第二話
高価な調度品に囲まれた、いや埋め尽くされた部屋に三人の青少年。と、おまけが二人。
彼らはこれから重大な話し合いをするらしいです。割と頻繁にあるんですけどね。
「はい、緊急会議始めるよー。既に何回目なのか知らないけど。誰か数えてる?」
「数えてないだろ、誰も。それに緊急ばっかりじゃねえか。逆に予定通りの方が驚くわ」
白髪を持つ可愛らしい小動物のような少年と、緑髪を揺らすいかにも体育会系の青年が開催を宣言するが、如何にもやる気が感じられません。
そんな二人とは裏腹に、機嫌の良さそうなご主人様。まあ、演技でしょうけど。
⋯⋯あ、申し遅れました。
私、ルシード殿下専属のメイドです。おまけの立場です。
名前は、まあ良いでしょう。必要ありません。
こうしてメイド業をしつつ、美形の男たちの絡みを⋯⋯お世話をするのが仕事です。
殿下が幼少の時より、同じく専属の執事殿と共に尽くして参りました。
対外的には、意図的に評価が下がる様な言動ばかりですが、実際には有能な方ですので、このままお仕えする事に不満はありません。
⋯⋯明らかにメイドの範疇を越えた業務もありますが、問題はありません。無いったら無いんです。
それが夜伽ならば話は簡単なのですがね。陛下も房中術の教育をさせようと私を付けたのは明らかなのですが。
身持ちが固い。
困り物です。これでは私が楽しめ⋯⋯殿下が将来大変ですので、何とか改善したい所存です。
「確認すべきは、ティーナ・リガトーニ子爵令嬢自身と、子爵領について、後は殿下のスタンスですかな」
私が茶菓子を準備している間に、お茶を淹れながら執事さんが口を開きます。こちら、もう一人のおまけになります。
このまま放って置いたら会議の中身がスカスカになってしまいます。緑髪の頭の中⋯⋯は筋肉が詰まっているでしょうから、スカスカでは無いですかね。
うーん、此処に居る方々の頭の中は、みっちりしているみたいですね。
「あーるーじー、婚約者様に今までどんな感じに接して来たのー?」
「ああ、虐められた後に助け起こしたり、タオルやハンカチが必要なら渡し、優しい言葉を掛けたくらいかな。他には怪我をした時に初期手当や医務室への運搬、人目に付かない場所で励ましの意味で贈り物だな」
「運搬って⋯⋯」
「こりゃ、思った以上にアプローチ掛けてんなあ」
あっけらかんと答える殿下に頭を抱える二人。それだけ彼女への虐めが酷かった事も窺えるので、尚更でしょうね。
「殿下、ちなみに運搬とはお姫様抱っこでしたかな?」
「ああ」
執事さんの問いに顔色一つ変えず、即座にお答えになられます。
羨ましいですね。お姫様抱っこ。
「そこまで好感度稼ぎにいってたんなら、普通に婚約ヤッター、で良いんじゃない?」
「むしろ、他に対応あるか?」
「お前が思わせぶりな反応したせいで、あんな事をしたんだ。王位継承権失ったじゃねぇか、どうしてくれる。かなあ?」
「怖ぇよ!逆恨みにも程がある!」
「流行りの婚約破棄ものの小説だと、誰かがこれくらい馬鹿か、脳内お花畑だよ?」
確かに。そういった作品が多いのは事実です。
そう考えると、頭がスカスカって人物は少ないのかもしれませんね。
筋肉やらお花畑やら自分に都合の良い考えが詰まったりしていますから。
「どちらにせよ、駄目王子スタンスで行くのですな?」
「実質選択肢無ぇよな、それ」
執事さんの確認に脳筋が答えます。
執事さんも実はかなりの美形ですので、これはこれで⋯⋯。
凄まじい殺気を感じたので真面目に考えますか。
いや、先程までも別の意味で真面目でしたが。まあ良いでしょう。
「いずれはバレるんだろうけどね。とりあえず学生やってる間くらいは誤魔化しておいた方が何かと動き易いんじゃないの?」
「何処から見られているかも解らねぇしな。下手に色々と気付かれて、ルシードを担ぎ出そうとか考える連中も居ておかしくねぇしな」
何だかんだ言っても、殿下の側近候補として残った二人です。頭の回転は悪くありません。人格に癖があるだけです。
他にも中々の人数が殿下に近づいて来たものですが、大半は馬鹿王子の演技に騙されて去って行くか、人格に深刻な問題がある為、ヒステリーを装った殿下に追い出されています。
それでも残った方々は⋯⋯殿下の本質に気付いたかどうかは別としても、それぞれ仕事を与えられています。
彼らが実働部隊になるわけですね。
それに⋯⋯『裏』の連中を含めると、殿下の手駒はそれなりの人数になります。
「子爵令嬢に関しては、未だ元の血筋は不明ですが、本人の能力は高いですね。身体的には体型を含めて物足りないですが、魔法の使い手らしい事や、その学識の高さは中々です。また、仕えている従者も曲者です」
執事さんが報告してくれます。
本当に優秀です。
ですが、サラッと酷い事言ってませんか?
