第10話:しかしあまりの可愛さに、思わず優のあたまを撫でた

昼休み、ゆうは国語科準備室にいた。隼人はやとと一緒に昼ごはんを食べるためだ。

「先生が読んでるその本、なに?」

机においてある文庫本を指さして優が言った。

「NEVER LET ME GO――、わたしを離さないで、って小説」

「ノーベル文学賞の人が書いた本?」

「そう、よく知ってるね。まさか、読んだことあるとか?」

「んーん、ない。いいの?」

優はお弁当のハンバーグをもぐもぐ食べながら言う。

可愛い。

ごはん食べてる時の優は、歳相応の、ホントただの子供で、ますます可愛い。

「まだ途中だけど、すごくいい。とある少女の、当たり前の日常を、淡々と書いてるだけなんだけど、不意に泣きそうになる、泣きたくなる、そんな感じ」

「へぇ、……」

優は、カセットテープの絵が描いてある文庫本の表紙と、隼人の顔を交互に見た。

「泣いちゃうんだ、せんせえ、……」

いたずらっぽい笑みを浮かべて、優は言った。その瞳には、誘惑するような、相手の官能の在り処ありかを察した女性のような、あやしい色彩が宿った。

「泣きそうになる、っていうだけどね」

言い訳しつつ、隼人は目を逸らした。

「ぼくもその小説読みたい」

隼人の言い訳はスルーして、優は言った。そして真顔になって、隼人の目をまっすぐに覗き込んだ。隼人は瞬き出来なくなる、喉が渇くような感覚。

「せんせえが泣いちゃう小説、ぼくも読んでみたい」

くすくすくすくすって、優が笑う。表情の変化に合わせてキラキラと光る瞳と、淡く色付くUの字形のくちびる、くそっ、やっぱり可愛いな、……

「この小説、優には、まだ早いんじゃないかな?」

「やだ、読む」

ナマイキな態度、でもなんかうれしい、オレ変態?

「駅ビルの美濃国屋書店に置いてあるよ、分かる?」

「知ってるけど、……広いよねあの店、どこ?」

「5階の文庫本売り場、時代小説の裏側の棚が海外文学だから」

「……、分かんない」

ちょっと困った顔の優、瞳が大きいせいか、少しだけ泣き出しそうな雰囲気。

やれやれ、胸の中でため息を吐いた。忙しいけど、しょうがないか……。

「明日の土曜日、午後なら空いてるけど、一緒に行く?」

優は俯いていた顔を上げ、目を大きく見開いてこちらを見た。

それすごくいいアイデア!そんな表情。

「いいの?」

驚いたような顔のまま、小さく開いた口で呟く。

「もちろん」

そう言うと優は、表情全体を輝かせて、両手でほほを包み、弾ける笑顔で答えた。

「わあ、ほんとに?連れてってくれるの?……ありがとう!」

「そんな、……いいよ、別に」

隼人は照れて曖昧に答えながら、しかしあまりの可愛さに、思わず優のあたまを撫でた。

撫でられてにこにこ笑う優のあたまから、お日さまの匂いがした。


夜、自宅で教育実習のレポートを作成していると、メールの受信音がした。スマートフォンを手にとって見ると、優からだった。明日、駅前で落ち合うために連絡先を交換したのだ。まずいかなぁ、立場的に、……


――明日たのしみっ!よろしくね!明日、びっくりさせちゃったらごめん、、、じゃ、おやすみなさい。


隼人はメールの文字をぼんやりと眺めながら、「びっくり」の意味について考えた。そしてよく分からないまま、返事を打った。大人は忙しいのだ。って、学生だけど。


――気をつけて来てね、どんな「びっくり」か楽しみ。先生はまだ仕事中、でも優は早く寝て。それじゃ、おやすみ。


返事を送信しながら、胸の中に、暖かいものが溢れてくるのを感じる。初めて女の子とデートする、その前の日の夜みたいな気分。

楽しみなのは優じゃなくて、或いは僕の方かも。

スマホを額に当て、そんなことを考えながら、隼人は目を閉じた。



















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