シュバルツ・キターラ
第一話
親父と心温まる対話を終えた翌日の夕方。
俺は早速『パピヨンクラブ』へと赴く準備をしていた。
改めて情報を整理すると。
かつては違法店。
現在は公にはされていないが国営。
国内の人間の息抜き、他国の人間の接待に利用されている。
食、性、薬を主に売りにしている。
客は顔を隠す。
でも、ファーストネームと所属はバレる。
ここから新情報な。
経営者は国営だと知らず、裏の店だと思っている。
この店をどう運営するかを、試金石の様に国が使っている。
やり方次第で、経営者は国の役職を与えられたり、居なくなったりする。
⋯⋯怖ぇよ。
絶対に『裏』が、ひいてはルシードが関わってんだろうなあ。
まあ、こんな追加情報は下の兄貴が教えてくれたんだけどな。
久々に顔見たな、あの引き篭もり。
親父のサポートという仕事を任せられているみたいだが、以前より髪がボサボサになり、痩せていた。
ついでに、眼鏡も度が強くなっていたみたいだな。
まあ、そんな駄目兄貴曰く「今の経営者はやり過ぎだね。父さんも潰す予定だから、お前が暴れるのは丁度良いんだよ」との事。
そんなハートフルな言葉を胸に、持って行く物を選別する。
流石に武器の持ち込みは禁止されているみたいだしなあ。まあ、素手で困る事は無いか。
それなりに見栄えのする、実用的な服を選ぶ。
最近流行り始めているという、ブールポワンにでもするか。身体にピッタリした胴衣で、元々は鎧下だったらしいけどな。
動き易い様に、詰め物が少なく、襟が低い物を選ぶ。
仮にも当主が近衛騎士団長の伯爵家だ。クローゼットにも服が大量に並んでいる。
大半が質実剛健と呼べる物なのが、いかにも、なんだけどな。
「なんだ、これ?」
一着のブールポワンにメモが貼り付けられている。
見覚えの有る筆跡。
この無駄に躍動感溢れる達筆は上の兄貴だな。
『愛しき愚弟へ。この服選びなよー。膨大な数の繭糸を使用した糸、大麻、門外不出の鋼糸なんかを凄腕の職人が編み込んだ服だよー。耐刃性に優れてるし、詰め物で衝撃にも強いよー。今ならなんと!グローブも付いてくる!こちらも薄く、動きを阻害しないのに抜群の使い心地!こちらのセットが限定で!土産話だけで利用出来ます!まるでファンタジーの様な性能!貴方の殴り込みライフが快適になります!』
⋯⋯。
大兄貴⋯⋯。
うん、使うけどさ。
この言い回し、何なんだよ。しかも、殴り込みライフって。まるで普段から殴り込みばかりしているみたいじゃねえか。
そうだ、終わったら大兄貴に殴り込みをかけよう。おお、我ながら名案じゃねえか。
同じ素材のズボンも準備されていたので、有難く使わせてもらう。
と言うか。この装備。値段を付けたら幾らくらいになってしまうんだろうなあ。
それに革製の軍用ブーツを拝借。一応、全ての装備に付いている家紋は隠しておく。まあ、バレるの前提ではあるけど、一般客にまで素性を明かす必要は無いからな。
多分、本気で暴れちまうんだろうな、俺。
小兄貴の話だと、性のフロアには買われて来た人間も居る、って話だし。
すぐに取り締まらないで、絶好の機会を狙う為に泳がせておく、ってんだから、闇が深いよな。
「ルシードは大丈夫なんかね?自分の行動の結果を受け止め切れるのか」
疑わしい、と続けようとして、口をつぐむ。
側近、若しくは懐刀。
以前リオンに言われた言葉を思い出したからだ。
自分が信じなくてどうするのか。
あいつは大丈夫だ。
もし潰れそうになっても。
「俺が、俺達が支えれば良い」
「着替えながらブツブツ言うな。気持ち悪い」
意識の外から言葉が投げかけられ、思わず身体がビクッ!っとなってしまう。
ゆっくり振り返ると、皺や埃など存在を許さぬとばかりに、カッチリと服装、姿勢、表情、動作が整えられた親父が居た。
キッチリ、じゃあ無い。カッチリ、だ。カッチカチの堅さだ。もうお前、直線だけで構成されてんだろ、くらいの勢いだ。
「何だ、昨日は非番で今日は夜勤か」
「ああ。変わってもらってな。お前の働きをリアルタイムで対応出来る様にな。後、もう少しお前と話したくてな」
「珍しいな。親父の方から来るなんて」
後継者として最初から期待されていない三男坊。元より領地持ちの貴族では無いし、コネ就職は目の前の表七草の一人が嫌うので、自らの手で糊口を凌ぐしか道は無い。
まあ、だからこそルシードに近付いたし、だからこそ父親により見放されたとも言える。
⋯⋯教育だけは、めっちゃキツかったけどな!
