第二話
「ルシード殿下の、評判が上がってしまう、という事だ」
「⋯⋯げ」
そうだよ。そうだったよ。
義侠心なんて発揮して、民草の話題になっちまったら、俺を抱えているルシードまで評価されちまう。
思わず両手が頭に来て、背中が丸められてしまう。
所謂、頭を抱えてしまう。
「⋯⋯裏を、使えば」
「厳しいな。此処だけの話だが、他国からの者が多数入り込んでいるらしい。その対応の為に国境沿いを裏七草と交代した、という経緯がある」
初耳なんだが。
既に敵性諜報員を抱え込んでしまっているならば、此方も数を揃えなければ駄目だろうしな。
「それに、だ。そもそもお前が問題を起こしたのが広く知られなければ、儂が七草を辞退出来ん」
「いや、酔って暴れたくらいなら。上手い事」
「無理だな。お前は我慢出来んよ。そういう店だ、彼処はな」
「どんな店なんだよ⋯⋯。って言うか、そもそも悪名を求めて行動するのに、何でルシードの評判が上がるんだよ」
「非人道的な違法店舗を力で正すのだ。民からすれば、喝采物だ。勿論、法に於いて処罰はされるが、それ以上に受けの良い話だ」
「なら、親父も⋯⋯」
「うむ。儂も責任を取って、七草の辞退となるが、評価は上がるな⋯⋯一々確認するな。お前なら、とっくに気付いているだろうに」
「なら、他の手段をだな⋯⋯」
「話題に上らなければ、駄目だと言ったであろう」
「うあー、それなら」
「お前が殿下のお抱えだという事実は、広く知られておる。先の婚約破棄の茶番でも、しっかり噂の一部に使われておる」
頭を抱えながら、チラチラと親父を伺いながら発言してみるが、尽く却下された。
しかも、何か気になる事を言われた。
「どんな感じで噂に組み込まれてんの?」
「知らなかったのか、お前は⋯⋯。なあに、ルシード殿下を止めようとしたが、愚かな第一王子は諫言を聞かなかった、としか出番が無い」
「俺は悪く言われていないっ!むしろ一服の清涼剤っ!」
絶対にルシードが俺やリオンに気を遣っている内容じゃねぇか!
更に深く頭を抱える俺に、親父が追撃を掛けてくる。
「つまり、お前が暴れても、そういう事を仕出かして不思議では無い、となってしまう」
「で、ルシードはどうにもならない王子だけど、人を見る目だけは有る、ってなるのか?」
非常に満足そうに頷く親父。
困るんだが。
めっちゃ困るんだが。
「まあ、だから此度の件は、儂の指図、という事にしておこう。こうすれば、儂は確実に責任を負う事になるし、ルシード殿下の評価も然程上らぬだろうからな」
「多少なりとも良くはなってしまうのな」
「其れは仕方があるまい」
思わず溜め息が出てしまうよ、まったく。
あまり意識していなかったけど、しがらみが多過ぎる。
俺には、はっきりと見えているワケじゃねえから、身体中に見えない鎖や糸が絡み付いている気分だ。
どれも細くて脆弱なんだが、如何せん数が多い。簡単に引き千切る事が出来るのも、却って問題だな、これは。
切れた後に、問題が起こる。
なるべく、拘束を解かずに行動しなきゃマズイ、って話だ。
「鎖っつーか、まるで猫の鈴だよな、こりゃ⋯⋯」
「人の目というのは、そういう側面があるのは事実だな。立場の有る人間なら、尚更だ。お前とて、伯爵家の者だ。常に見られていると思え」
「だから、基本脳筋やってんだけどな」
「まあ、お前なんぞは其れで良い。大変なのはルシード殿下だろう。今日も学園で打ち合わせでは無かったかな?」
注目されているから、そうやってスケジュールが知られているんだよなあ。
流石に、国の上層部と学園関係者にしか知らせてはいないみたいだけどな。
「ああ。一応は公開してないけどな。確か昼過ぎからだったから、まだ続いているんじゃねうかな。早ければ終わっていても不思議じゃねえけど」
今日はルシードと弟殿下、二組の婚約御披露目の打ち合わせだ。
ルシード本人は嫌がってそうだが、これも王族の務めなのかね。婚約とか結婚とか、面倒な事だよな。
「お前とて、いつまでも独り身という訳にはいかぬのだぞ?まあ、我が家は兄二人も片付いておらぬがな。最初に三男が売約済みになるのも悪くなかったのだがな」
「息子達を不良債権みたいに言うなや。しかも売約済みとか、とても七草のナズナ様の御言葉とも思えねえっての」
「それも来年から五年間は外されるから、構うまいよ。公式行事の職務が減って助かる。陛下の守護があるから、出席はしなければならないがな」
何か、これからの俺の行動で一番得するのって親父になりそうだな。声望はむしろ上がるらしいしな。
貧乏くじ引いてくれ、って昨日頼みに来た筈なのになあ。巡り巡って特になるのか。禍福は糾える縄の如しとは、良く言ったものだ。
⋯⋯最初から狙っていたワケじゃないよな?
