第2話
「そこまでだ、ルシード」
陛下の声が響く。
俺は即座に声のする方向に身体を向け、片膝を付き、頭を垂れる。
⋯⋯え、俺?
俺はシュバルツ・キターラ。
ルシード第一王子の取り巻きだ。一応、伯爵家の三男だ。
まあ、いくら伯爵家とはいえ、三男となると家の権威を利用出来るくらいで良い事は無い。
かなりの部分は自分で金も賄わないとならないし、親も気にしてくれない。
卒業後の就職だって、まず親のコネは当てに出来ない。世知辛いモンだ。
で、俺はルシードんトコに寄生する事にしたワケだ。
このまま行けば立太子、最終的には陛下だ。
今だって飯は奢ってくれるし、令嬢達と知り合う機会も多い。かなり利用させて貰っている。
まあ、ルシードだって知っているしな。あいつは俺の剣の腕を買ってくれている。将来近衛兵まで出世させてくれると確約済みだ。
勿論、俺が真面目にやるのが条件なんだけどな。
ルシードの取り巻きなんて、伯爵家以上の次男三男、子爵家以下の長男なんかが多い。
実は弟君の方が有力視されてるんだよなあ。
弟殿下は武芸と外交に優れた偉丈夫。威厳も溢れている。
⋯⋯今、威厳を惜しみ無く発揮している陛下に似たんだろうな。
「さてルシードよ。聞いていたのと少々風向きが違うみたいだが?」
「はっ、陛下。マリーナ嬢の悪事を暴くつもりでしたが、余計な邪魔が入りまして」
うん、ガヤー嬢の『パピヨンクラブ』には吃驚したよ俺も。
まあ、確かにわざわざパーティ中断した割に話は進んでないわな。
「うむ。もう少しスマートに出来なかったものか。まあ、あの娘が『パピヨンクラブ』に通っていたのは喜ばし⋯⋯良くない事ではあるがな」
いや、陛下。貴方も其処は掘り下げないであげて下さいな。他にも居ておかしくないんだからさ。
「はっ、陛下。いずれあの店は調査が必要かと思われます」
いや、ルシード。お前もかよ。当初の目的を忘れてないかい?
つーか、お前は行った事無いだろうに。
⋯⋯俺?まあ、ノーコメントだ。
「それはともかく、だ。お前が婚約破棄を言い出すだけの筈が、随分と時間を掛けてしまっているな」
「はっ、陛下。これも完璧に仕事をこなす為であります」
ルシードの良いトコなんだよなあ。物心付いた頃から、絶対に父に対する態度を取らない。徹底して「陛下」と呼び、臣下の立場から出ようともしない。
何処までもクソ真面目。
それがルシードだ。
まあ、取り巻きしか居ない時なんかは気を抜いてくれるんだけどね。何か、そーゆーの見てると、力になってやりたくなるじゃんね。
ルシードの望みが叶う様に頑張ろうかな、ってな。
今回の一件だって、『裏』と協力して動いたのは俺ら取り巻きだ。ルシードの取り巻きとして残っている連中は、それぞれ優秀だ。
家から誼を通じる様に言われて近づいた連中は大体が残っていない。まあ、中にはルシード本人に惚れ込んじまった奴も居るけどな。
何だかんだで、尽くしたくなるんだよ、あいつには。
「うむ。それは解っているがな。折角の学園の舞踏会だぞ。保護者の参加者も多い。時間を無駄にせず、さっさと終わらせるが良い」
「はっ、陛下。仰せの通りに」
まあ、しかし。マリーナ嬢の顔色が悪い。
無理も無い。自分の身に覚えが無い事実を、婚約者に糾弾され、しかもその後ろ(文字通り)には国のトップだ。
ちら、と周囲に視線を遣ると父親のコンキリエ伯爵の表情も固まってしまっていふる。
⋯⋯ん?
陛下の脇に待機している偉丈夫は、前コンキリエ伯爵。つまりマリーナの祖父だ。
こちらは無表情に直立している。
護衛なのだろうが、多分、話が伝わっているな。
流石はルシード。根回しは済んでいるのか。
「では、率直に。此度の一件、及び陛下に既に伝えてある件と合わせて、マリーナ嬢との婚約は破棄すべきが妥当かと。また、ティーナ嬢は王家の庇護下に入れるべきかと」
「まあ、そうなるか⋯⋯解るな、コンキリエ伯」
「へ、陛下!恐れながら、発言を許して頂きたく!」
突然矛先を向けられたコンキリエ伯が言い訳をしようとする。
同じ伯爵でも、こんな違うんかねえ。うちのオヤジとは大違いだ。まあ、うちは武門の家系だから、ってのもあるか。
「馬鹿者が!これは陛下の温情であらせられるぞ!儂の忠告も聞かぬから⋯⋯!」
「良い、グルムレス。お前の息子の話も聞いてやろうでは無いか」
薄っすらとした笑みを張り付かせた陛下は、コンキリエ伯に底冷えする視線を向ける。
あー、あれ怖いんだよなあ。ルシードや弟君なんかも時々見せるんだけど。
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