第三話

憂鬱だ。

俺はこれからティーナ・リガトーニ子爵令嬢と面会だ。

俺の謹慎中に陛下が呼んだのだ。

まあ、間違い無く不在って事は避けられるし、陛下としてもリガトーニ子爵に会う用事があったみたいだから、丁度良いのだろう。


談話室の一つで出迎える準備を指示している最中だが、気分が乗らず、部屋中をウロウロしてしまっている。


「殿下、邪魔です。茶葉や調度品の指示は確かに有難いのですが、方針さえ解れば、後は私共で事足ります。大人しくなさって下さい」

「いや、解ってるんだけどな。此処が大事だろ。演技には演出も欲しいからな」

「ならば、キキョウを残すなり庭園に招くなりすれば良いものを⋯⋯」

「仕方がないだろ。キキョウは向こうで働いて貰った方が効率が良い。未来への投資だよ。庭園は、まあ⋯⋯。しばらく行きたくない」

「だからと言って、ご自身の負担を徒らに増やしてしまうのは感心しませんな。後⋯⋯」


堂々と妨害を行なってしまっている俺に、執事が苦言を上げてくる。

まあ、他のメイドや召使いだと言えないよな、仮にも王族で、しかも癇癪持ちの設定だ。

あ、身の回りから遠ざけたい令息相手なんかに使ってたよ。

本当の事を知っているとはいえ、こんな俺に忠言をくれるんだから、正しく忠臣。執事の鑑と⋯⋯。


「へたれ」


言えないよな、ちくしょう。


結局、俺は追い出されました。解せぬ。




「ようこそ、ティーナ嬢。そしてリガトーニ卿」


折角なので、外まで出てお迎えしてみたら子爵がめっちゃ焦っていた件について。

特に感慨深いものは無いな。


いや、まあ国王に召喚されて来てみたら王子が胡散臭い笑顔で出迎えたら吃驚するかな。

ちなみに、先に娘に呼び掛けるという小さな非礼も、俺がティーナ嬢に惚れているが故、という演技だったりする。

⋯⋯まあ、召使いや騎士達をズラっと並べて歓迎の意を示しているのが問題かな。威圧してるみたいだなあ。はっはっは。

これも、好き勝手に振る舞う王子の演技。演出って大事だよね、やっぱり。


「いや、これは⋯⋯。ルシード殿下にわざわざお出迎え頂けるとは、光栄の至りですな。ほら、ティーナもご挨拶を」

「御無沙汰しております、ルシード殿下。過分な歓待、恐悦至極ですわ」


汗をかきながら、どうにか平静を装うリガトーニ子爵。

一方で涼しい顔で平然とスカートの裾をつまみ、返礼するティーナ嬢。


麗しく、艶やかな黒髪。清流を思わせる気品と豊かさを備える柳の髪。

意志を感じさせつつも、全てを見通しているかのような、セレンディバイトもかくやという瞳。

控えめに主張する鼻と唇の形も何処か強さを秘めている。

吹けば飛んでしまいそうな嫋やかな身体ではあるが、芯が通っているように、しっかりと存在感を発揮している。


片やリガトーニ子爵はどうか。

霜が降り始めた黒髪は、それでも手入れは欠かされていないようだ。青い目には疲れが滲んでいる。表情も疲労の色が濃い。健康が心配される。義理の娘と同じように細い身体。

一言で言えば、可哀想。


まあ、心労の一部は俺が原因なんだろうな。

本当にすまん。


二人共、服装は青で統一している。

恐らくは、この国の臣下ですよ、というアピール。自らの立ち位置を自覚しているが故、であろう。


「すまぬな。ティーナ嬢に一刻も早く会いたくて驚かせてしまったか。許せ。さあ、先ずは陛下の元へ案内致しよう。おい、陛下に先触れを」


騎士の一人を走らせ、二人をエスコートする。


「で、殿下自ら⋯⋯。恐縮です」

「はは、リガトーニ卿よ、そのような反応は寂しいな。いずれ貴殿は私の義父になるわけだからな。父に尽くすのは息子として当然ではないか」

「は、はい⋯⋯。しかし、此度の事はあまりに急過ぎまして、まだ現実味がありませんので⋯⋯」

「殿下、あまり父を苛めないで下さいまし。私が虐められた時は殿下に助けて頂きました。父も同じように助けて下さいまし」

「ははは。これは失礼をしたな、リガトーニ卿。だが、ティーナよ、同じようには無理だ。向けている感情が違うからな」


朗らかに笑ってみせる。

敢えて呼び捨てにしてみたが、二人の表情に変化は無かった。

演技で無ければ、気にしていないか、それどころでは無い、という事だ。

それにしても、学園で何度でも会っているが、最初の印象と変わらない。

穏やかで、儚い令嬢。

だが、芯は強い。虐めを苦にした様子を見せた事が無い。

本気で気にしていなかったとしても、単なる演技だったとしても、侮れないものがある。

これで、単に鈍感なだけだったら驚くがね。


「さて。ティーナ、リガトーニ卿。忙しい中の呼び出しになってしまい、悪かったな。特にティーナは、学園の休暇中で領地に里帰りしていただろうに、呼びつけてしまったのには理由があってな」

「はっ⋯⋯!」

「卿には陛下が話があるそうだ。きっと隣国の事だろうな。知っている事を話して欲しい」

「勿論ですとも!彼の国の情勢は我が国にも影響があるでしょうから」


わざわざ里帰り、という言葉を使ったり隣国の話題を振ってみたが、揺さぶりにもならないみたいだ。

中々手強そうな親子だ。

まあ、油断出来ないのは解り切っている。何せ『裏』が調査し切れていないのだから。

だからこそ子爵領に対して手札を切ったんだ。そして、領地のトップは俺が王都に足止めする。

何かあっても、即座に対応出来なくしているのだ。


「ティーナに関しては、まあ、何と言うか、だ⋯⋯」


照れ笑いを浮かべて指に髪を巻き付ける。

自分の行動に気付いて愕然とするが、そのまま言葉を続ける。


「私が会いたくなったのだ。今度の一件で、正式に婚約が成立したのだからな。色々と打ち合わせも必要だろうしな」


⋯⋯俺は今、何をした?

本心を隠している時の癖を出してしまったのか?

自覚している動作を、わざわざ?

⋯⋯誰に気付いて欲しいんだ。

誰に、救いを求めているんだ。


「勿論、理由が無くとも会いたい気持ちが強いのだがな。ははは」

「殿下⋯⋯。私は恥ずかしくて、隠れたい気持ちで一杯ですよ」

「良いではないか、ティーナよ。殿下がお前の事をここまで想ってくれているのだから」


いやあ、ここまで馬鹿王子を演じる必要があるか疑問は残るが、騎士や召使い達に見せる意味合いもある。

宮殿には、常に王族に仕える者達を除けば、諸貴族達の令息、令嬢や息のかかった者が多く入り込んでいる。彼、彼女らの耳目は貴族達の情報源。

まして、身内からの報告への信頼度は高い。

これも情報戦の一環である。

自宅でも気が抜けないとか、王族という生き物は何かと不自由なものだ。

気の許せる人間が必要になってしまう。

バルやリオン、執事やメイドといった顔が無意識に浮かんでくる。


最後に、マリィの姿も。

想いも後悔も全て飲み込み、笑顔を振りまく。

ははは、じゃないよな。

ついでに自己嫌悪も隠さないとな。


演技とは、成り切る事だ。

思い込む、信じ切る事だ。

自分は、ティーナ嬢に惚れているのだ。

嬉しくて、仕方がないのだ、と。

今は、それだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る