第五話
この気持ちを自覚したのは、いつからなんだろうね。ハッキリと「惚れた」って瞬間は、有ったのか、無かったのか。
ただ、目の前に居る王子に優しくされて⋯⋯うん、救われたんだね。
呑気に紅茶のお代わりを執事にお願いしている駄目王子。王族がお願い、とか明らかにおかしいって。
こんな、ツッコミどころ満載の美形、気にならない筈が無いよ。
だからと言って、好きになっちゃうなんてなあ。
ボクって、思いの外にチョロい?
「どうした?俺の顔に何か付いているのか?」
「軽薄とか、浅慮とか。そういったのが、隠しようも無く、滲み出ているよ」
「そうか。溢れ出ていなければ、良い事にしてしまおう」
「だーかーらー、どうしてキミは、この罵詈雑言を受け入れているのかな!?おかしいよね!?」
「ティーナの言葉だからな」
新しい紅茶を口に運びながら、柔らかな口調で、とんでもないコトを口にするな馬鹿。
水出しの紅茶よりも、ずっと優しく、温かい。
自分の顔が上気してくるのが、ハッキリと解ってしまう。自ずとルシードから視線を逸らしてしまう。
相対している婚約者が、どんな表情をしているのか。
⋯⋯どうせ、穏やかに微笑んでいるんだろうなあ。
そうやって、ボクを癒してくれるんだ、キミは。いつだって。
「どうした?恥ずかしくなったか?」
「そういうコトを口にしてしまうのが、一番恥ずかしいよ⋯⋯」
「それは失礼をした」
「キミの存在自体が恥ずかしいよ⋯⋯。しかもボクの婚約者とか、穴があったら入って、埋めて欲しいくらいだよ」
「ただの墓だな」
「墓穴を掘ったよ」
「まあ、俺を婚約者として認めてくれているのは解った」
「拒否出来ないでしょ。あんな公開処刑」
「そこから墓に繋がるのか」
「違うからね」
「なら、何に繋がるんだ?」
「無理に関連付けなくて良いからね?」
「埋める方か?」
「違うからね」
「陛下を埋めるのか?」
「埋めないから!」
「なら、誰を埋めるんだ?」
「一回、其処から離れようか」
「ふむ、埋めないんだな」
「むしろキミを埋めたくなってきたよ⋯⋯」
「離れた直後に戻って来たな」
ポンポンと軽口の応酬が始まる。
一度リズムに乗ってしまうと、何処までも続いてしまうのが難点だ。
彼曰く「ツッコミ不在」らしいが、ボクが突っ込んでも、それをボケに転換してしまうのが良くないのだと思う。
後、割と物騒な内容になっている気がする。陛下を埋めるとか危険過ぎるよ。
そうやって、少しずつ馴染んで来ている遣り取りをしているうちに、いつの間にかキチンと向き合って会話をしていた。
こうやって、いつもボクのペースが乱されていく。
いや、ルシードのペースに飲み込まれてしまう。それも、その時は気付かずに。
後で思い返して、あれ?と感じるくらい。
それだけルシードが上手いのだろうし、ボクも不快じゃないんだ。
「⋯⋯婚約破棄」
「ん?」
「あの学園舞踏祭での騒ぎだよ」
「ああ、あれか」
涼しい顔でボクの言葉に対応する王子様。
本当、良くも悪くも、王子様だよ、キミは。
「何も聞いてなかったんだけど」
「サ」
「サプライズ、はダメだよ?」
「先手を打たれてしまったな」
視線に不満の気持ちを乗せて、力一杯睨みつける。
滅多に使わないけど、人を竦み上がらせると義父に評判の眼力だ。
まあ、ルシードには効果は無かったけどね。
「あれは本当に公開処刑だよ。しかも、ボクが席を外している間に始まってるんだからね。会場に入れなかったんだから」
「あー、確かに居なかったな。まあ、時間押してたし。結果オーライだな」
「いや、おかしいよね!?当事者不在で国を揺るがす様なコトしでかしたんだからね!?」
ボクの剣幕を見て、思う所があったのか、少し考える素振りを見せる。
ちなみに、お代わりした紅茶は既に空だ。
「ふむ⋯⋯ティーナが怒るのは当たり前だな」
「解ってくれた?」
「ああ。次の機会には絶対に参加してもらうよ」
「違うよね!?そもそも参加したくないし、次の機会は有ったら大変だからね!?」
「⋯⋯そうなのか?」
「⋯⋯この、馬鹿王子!」
「そうか。いやあ、困ったなあ」
本当に。
本当にこの馬鹿は。
どうして、こんな男を好きになっちゃったのか。
「ちなみに、だ」
「うん?」
何だかんだで和気藹々とお茶会を愉しんでいると、ボクの婚約者が話題を変える。
ちなみに、お茶菓子は隣国で話題になっていた物だった。
レシピさえ有れば、どうとでもなる、って言ってたから、レシピが有るのだろう。
⋯⋯クーデター前は、王宮御用達のお店でしか作ってなかったハズなんだけどなあ。
「婚約の御披露目がある」
「ああ、王太子殿下の」
今回の騒動で、ボクを虐めていたマリーナ嬢と、弟殿下のシュバルツ様の御婚約が成立したから、それだろう。
勿論、ルシードは出席するだろうから、ボクもパートナーとして参加しなければならないのかも。
ボクも立場が変わったからなあ。
これからは、王室行事にも関わらないといけないのか。
「ああ。俺達も同時に御披露目になった」
「ふーん⋯⋯って、ええ!?」
「大丈夫、あくまでおまけだ」
「いや、だってボク、亡命者だし、今だって子爵家如きの人間だよ!?」
継承権の無い単なる王族と、たかが子爵令嬢、しかも養女との婚約をわざわざ御披露目するとか前代未聞だよ?
