女の子になりたい少年は、鏡に映る、妹の面影に恋をする
刈田狼藉
第1話:罪、誕生の時刻に在り
双子の兄妹が産まれた。
肌の白い、目鼻立ちの整った、とても可愛い双子の赤ちゃんだった。
兄妹――、つまり男の子と、女の子だ。
先に産まれた男の子が兄、
次に産まれた女の子が妹として育てられた。
男の子は「
女の子は「
二人は美しく成長した。
幼稚園の頃、
お揃いのスモックを着て登園する姿を見た大人達は、その誰もが目を細め、
「可愛い……」
と熱っぽく囁いた。
二人の容貌は、そっくりで、うりふたつで、見分けが付かなかった。
双子なのだから、当然ではある。
始めて見た人は、二人のことを、双子の「女の子」なのだと思った。
二人はあまりに美しく、兄の方も、女の子にしか見えなかったのだ。
母親は二人のことが可愛くてたまらなかったから、女の子もののデザインの子供服をペアルックで着せて出掛けたりした。
そしてそれを見た大人達は、
「二人とも女の子みたいだね」とか、
「なんて可愛いの」とか、
賞賛の言葉と、興奮のため息とを惜しまなかった。
兄の方――優は、自分は将来、男の子と女の子、どちらにもなれる、と思っていた。
例えば女の子にだってなれる、と。
しかし小学生になると、自分は女の子には決してなれない、という現実を突きつけられた。
なれない、というか、なっちゃイケナイ。
「もう小学生なんだから」という大人たちの言葉に、優はそう思わずにはいられなかったし、何より同じクラスの男子の振る舞いから、それを受け入れざるを得なかった。
絶望的なくらいハッキリと、決定的に。
やがて兄の方――優は、だんだん男の子らしくなっていった。
腕や脚、頬の肌の質感や、その眼差しに、男の子らしい張りが出てきた。
そして妹の方――雪季は、少しずつ女の子らしくなっていった。
肌に白さが増し、その瞳は黒く潤んで、女の子らしい雰囲気を垣間見せた。
しかし大人の目で
可愛い双子の女の子が、一緒に遊んでいるようにしか見えない。
それくらい僅かで、微妙な、陽炎の揺らめき程の、わずかな差異だった。
しかし優と雪季、――本人達は違った。
兄は妹の、白く輝く肌や、滑らかな髪、女の子らしい身体のラインに、惹かれていった。
妹は兄の、少女と見紛う優美な容貌の中に息づくその男の子らしさに、惹かれていった。
男の子らしい強い眼差しに、
女の子らしい瞳のきらめきに、
二人は互いに惹かれあった。
兄妹で、いや例えそれが双子であっても、普通なら在り得ない話だろう。
しかし二人は、あまりに美しい兄妹だったのだ。
いつしか二人は恋に落ちていた。
もちろん言葉を交わして確認した訳じゃない。
しかし二人は互いの気持ちを知っていた。
全く同じ容貌を持つ二人は、互いの表情に差す僅かな影や、瞳に宿る微妙な色彩の変化の、その意味を、正確に、詳細に、そして瞬時に理解した。
二人は恋に落ちていた。
二人は互いの美しさに震えた。
二人は異性に対する劣情を互いに抱きあい、それは、時に息苦しい程だった。
そして「間違い」は起こった。
いや、それは間違いなどではなく、起こるべくした起こった、云わば「必然」だったろう。
小学6年生の夏休み。
7月の終わりの、恐らくは1年間で最も日差しの強い、炎天の午後。
両親は不在、
自宅のバスルーム、
強いシャワーを頭上に浴びながら、
全裸で抱き合う兄妹を、
腕と脚を絡め、
互いの唾液を夢中で啜りあう兄妹を、
母親が、
忘れ物を取りに、急に帰ってきた母親が目撃した。
母親は悲鳴を上げた。
それは目が眩むほど美しく、官能的で、ゆえに悪夢のような光景だった。
いつもより早く帰宅した父親は、この美しい息子を平手で殴った。
予感はあった。
口にしないまま、しかし怖れていた出来事ではあった。
二人は美しすぎた。
異性として互いに惹かれあうのも無理は無い、そういうレベルだった。
最近は二人とも、
優も、
雪季も、
直視することが難しいくらいの魅力に光り輝いていたし、
肌の露出が多く、ある意味「危険な」季節でもあった。
小学生でそんなこと、普通は関係ないが、
この双子の兄妹の場合、その常識のモノサシは、全く役に立たなかった。
二人が互いを見るときの眼差しの中に、
異性を異性として見る時の、危うい光が見え隠れした。
父親はそれに気付いていて、
しかしそれは成長の過程における、
思春期直前の、
単なる一過性のものに違いない、とも思っていた。
心配には及ばない、一時的なものだ、と。
しかし、その淡い懸念は現実となった。
父親も母親も仕事を持っていて、日中は家を空けることになる。
何かしらの対応を講じない訳にはいかなかった。
夏休みの間、二人は離れて過ごすことになった。
兄である優が、郊外にある祖父母の家に預けられることになった。
次の日の朝、祖父と祖母が、優を迎えに来た。
車に乗っていた。
ハンドルを握っているのは祖父だった。
雪季は祖父母には会わなかった。
いや、会わせて貰えなかった。
母親に厳しく禁止されていたのだ。
だって、どんな顔で、何て言って会わせればいいのか分からない。
雪季は自分の部屋で泣いていた。
ベッドの上で、布団に顔を押し付けて、赤ん坊みたいに泣いた。
互いに分身である、もう一人の自分、その兄が行ってしまう。
互いにすべてを許した、世界中で誰よりも美しい、私だけの恋人が行ってしまう。
1日会えないのだって苦痛なのだ、夏休みの間ずっと会えないなんて、耐えられそうになかった。
――やっぱり会いたい、
微かにそう思った瞬間、その思いは奔流となって、押し止めることが出来なくなった。
雪季は階段を駆け下り、そして玄関のところで母親に強く制止された。
「お兄ちゃんに会わせて!お兄ちゃんに会いたい!」
涙に濡れた頬と、その涙が溢れる大きな目とを母親に向けて、雪季は言った。
母親は答えなかった。
その剣幕と、思いの激しさに、驚いてしまっていたのだ。
「お兄ちゃんが行っちゃう、お願い!会わせて!」
母親は答えられない。
雪季は泣きじゃくった。
「ごめんなさい、もうしないから、お願い、もうしないから、お兄ちゃんに会わせて、……」
母親は黙ったまま唇を噛み締め、雪季の頬を引っ叩いた。
雪季は膝から崩れ落ち、床にペタッと座り込んだ。
雪季は両手で止めどなく溢れ出る涙を拭い、その手で顔を押さえて泣き続けた。
「ごめんなさい、もうしないから、ごめんなさい、お願い、……」
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