第七話
「ティーナの言葉だからな」
自分では、これ以上は無い素直な気持ちだったのだが、ティーナは顔を赤らめて俯いてしまう。
それを見て、自分が途轍も無く恥ずかしい事を口走ったと自覚してしまう。
「どうした?恥ずかしくなったか?」
すまん、俺も恥ずかしい。
「そういうコトを口にしてしまうのが、一番恥ずかしいよ⋯⋯」
ごもっとも。
「それは失礼をした」
いや、本当に。
「キミの存在自体が恥ずかしいよ⋯⋯。しかもボクの婚約者とか、穴があったら入って、埋めて欲しいくらいだよ」
そこまで言うか。
「ただの墓だな」
俺の墓だね。
「墓穴を掘ったよ」
俺が掘ったんだけどな。
「まあ、俺を婚約者として認めてくれているのは解った」
無理矢理にでも話題を変えよう。
「拒否出来ないでしょ。あんな公開処刑」
中々凄い言い方されたな。
ある意味、今のも小規模な公開処刑だったかもな。
「そこから墓に繋がるのか」
何かもう、自分でも訳解らない事言ってる。
「違うからね」
違うらしい。
「なら、何に繋がるんだ?」
正解しなかったので、答え合わせをしてもらおう。
「無理に関連付けなくて良いからね?」
む。あくまで自分で考えろ、という事か。
「埋める方か?」
もしくは穴を掘る方だろうか。
「違うからね」
掘る方が否定された?
あれ、埋める方だっけ?
「陛下を埋めるのか?」
埋められても仕方がないよね、陛下。
「埋めないから!」
埋めないんだ、優しいな。
「なら、誰を埋めるんだ?」
まさか、俺か?
「一回、其処から離れようか」
良かった。俺は埋められないらしい。
「ふむ、埋めないんだな」
埋める以外で考えるべきか。
「むしろキミを埋めたくなってきたよ⋯⋯」
いや、やっぱり俺は埋められるらしい。
「離れた直後に戻って来たな」
俺の生命の危機が。
「⋯⋯婚約破棄」
お、向こうから話題を変えてくれた。
さようなら、俺の危機。もう二度と会いたく無いです。
ティーナの気持ちも大分落ち着いたのか、目線も合わせてくれる。
それだけで嬉しいものだから、俺ってチョロいな。
「ん?」
「あの学園舞踏祭での騒ぎだよ」
「ああ、あれか」
解っていながら、気付かない振りを挟む。
小さな事でも良い。愚鈍であると見せないとならない。
「何も聞いてなかったんだけど」
「サ」
「サプライズ、はダメだよ?」
「先手を打たれてしまったな」
イニシアティブを取られた上に、全力で睨まれる。
怖いんですけど。
陛下やシュバルツのブリザードに慣れていなかったら竦み上がる所だ。
まあ、冷や汗は止められないけど。
ちなみに、俺は汗をかく場所をコントロール出来る。『裏』の訓練の一つだ。
おかげで、今は背中が非常に不快な事になっている。
むしろ重い。
そんな俺の状況に気付かずに、ティーナは言葉を続ける。
「あれは本当に公開処刑だよ。しかも、ボクが席を外している間に始まってるんだからね。会場に入れなかったんだから」
結構ギリギリのタイミングだったからなあ。叛乱が起きる前に動かなければならなかったし。
「あー、確かに居なかったな。まあ、時間押してたし。結果オーライだな」
偶然だったが、却って話が早かったので問題無いです。
「いや、おかしいよね!?当事者不在で国を揺るがす様なコトしでかしたんだからね!?」
大丈夫。割と計画通りでした。
まあ、俺の描いた絵図とは違う部分もあるが、多分陛下から見たら予定調和だろうし。
「ふむ⋯⋯ティーナが怒るのは当たり前だな」
前もって話を通しておけば良かったのかもしれないが、計画は限られた人間にしか明かしたく無かったしなあ。
「解ってくれた?」
とは言え、何か手は打てたかもしれない。
その余裕すら無かったのは、俺の落度だしな。
儚い、とすら言われ、学園内でも隠れファンも存在する淑やかな令嬢。
その少女が、射殺さんばかりの視線を向けて来るのだ。かなりご立腹だ。
まあ、素がこれ、とも考えられるが。
「ああ。次の機会には絶対に参加してもらうよ」
次は、失敗しない。
今回の件が後手に回ってしまったのは、俺の逡巡が原因だ。
⋯⋯マリィを、失いたく無かったから。
「違うよね!?そもそも参加したくないし、次の機会は有ったら大変だからね!?」
身振り手振りでを加え、全身で反論してくる婚約者。