「あら、女の子の魅力は身体だけでは無いですよ?」
自分の胸元を見下ろしながら、やんわりと嗜めます。
基本的に私と執事さんは同格なのです。
ちなみに、私の身体は胸から下は見えませんでした。
「いや、その身体で言われても説得力無いよね?」
「ああ。こんな破廉恥な身体でなあ」
破廉恥な身体、って初めて言われましたね。
全員の視線が私の身体に集中します。その目線の先で、皆の重要視している部分が丸分かりですよ、ふふん。
ちなみに、殿下はチラっと私の表情を確認しただけでした。
⋯⋯本当にお固い事で。
「従者が曲者、か。切れ者の方がまだ与し易いんだけど、な」
「そうか?俺は切れ者の方が苦手だけどな」
「甘いなあ、バルは。同じ名前の方に付いてる宰相の息子と、僕。どっちがマシ?」
「⋯⋯曲者は味方にしてもキツいんだよなあ」
「どういう意味かなあ?ま、良いや。主のトコには曲者しか居ないしね」
そう言い放ってコロコロと笑う美少年。その辺に転がっている調度品なんかより、余程価値があります。
あ、一山幾らみたいに積んである調度品も一つ売れば、庶民が家族で数年は暮らしていける物です。
大体が不正役人や貴族、賊から奪った自慢の品々です。これが『裏』の活動資金の一端になります。
最近では、この資金を運用して更なる資金を蓄える試みも始められています。
もう国から予算をこっそりもぎ取る必要も無くなりそうで有難い事です。
やっぱり世の中は金なのです。
「先ずは信頼を勝ち取るのが一番でしょうが、屑王子の振りをしていると、中々難しいでしょうな。何か一つだけ取り柄があるくらいにしておきましょうか」
「さり気に酷い事言うねー。執事さんの、そーゆートコ見習いたいなあ」
「お前はさり気ないどころか、いつでも核心をオーバーキルしてくるからな」
中々のパワーワードですね。
ですが、やはり皆男性ですね。
「ならば、今迄の殿下の為さり様で充分かと。女性は現実をしっかりと見ますが、それでも自分に想いを向けてくれているならば、嬉しいものですよ」
評価が高いかどうかは、また別問題ですけどね、と付け加える事も忘れません。
14かそこらの子どもですから、嫌われていない限りは、今までの殿下の対応である程度は大丈夫かと思いますが。
虐められている所を慰めて、あまつさえお姫様抱っこ!夢見がちなお年頃の令嬢なんて、コロっといってても不思議ではありません。
本当に羨ましい!
「お前も大概、頭ん中、花が咲いてるよなあ⋯⋯」
何か仰いましたか、殿下?
貴方がちゃんとしてくれれば、私も脳内の花を尽く枯殺出来るんですけど!
「じゃ、とりあえず曲者さんには注意しつつ、ベタ惚れしてる駄目王子スタンスで決定ね、主」
「すぐバレそうな気がするんだけどなぁ⋯⋯」
私の名誉が蔑められたまま、話が進んでいきます。
非常に、ひっじょーに不服ですが仕方がありません。
今度ちっちゃい復讐でもしてやりましょう。
小さい事をコツコツと。積み重ねは大事なのです。
そんな私の考えに気付いたのか、弱小男爵の外見詐欺腹黒令息がこちらに笑顔を向けて手を振っていますね。
くっ。バレてしまったら、返り討ちの危険があるので困ります。
あの真っ黒笑顔は完全に勘付いていますね。
後で手を打っておきましょう。
「で、後はリガトーニ領ですが⋯⋯流石は国境を抱えているだけありまして、抱えている問題も殆どは隣国絡みですな」
「まあ、そうだろうなあ。まして隣国はクーデターの真っ最中だもんなぁ。今はしっかり固めてる、ってトコか?」
「あ、バルは知らなかったっけ?リガトーニ領は正規兵が極端に少ないんだよ。基本は義勇兵と魔法兵。この国の一割の魔法使いが居るって噂だよ」
「マジか。お前んチみたいに魔法使いが生まれ易いんかね」
「ああ。陛下やシュバルツも、どうにか取り込みたいと考えている。忠誠心に篤い家柄でも無いからな」
過去に何度か寝返ってるんですよね、あの家。正確には攻められて降伏。折を見て、こちらに帰って来る感じです。
良く考えられていて、処罰も出来ないんですよね。
「あの家が持つ最大の力は義勇兵では無く、魔法兵ですらありません。隣国の有力者との友好関係です。王族に近い者、軍部、文官、中立、それぞれの立場の者とギリギリのバランスで付き合っている事です。どんな状況でも、有力な誰かが味方なのですよ」
「後は、表に出ない部隊を抱えています。我が国の『裏』に近しい性質の存在です」
執事さんの説明に補足します。
あの家は外交と諜略に長けているんですよね。表も『裏』も活動し難いので苦労しています。
まあ、身も蓋も無い言い方をすれば、世渡りが上手いんですよね。
良くも悪くも。
「調査を継続しないとな。ワンランク上を送り込むか⋯⋯」
「確かに、主力を王都に集め過ぎた感はあるな」
「今更じゃん。こっちもクーデターの危険性があったんだし」
「仕方が無い。現状向こうに居る連中は連絡員以外、帰還。2日の休養の後、王に復命せよ。代わりに、キキョウ、フジバカマ、ハギを派遣する」
「げっ、いきなり三枚も手札切るのか」
「戦力の逐次投入は避けるべし、ってね。流石は主。動かせる人材を全投入だね」
さらっと爆弾発言をする殿下。
いや、それは本当に困るんですが。
「頼んだぜ、キキョウ。向こうで指揮を執ってくれ」
あああー。来週の休日に人気のレストランの予約してたのにー。
申し遅れました。
私はルシード殿下お付きのメイドです。
『裏』部隊の幹部七草の一人をやらせて頂いております。
以後お見知り置きを。
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