どうも、この国の上層部は曲者揃いな印象だ。季節ごとに曲者市なんか開けそうなくらい。流行りの曲者から、由緒正しい曲者まで選り取り見取り。大盛況間違い無しだ。
まあ、ルシードに従って、近くで見る機会が多いからこその感想かな。
親父に限って言えば、この二日ばかりで随分と砕けているのだが。
今までは、堅物の側面しか俺には見せていなかったからな。多分、評価が変わったからなんだろうけどなあ。
素直に喜べる程、俺だって単純じゃねえし。
「ん、そういや親父。ティーナ嬢に仕えている従者って知ってるか?」
曲者とか考えいたら思い出した。
折角だし、俺も普段以上に砕けた声色で訊いてみる。
ちょっと親父が嬉しそうなのが何とも言えない。それで良いのか近衛騎士団長。
「ああ、非常に優秀だと聞いているな。各国の礼法や派閥等に知識があるとの話だ」
「へー。そりゃまた得難い人材だな」
それぞれの国によって、当たり前だが礼儀作法や法律は違う。それを修めるだけでも大したものだが、問題は学ぶ方法なんだよな。
礼儀作法は兎も角、法律は基本的には一般の人間は見る事すら出来ねえしな。
勿論、大半は本という形で存在しているのだが、その閲覧は貴族か役人に限られているのが普通だし。
民衆に余計な知識を与えない為に、な。
最低限の法律、罪に対する罰等は広く交付されているんだが、逆に言えばそれだけなんだよなあ。
だから、知識があるという事は、だ。
その従者は、各国の貴族や役人と繋がりがある、って寸法だ。
もしくは、盗んだとかな。
どちらにせよ、それだけで有能ってワケだ。
そうやって各国にパイプがあるんだ。そりゃ曲者だろうよ。
多分、ルシード辺りはとっくに知ってるだろうが、確認してみるか。
「国に仕えてくれれば、この上無く有難いのだがな、本人はリガトーニ家に忠誠を誓っているのだと聞いている」
「成程なあ。一度会ってみるべきかもな」
「まあ、それを決めるのはルシード殿下であろう」
「そうやって、自分で考えないと堅物になっちまうって、親父が言ったんだろうに」
「⋯⋯ほう」
短く言葉を漏らし、親父が俺の目を覗き込もうとしてくる。
俺は頭を抱えたまんまだったから、ちょっと体勢が苦しそう。
それにしても、今の「ほう」はやけに上機嫌だったな。
⋯⋯逆に怖い。
「さて、それじゃ行ってくるわ」
「ああ。表に馬車を準備している。使うと良い」
「さんきゅ」
素直に礼を口にする。
正直、今の表情を見られたく無いという気持ちが強い。
今までだと、いつも俺には不機嫌だったからな、親父は。
さて。
頑張りますか。
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