第三話

はるばる参りました『パピヨンクラブ』。

キターラ伯爵家は王都の中でも、それなりに中央部に屋敷を所持しているワケで。そこから馬車で一時間程揺られ、薄暗い住宅地へ。

勿論、貴族の館が建ち並ぶ一角だな、此処は。

この辺りは、領地持ちの貴族達が所有する館が多い一帯だな。普段から王都に詰めている、領地の無い貴族はもっと王宮や各役所に近い場所に居を構えているからな。

拝領している貴族達は面子もあるので、一軒一軒の面積が広い傾向なんだよなあ。

それなのに、滞在時間は短い。大抵の貴族は、自分の領地経営に忙しいもんなあ。

大体が名代と、管理する人員を配置したら放っておかれる。

しかし、維持費は否応無く掛かってしまう。

すると、どうなるか。


「おいおい、ヴェルミチェッリ公爵家の屋敷じゃねえかよ。良いのか、これ」

「はい。間違いありません」


思わず声を漏らすと、御者が返事をくれた。

一応、ウチの部下だ。機転が利いて忠義も篤いし、俺にも普通に接してくれる。


「しかしなあ⋯⋯まさか、馬車置場に使うとはなあ。無駄に広い公爵家だからこそか」

「こうやって小銭を稼いでいるのでしょうな。それでも、長期間に渡れば馬鹿に出来ない金額になりましょう」

「何処も台所事情は苦しいってか。公爵様ともなれば、見栄もあるし、出ていく金も大きいか」

「ヴェルミチェッリ公爵家は奥方様と御子息様が贅沢好きとの話ですしな」

「公爵本人は控えめで有能なのになあ」


公爵自身は確か宰相の下で裏方を仕切っている筈だ。領地経営は部下に任せているとか聞いたな。

力もあり、声望も高い。

安定した土地を拝領しているから、余程の事が無い限り失敗しないからこそ、可能って寸法だな。


「ん?確か息子って弟殿下の取り巻きやってなかったか?」

「はい、左様です」

「ふーん。確かやたら威張ってた奴だったな。ま、良いか。店の近くに馬車を置けるのは助かるしな」

「ですな。では、お気をつけて」

「ああ、行ってくるわ」


苦笑した後、表情を一変させて言葉をくれた御者に、手をヒラヒラと降って馬車から降りる。

此処から『パピヨンクラブ』は目と鼻の先だ。先程から静かに馬車が通り過ぎていく。

ただ、必ず仮面を身に付けた人間が降りて行くんだけどな。

俺も懐から蝶を模した仮面を取り出して装着する。

店名に対する皮肉みたいなモンだ。

次々に人が吸い込まれていく建物。

元は貴族の館だったのかね。まあ、立地を考えれば、そうとしか思えないんだけどな。

没落してしまう輩も居るし、それこそ懐が厳しくて館を手放す者も居るからな。

そういった物件を再利用と言うか、リフォームと言うか。


「逞しいねえ」


小さく呟き、店に近づく。

思わず口にしてから気付いたが、唇が乾いている。柄にも無く緊張しているみたいだな。

軽く頭を振って、敵の本丸を見遣る。

⋯⋯本丸とか、敵とか。こんな思考してりゃ緊張もするわな。

苦笑混じりに観察してみると、品の良い隠れ家的な店、という感じだなあ。少なくとも俺向きじゃねえな。

ひっそりと奥まった立地。最低限の照明。高級感漂うランタンが、入口と足元に設置され、門から扉まで客を誘っている。

見ようによっては幻想的とも言えるかな。

俺には、虫を集める為の火にしか思えないけどな。


「いらっしゃいませ。初めての御来店でしょうか?」


近付くと、す、っと黒服に身を包んだ男が現れる。

成る程なあ。別に隠れていたワケじゃないんだな。照明の位置で光量の死角を作っているのか。

しかも黒ずくめの服装で姿を隠す。一方的に確認出来るのか。考えられているな。


「ああ。特に紹介も無いんだが、大丈夫かい?」

「此方へは徒歩で?」

「いや、近くの知り合いの所に馬車を置かせてもらってね」


話しながら気配を探れば、少なくとも五人は潜んでいるみたいだな。

こんな初歩を忘れてしまうんだから、緊張し過ぎだ。親父にバレたら追加訓練だろうし、ルシードに気付かれたら失望される。リオンに気取られたら、暫く揶揄われてしまうな。


「左様でしたか。近くのお知り合いの方に」

「そうなんだよ。私以外にも、色々な方に手を差し伸べてくれる立派な御仁さ」


口調を変え、礼儀は失してないが、砕けた雰囲気を意識する。

この会話だけで、俺が貴族だとはっきり伝わる筈だ。もしくは、大商人の関係か、ってな。

近くなんて貴族の館しか無いんだ。其処を借りるのだから、最低でも館の責任者には素性を明かさないと話にならないからな。

貴族が馬車を止めるのを許可する相手、って事だよな。つまり、それ自体が紹介みたいなモンだ。

これくらいの腹芸なら俺でも出来る。

むしろ、出来なかったらルシードの取り巻きなんて勤まらないからな。リオンとか、もっと上手く出来る奴が居たら丸投げしちまうけどな。


「かしこまりました。では、中へどうぞ」


慇懃な態度で案内してくれる黒服。

ひょっとしたら、既に魔法で身元が判明しているのかもな。

ファーストネームと所属。事前情報によれば、其処までは知られちまうんだからな。

俺の場合は、どうなるのかね。

王立学園所属なのか、ルシード配下なのか、それともキターラ家の所属になるのか。


「まあ、暴れて素性がバレるまでが計画だからなあ」


黒服に聞こえない程度の声量で呟く。

言葉と共に、緊張をも吐き出すつもりで。

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