もう、令嬢という言葉が似合わない。
「⋯⋯そうなのか?」
いや、そうだよな。
そもそも問題が起きない様にするべきなのだから。
「⋯⋯この、馬鹿王子!」
確かに、俺は馬鹿だろう。
「そうか。いやあ、困ったなあ」
この娘の方が、よっぽど認識が上なのだから。
「ちなみに、だ」
「うん?」
「婚約の御披露目がある」
「ああ、王太子殿下の」
酷く緊張感の有るお茶会である。
さっきから考え事が多いのも『裏』での習慣と、現実逃避が多分に含まれている。
「ああ。俺達も同時に御披露目になった」
「ふーん⋯⋯って、ええ!?」
「大丈夫、あくまでおまけだ」
「いや、だってボク、亡命者だし、今だって子爵家如きの人間だよ!?」
ティーナが驚きの声を上げ、お茶菓子を取り落としそうになる。
何とか落下を阻止すると、そっと皿に戻す。その挙措は目立って丁寧だった。
お茶菓子気に入って貰えたのかな。
それにしても、年相応の顔を見せてくれる。
こんな立場だと、中々見られない光景だ。
「俺の場合は見せしめさ。馬鹿をして継承権を失った王子。そんな愚か者に心を傾けられた所為で、巻き込まれた令嬢。それに対して、一方的に理不尽な婚約破棄を言い渡されたお姫様と、それを救った王子様、ってな」
「⋯⋯確かに、世間での評判はそうなっているみたいだね」
まあ、実際にはリガトーニ子爵家を完全に取り込んでおきたいから、なんだよな。
寝返りを繰り返す国境の領地。重要性は極めて高い。出来れば王族直轄地にしたいくらいだ。
だが、それだと波風が立つ。
だから、王族を送り込む。
継承権の無い王子ならば、相手が貴族でさえ有れば誰も文句は言わないから。
そんな思惑を、微笑みで隠す。
想い人とのひと時を、心から楽しんでいると自分に言い聞かせ。
「その打ち合わせが二日後にある。渦中の四人が集まるんだ、面白いな」
「頭が痛くなるよ⋯⋯。キミとボクと。王太子夫妻、で良いのかな?」
「ああ。学園に集まる予定だ。俺も謹慎中だが、特別に許可は得ている」
「学園で?何か理由があるの?」
「ああ。御披露目の儀は学園で執り行うからさ」
「へえ⋯⋯。どうして、わざわざ学園なんだろうね」
「まあ、まじないの一環さ。凶事のあった場所を慶事で上塗りしてしまう。古い考えの連中は残っているしな。それに、俺達全員が学園生徒だし、まあ、こないだので学園の評価が、な⋯⋯」
説明の途中で言葉が止まってしまう。
大丈夫、問題無い。
俺は目の前の少女を愛している。
それが婚約者だ。
自分の行動は間違っていない。喜ばしい事だ。
「自業自得じゃないか⋯⋯。しかも、凶事呼ばわりだし。そういう意味でも、ボクはキミの企みに巻き込まれたワケだ」
「反論出来ないんだよなあ⋯⋯。まあ、そういった事情もあってな。学園の権威付けでもある。学園長からも要望があったしな」
そうだ。自業自得だ。
俺がマリィを失ったのは。
だが、ティーナには関係無い。
俺がマリィを忘れられないのは、失礼だし、何より不実だ。
「あー⋯⋯物凄く見当外れだし、見っともないけど。一言だけ良いか?」
「ん?キミがボクに発言の許可を求めるなんて、珍しいね。良いでしょう。そんな、らしく無い態度のルシード君に発言を許可してあげよう」
「俺と居る時に、あまり他の男の事を考えて欲しく無いな」
「なっ!?相手はお爺ちゃんじゃないか!?」
「だから、前置きしただろう⋯⋯それでも、だ。ティーナは、俺の婚約者なんだから、な」
「あうぅぅ⋯⋯」
「ははは、悪いな。それにしても、やっぱりティーナは可愛いなあ」
「⋯⋯この、馬鹿王子!」
俺の言葉に、可愛らしく反応する俺の大事な婚約者。
白い肌が艶かしく紅潮する。
烏羽色の美髪と相まって、非常に魅力的だ。
恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆う仕草も、多少幼さを感じさせるが、それも可憐である。
いくらでもティーナの魅力は見えてくる。
人間的にも嫌いでは無い。
むしろ、話をしていると楽しいのだ。
早く、惚れてしまえよ、俺。
それで、全てが片付くのだから。
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