第四話
いよいよルシード殿下との本格的な対面。
あの後、殿下の案内で陛下との形式ばかりの謁見を行い、義父は個別で呼ばれて行った。
こちらは殿下に呼ばれ、王族のプライベート空間に招待された。
いきなりか、とも思う。
殿下の思惑が読めない。
そもそも、殿下が理解出来ない。
何、こいつ。
噂だと学業以外は無能で、短気なヒステリー持ち。外見も整っているけど、地味。ガリガリで貧弱そうだ。
それでも、女性一人を医務室までお姫様抱っこするくらいは出来た。
⋯⋯運ばれる方も細くて軽かったけどね。
最近は割と話す機会も多かったのだが、こちらを心配し、励ましてくれて、ばかりだったから何とも微妙だ。
助けをくれるタイミングや、気遣いから判断すれば、無能では無い。虐めが酷くならない様にこっそりだったり、これ以上は危険という一歩手前で現れたり。
しかも、自分が馬鹿にされる様に振る舞い、空気をぶち壊して有耶無耶にしてしまう。
そして「いやあ、困ったなあ」と言い残して去って行くのだ。
間違っても二枚目では無い。むしろ、滑稽な道化めいてすら居る。道化にも成り切れ無い辺りが、特に。
「宜しいのですか、殿下?つい先日まで只の学友だった女を、この様な場所に通してしまって?」
「他人が入らない場所ってのが意外と少ないんだよ、宮殿は。此処は人の出入りが規制されているからな。俺達二人と執事しか此処には居ない。気にせず普段の口調で構わないんだぞ?」
終始ご機嫌で自分から口調を崩す婚約者。絶対頭の中はお花畑だろう。咲き乱れているんだろう、解っているんだからな、こっちは。
嘆息を零し、抵抗する気持ちも零れ落ちてしまう。
どうして、そんなにも無垢な笑みを向けて来るのか。
「はぁ⋯⋯。此処まで連れて来られて、その対応はあんまりだよ。ボクじゃ無かったら、怒るかキミに対して愛想尽かしているかだよ?解ってるのかな?」
「そうそう、その態度。いやー、ティーナが居るって実感するわー」
勿論、普段だったら絶対に素の口調なんて出さないよ。
でも、ルシードには知られてしまっている。学園で意地の悪い令嬢達からの嫌がらせを続けられていたのが、自覚は無かったけど、結構ダメージあったみたいでね。助けて貰った時に取り繕う余裕が無くなってたんだよ。
まあ、こんな無礼極まりない態度を「そっちの方が楽なら、肩肘張る必要無いだろ?礼儀使わないとならない相手じゃないぞ、俺は」とか、当時第一王子だった男が言ってくるんだ。従っても、断っても問題しか無い。
いつか頭の中の花を全て千切ってやる。
そんなボクの決意を知ってか知らずか、穏やかに、でも嬉しそうに微笑みルシード。
何か、無性に腹が立って来る。
「で、色々と聞きたい事も言いたい事もあるんだけど?良いかな?」
「まあ待て。とりあえず茶くらい準備させてくれ。珍しい⋯⋯ティーナには懐かしい、かな?まあ、良い物が手に入ったからな」
「?」
思わず小首を傾げてしまう。
それを見て、目の前の同級生は笑みを深くした。
⋯⋯まあ、美形なんだよね、やっぱり。
目の保養、と割り切らせて貰おうか。
「以前、幼い頃に喫んでいた紅茶に出会えない、と話していたのを覚えているか?」
「ああ⋯⋯ボクの記憶違い、多分、美化しちゃってる紅茶の話か。茶葉は間違い無く同じ物を渡されてるのだから、同じ味になる筈だよ」
「そう、だからティーナの記憶違い、と結論付けた話だ」
確かに学園でその話はした。
ボクがルシードにプレゼントを渡されて、他に欲しい物があるか、と質問されたから。
幼い頃に喫んでいた紅茶をもう一度口にしたい、ってね。
茶葉自体は当時と同じ物を準備しているんだから、多少の差異こそあれど同じ味に成る筈なのだ。
「遅くなってしまって申し訳ないが、リクエストの物だよ」
指に髪を巻き付けながら、悪戯っぽく笑うと、執事さんが紅茶を運んで来てくれた。
⋯⋯この場で淹れないの?
