっぽく笑うあのマリンとは、完全に別人でおどろく。


「ところでイラストって、どんなの描くの?」

「そんなこと言えないよー、恥ずかしすぎるっ」

「ふーん、……」


何を描いてるんだろう、怖くて踏み込めない、――

優がそう思ってたじろいでいると、あおいの眼鏡のレンズが一瞬、キラリと白く光った。


「あれ? ユウにい、なんかバカにしてる?」

「いや、そんなことないよ、……」

「いやっ、バカにしてるっ!」

「ほんとだよ、バカになんかしてない」

「じゃあ、なんて思ったの? 気持ち悪い、とか?」

「んーん、ストイックだな、って、マンガ描く人」

「というと?」

「ぼく、小説とかに興味あるけど、そこまでじゃない。みんなで集まって、そこでも描くなんてすごい」


あおいは、メガネの下の大きな目で二回まばたきして、


「ありがとう、……」


と小さく答え、そして少しいたずらっぽい笑みをほほに浮かべて、


「すごいでしょ、今やマンガは、美術と文学を超えた、芸術と文化のメインストリームなんだからねっ」


と胸を張って自慢した。おいおい、……

その挑戦的な瞳の淡い色彩は、なるほど、マリンのそれだった。



















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