お茶菓子落としそうになったよ!
慌てふためくボクを見て、ルシードは軽く俯き、小さく笑っていた。
無駄に上品に笑みを零している。絵になっているから、逆に心が乱される。
苛立ちと、恋情に。
「俺の場合は見せしめさ。馬鹿をして継承権を失った王子。そんな愚か者に心を傾けられた所為で、巻き込まれた令嬢。それに対して、一方的に理不尽な婚約破棄を言い渡されたお姫様と、それを救った王子様、ってな」
「⋯⋯確かに、世間での評判はそうなっているみたいだね」
納得がいかない部分が、多過ぎるんだよね。あまりに簡単にコトが運び過ぎている気がしてならなくて。
何か、裏があるのは間違い無いんだろうなあ。その目的が見えないから不安なんだ、ボクは。
「その打ち合わせが二日後にある。渦中の四人が集まるんだ、面白いな」
「頭が痛くなるよ⋯⋯。キミとボクと。王太子夫妻、で良いのかな?」
「ああ。学園に集まる予定だ。俺も謹慎中だが、特別に許可は得ている」
「学園で?何か理由があるの?」
「ああ。御披露目の儀は学園で執り行うからさ」
「へえ⋯⋯。どうして、わざわざ学園なんだろうね」
「まあ、まじないの一環さ。凶事のあった場所を慶事で上塗りしてしまう。古い考えの連中は残っているしな。それに、俺達全員が学園生徒だし、まあ、こないだので学園の評価が、な⋯⋯」
説明の途中で口ごもるルシードを見て、ボクは納得する。きっと保護者達から苦情が出たのだろう。 保護者と軽く言ったが、すべからく貴族なのだから、それはそれは大変だろう。
「自業自得じゃないか⋯⋯。しかも、凶事呼ばわりだし。そういう意味でも、ボクはキミの企みに巻き込まれたワケだ」
「反論出来ないんだよなあ⋯⋯。まあ、そういった事情もあってな。学園の権威付けでもある。学園長からも要望があったしな」
学園長か⋯⋯。あんまり印象が無いなあ。ボクからしたら、式典で挨拶してる姿しか見たコトが無い。普段は運営の打ち合わせや、書類業務に追われているらしいけど。
あまり目立たないお爺ちゃんだけど、締めるトコはしっかり締めるワケだ。
学園長について考えていると、ルシードが少し拗ねた様な表情を浮かべていた。
指に髪を巻き付けながら、困った様に言葉を紡ぐ。
「あー⋯⋯物凄く見当外れだし、見っともないけど。一言だけ良いか?」
「ん?キミがボクに発言の許可を求めるなんて、珍しいね。良いでしょう。そんな、らしく無い態度のルシード君に発言を許可してあげよう」
「俺と居る時に、あまり他の男の事を考えて欲しく無いな」
「なっ!?相手はお爺ちゃんじゃないか!?」
「だから、前置きしただろう⋯⋯それでも、だ。ティーナは、俺の婚約者なんだから、な」
「あうぅぅ⋯⋯」
予想外の言葉に、ボクは取り繕うコトも出来ずに狼狽える。
ありきたりな表現だけど、ドキドキと胸の鼓動が高まる。
思わず俯いて、しかも手で顔を覆ってしまったけど、これって照れてます、って言ってるも同然だよね。
でも、今の顔は見られたくないし⋯⋯。
きっと、見られたらダメな表情になってるよ。
「ははは、悪いな。それにしても、やっぱりティーナは可愛いなあ」
「⋯⋯この、馬鹿王子!」
でもね。
ルシードへの想いを自覚したから気付いてしまったコトがある。
ねえ、ルシード。
キミは、誰を想っているのかな?
ボクを見ていながら、ボクに語りかけていながら、ボクの心を乱しておきながら。
キミの心は、ボクに向いてはいないよね。
これは政略結婚。人の想いは、関係無い。
だから、表面上は優しくしてくれるキミに不満は無い。
少しだけ、寂しいだけ。
でも。
でもね、ルシード。
キミの心に、他の女性が棲んでいるのなら。
ボクは。
ボクは、とても、寂しいよ?
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