「お前の婚約者についてだ」
「ああ、昨日聞いたな。マカロニ家の御令嬢、だろ?」
「うむ⋯⋯。まあ、そうなのだが」
何か歯切れが悪いな。軍人気質の親父らしく無い。
あ、ちなみに目の前の伯爵様。本来の性質は武人だ。軍人とは若干異なる。それが美点でも有るし、欠点でもある。
例えばだ。
戦争しているってのに、わざわざ相手に兵力を合わせて、なるべく兵科まで同等の条件にして、正面から打ち破るのを作戦と言うか。いや、言わないだろ?
敵が伏兵を用いれば、こちらも伏兵を配し、流言を仕掛けられれば、仕掛け返すどころか逆手に取る。
そんな戦い方で負け知らず。それどころか、味方が不利な方が強い。相手に合わせないで好き勝手な戦い方が出来るから、らしい。
いや、むしろ全部の戦いでそうしろよ、と言いたい。
「あー⋯⋯悪いな。マカロニ士爵は親父の右腕だってのに。関係悪くなるか?」
「いや、その憂いは無い。だが、婚約を破棄するにしろ、されるにしろ、苦労を掛ける事になる」
「なら、もっと早くから婚約者決めた、って伝えろよ。俺、当事者なんだからさ」
「うむ。それは完全に儂の落度だな。つい先日打診があってな。正式に返答するつもりだったが、此度の茶番で各所が忙しくなってな。すまぬ」
あれ?考えてたのと少し違うな、これ。
てっきり以前から決まっていたのだと思っていたが。
「なら、まだ婚約してねぇんじゃねぇの?」
「ああ。口約束の段階だな。とは言え、先方には伝わっていてな。大層御な喜びよう、と聞かされている」
どっちにしろ、謝罪案件だってのは変わらないか。
確か、マカロニ家は子供が二人だったか。
長女が22歳。次女が8歳だった筈だ。長女は婚約者が居たが、死別してしまったと聞いたな。
正直、貴族だと嫁き遅れと言える。
まあ、士爵は準貴族の扱いだから、問題無いっちゃあ問題無いんだろうけどな。
「俺なんかとの婚約を喜ぶなんてなあ。マカロニ士爵本人は喜ぶだろうけどな。親父と血縁関係に成るんだから」
「その辺りは遠からず解る」
「ふーん。掴んでは居るんだな」
当たり前か。
ウチは情報に強い。
親父が相手に合わせた戦でも勝てるのには理由がある。
勿論、本人含めて部隊が精強なのは間違い無い。この国で一番と言って良いだろう。
ただ、どうして相手と同じ条件に合わせられるか、だ。
ぶつかり合う前に、敵の布陣、将が誰なのか、兵の質。そう言った情報を掴んでいるからに他ならないんだよな。
情報戦の段階で圧勝してしまっている、って事だ。
まあ、それも殆どがウチで使っていた間諜のおかげだったんだよなあ。
今は国に連れてかれちまったからなあ。『裏』の七草の一人として働いている。
ちなみに、ウチでは小兄貴がその仕事を引き継いでいるから、あんま困ってない。
「ああ、先方から直接聞いておるから、知っているだけだ」
「⋯⋯さいで」
ウチの情報力は全く関係無かったみたいだな。
考えてみれば当たり前か。
マカロニ家だって、長女の嫁ぎ先が決まれば嬉しいだろう。いくら無能扱いの三男坊でも、家柄は間違い無いしな。
それに、親父の周辺、ごく一部ではあるが、俺の実力も知られているもんなあ。
何より、嫁ぎ先を失ってしまったのだから、失意も大きかった筈だしな。
⋯⋯また、駄目になっちまうんだけどな。
「少し責任感じてしまうなあ⋯⋯」
「お前が気にする事では無い。そういった雑事は大人の領分だ」
「今回の一件は、どうなんだよ⋯⋯」
「子供だから暴れられるし、ある意味華を持たせよう、という親心でも有る」
親父の言葉を聞いて絶句してしまう。
親心あったんかい、というのは言い過ぎだが、暴れるのが華とな?
いっそ恐怖だわ、その思考。
「闇営業の店で義侠心、正義心を発揮する。此れは大きいぞ?デメリットも勿論有るがな。民には好意的に受け入れられるだろう。ただし⋯⋯」
「ただし?」
嫌なトコで言葉を区切ったな。
かなりデカいデメリットが存在しちまうワケか。
婚約云々じゃ無さそうだしなあ。
やっぱり親父に悪影響出て来るのかなあ。
でも、全く悪影響が無ければ、七草の辞退は難しいワケで。
うん、考えても解らねぇや。
大人しく親父に答えを聞いてしまおう。
「ルシード殿下の、評判が上がってしまう、という事だ」
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