第4話

「マリーナ・コンキリエよ、お前と私の婚約を破棄させてもらうぞ!」


私は遂に、この言葉を告げた。

長かった⋯⋯。

マリーナ・コンキリエ伯爵令嬢との婚約が決まって2年。正直、しんどかった。


元々、俺は第二王子だったんだ。

兄上が不慮の事故で亡くなったのが4年前。俺が10歳、弟、シュバルツが9歳の時だ。

王位継承権も素直に繰り上がり、俺が継承権第一位になってしまった。

兄は優秀な人だった。

文武両道。いや、文武全能だった。

そんな兄を支える為に、俺は内政と諜略、弟は軍事と外交に特化する様に学び、鍛えて来た。


「あら、私が何か問題でも起こしましたかしら、殿下?」


ゆっくりと向き直り、俺に胸を張って対応するマリーナ。

目のやり場に困る果実が二つ。

⋯⋯こほん。

マリーナも、俺との婚約が決まるまでは大人しい娘だったんだ。

それが、順調に行けば王太子妃、いずれは王妃だ。

頑張って勉強しているのも知っている。幾度と無く泣いている姿も見かけた。

だが、彼女は強くなった。

俺を支える為、だった。

いつの頃からか、俺に対する恋慕や尊敬という感情は消え、侮蔑に憎悪というものに変わってしまった。

彼女は、慌てて地盤作りを行った。彼女の父もそうだ。


「ふん、とぼけおって。お前がこの学園で企んでいた事、全て知っているのだぞ」


正確には彼女は何も企んでいない。

彼女の取り巻きが、俺を貶めているのだ。

俺が話し掛けても、贈り物をしても。

「女に媚び諂う様な殿方が第一王子なのですよ、情け無いですわね、おほほほほ」

いや、マジふざけんなよ。

おかしいよね?

婚約者がめっちゃ大変なんだよ?労わるじゃん普通。

婚約者に贈り物しておかしいの?

いや、解るんだけどさ。今のうちに自分達の価値観植え付けつつ、信頼を勝ち取ろうとするのは。

それには婚約者だろうが、他に信頼出来る人間は邪魔ですよねー。


「あらあら。企てだなんて怖ろしい。私はごくごく普通に学園生活を送っていただけですわ」

「ふん、どの口が。お前がティーナ・リガトーニ子爵令嬢を不当に蔑めていた件だ」


心が離れていくにつれ、マリーナは綺麗になっていった。

太陽を思わせる長い金色の髪も、翡翠に負けない瞳も、やや丸みを帯びた輪郭、スラリと高い鼻、ふっくらとした唇。豊満な胸に、くびれた腰、柔らかそうな尻。

⋯⋯失礼、邪念が混じった。

贅沢をして磨かれる美しさ、というのは間違いなく在る。

それがマリーナ・コンキリエという女性だ。


「あらあら、ティーナ様がこのフレーゴラ国に馴染めておられない様でしたので、私共が陰ながら力になれれば、と考えまして」


ティーナ嬢はいわばスケープゴートだろう。

敵が居れば、結束する。

それが隣国からの亡命者ならば、仕立て上げるのは簡単だ。

文化の違いが解らない。外見が違う。いや、もっと単純に間諜では無いかと疑ってかかる。

マリーナの動向を確認していた俺は、其れを偶然知る事になった。

マリーナに向けられていた言葉も、マリーナの為の贈り物もティーナのものになっていった。

だって、亡命者が病んだとか自殺したとか、国の一大事だよ!?

何で其れを理解しないの、こいつら!?


「確かに、お前自身はそう接したかもしれんな。だが、コンキリエ伯爵家に追従する者達は違った。それをお前が指図していたのではないか?」


はい、これは違いますね。知っています。

この言葉はコンキリエ伯爵家への牽制。

現当主も必死なんだろうけどさあ。

現状格上の家に挨拶周り頻繁にしてるし。

娘が王妃に成った時に味方が居ないと困るもんね。

でも、その為の金子を用立てるのに不正はいかんよ。

傘下の商会が苦しんでるわ、国からの補助金不正水増しさせるわ。

まあ、これは担当者が袖の下に負けたのが最悪だけど。この担当者もラビオリ家の人間だったんだけどさ。

ガヤー・ペンネ嬢は、うん。ほら、あれだ。

本人は優秀なんだけどね。

ちょっと、ほんの少しだけ、ね。

性癖が⋯⋯。もとい、性格が、ね?


「そこまでだ、ルシード」


予定より少し早く父上登場。

俺と同じ様なシックなデザインの服装だが、青色。国のシンボルカラーだ。

この国は大きな湖と川、そして海運が大きな恵みを与えてくれているのだ。

だから、諸外国との関係も重要だ。

川も海も他国に繋がっているからね。

だからこそ、他国の貴族との関わりが強いコンキリエ家と王家との繋がりは重要。

まあ、父上とマリーナの祖父は仲良いんだけど⋯⋯って、後ろに居るし。

大丈夫かな?孫娘を貶めた、って斬られないよね、俺?

コンキリエ家は海に強い。

控えているグルムレスも若い頃は海賊ばりの働きだったらしい。

⋯⋯怖いわ。

まあ、父上のリクエストだ。さっさと終わらせて舞踏会の続きだ。


ちなみに舞踏会は学年別で開催日程が違う。

昨日は3年、今日は2年、明日が1年だ。

あ、基本学園は13歳〜15歳な。16でこの国は成人と扱われる。


「良い、グルムレス。お前の息子の話も聞いてやろうでは無いか」


おっと、父上が御怒りだ。

コンキリエ伯も、まだ自分の不正がバレてないと思っているのかね。

此処で揉めたら、折角具体的な内容を言わないという優しさが台無しだ。

⋯⋯潰そう。

あら不思議。コンキリエ伯が気を失ったぞー(棒読み)。


「ふむ、コンキリエ伯はお疲れの様だな。誰か、連れて行ってやるが良い」


いやー、健康には気を遣わないとなあ。

特にコンキリエ伯は丸々とした体型ですからねー。

痩せれば美丈夫だと思うんだけどね。


「マリーナ嬢には不本意だろうが、我が息子、ルシードとの婚約は白紙に戻そう」


良し、最低限のノルマの一つは達成。


「そして、ティーナ嬢との婚約を此処に告げよう。良いな?」


ざわめきが起きる。

んー、これはちょっと予想外かな。

まあ、ティーナ嬢には優しくしてたからなあ。懸想していたと勘違いされたのかも。

そして、王家と繋がって損は無い家柄、という事だ。

それがリガトーニ子爵家なのか、元の生まれなのか。『裏』からも詳しい報告が無いんだよなあ。


「しかし、コンキリエ伯爵家は余に忠勤を励んでくれた。よって、ルシードの弟、シュバルツとの婚約を成す事にする。そして⋯⋯」


父上は一呼吸置いて、言い切った。


「以後、ルシードは継承権を失い、シュバルツを王太子とする!」

「へ、陛下!」

「余が決めた事だ、ルシード。お前はこれから、只の王族に成る」


よっしゃ来たぁ!


込み上げる笑いを悟られぬ様に、下を向き、唇を噛み締め、拳を握る。


やばいやばいやばいやばい。

嬉しいっ!

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