それがヒントなのだろうか。
訝しみながらも、カップを口に運び、一口含む。
嫌味が、雑味が全く無い。
どこまでも柔らかい香りと風味。遠い庭園から微かに漂って来る様な、控えめな主張。
ただ、それは間違い無く極上。
飲む者を優しく、暖かく癒してくれる。
これは、何だ。
ボクの記憶にある紅茶では無い。
絶対に。
此方の方が、美味しい。
「茶葉に違いが無ければ、水だろう、と当たりを付けたんだがな。ティーナの当時住んで居た場所はな、水をそのまま飲める地域だったんだ」
「え?普通、水って一度沸かさないと」
「ああ。其れが一般的だがな。水が綺麗な場所⋯⋯まあ、水質が良ければ生水を飲めるし、普通の水より遥かに美味いんだ」
「知らなかったよ⋯⋯」
水が要因だったなんて。
道具に違いがあるんじゃないか、とか考えいた自分が情け無い。
「そんなに落ち込むなよ。もう一つ大事な事があってな」
「水だけじゃ無いの?」
「まあ、水ありき、の話だが淹れ方が違う。水出しなんだよ、この紅茶の肝は」
「水出し!?そんな淹れ方があるんだ⋯⋯」
「ああ。そもそも生水で飲める上質の水なんて中々手に入らないからな。今回は国内で探したぞ。流石に隣国から水を運ぶわけにはいかないからな。平時なら別だが」
「ああ、確かにそうか。ボクが亡命するくらいだからね。クーデターは長期化してるし」
もう四年も続いているんだ。誰かが政権を獲っては粛正され、の繰り返し。
その度に国名を変えるものだから、フレーゴラ王国では『隣国』と呼ばれている。
一応国王は居るが、多分幽閉されている。王の身柄を手にした者が、国の権力をも手にする、という歪な形が出来上がってしまったんだ。
見せしめだったり、抵抗したり、で王族も減ってしまっているみたいだし⋯⋯。
誰もが最初の理想や目的を忘れてしまっている。優秀な人間は、必死で国の立て直しに尽力し、散っていった。生き残るだけでも難しいんだ。
中には、野に下って隠棲したり、外国に逃げた者も居る。ボクだって亡命を指示されたわけだしね。
「まあ、難しい話は後日だな。今日は俺がティーナをもてなす日なんだからな」
「聞いてないんだけど?」
「サプライズだからな」
「サプライズって便利な言葉だよ、本当に。言い換えると、説明不足、ってだけなんだからね?」
「心外だな。後ろめたい事があるから、そんな考えになるんだぞ?」
「こっちは亡命者だってコト!それだけで色々あるんだからね!」
逃げて来たのだから、体裁も精神的にも後ろめたいのは当然。まして、事情も事情だし⋯⋯。
紅茶の残りを一息で飲み干すと、ルシードにビシッ!と指差してやった。
普通なら、これだけで不敬だよね。
⋯⋯ルシードは嬉しそうに笑ってたけど。
「大体、しがらみが面倒ってのは、王族であるキミの方が解っているだろうに。それも、身に染みて。いきなり陛下から「ちょっと親子で来いや。ダッシュで」なんて命令が届いたら、正直死を覚悟するレベルだよ?」
「ははは。そんな呼び出し方したんだ、 陛下。詳しい説明が無かったら、もう一回亡命したくなるな」
「したくなったよ!ボクだけじゃなく、義父も!何なの、キミら親子!?説明不足が過ぎるんじゃない!?」
「不足が過ぎる、か。中々味のある言い回しだな」
「いい加減にしろ、馬鹿王子!」
ここまで罵倒されても笑っている王族って、問題なんじゃないかな?
いや、問題だよね。
思わず反語表現使ってしまう程に、強調しなければ駄目でしょ、これ。
にこにこ、と背後に擬音が見えるくらいに上機嫌なルシード。さも美味しそうに紅茶を口に運ぶ仕草が憎らしいくらい、しっくりきている。
時々髪を指に巻き付ける動作も美しい。
ああ、苛々する。
こんな奴にボクが、心惹かれてしまっているだなんて。
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