誰が為の婚約破棄

もうきんるい

俺と彼女の婚約破棄

第1話

「マリーナ・コンキリエよ、お前と私の婚約を破棄させてもらうぞ!」


華やかなパーティの場に相応しくない罵声が響き渡る。

其れは参加者の耳目を集めるには充分だったが、黙らせる程には声量も威厳も足りなかった。

其れが彼の限界かと思うと、婚約者として情けなく思う。

と言うか、こんな場で、こんな話題を、こんな形で切り出す神経を疑ってしまう。


「あら、私が何か問題でも起こしましたかしら、殿下?」


余裕たっぷりに、ゆっくりと身体を向き直し、目を見て優雅に質問する⋯⋯私の婚約者にして、この国の第一王子に。


「ふん、とぼけおって。お前がこの学園で企んでいた事、全て知っているのだぞ」


そう、此処は学園。王都にある貴族向け⋯⋯貴族専用の学園だ。叙爵が決まっていれば、その子供も入学出来るので、今現在、全員が貴族の子女というわけではないが。

それにしても、この王子は一々絵にならない。黒く重装なタキシードはシックながらも品の良い作りで、最低限の装飾品はともすれば重く野暮ったい雰囲気になりかねない服装を華やかに演出している。

其れを自らの感覚で組み合わせているのだから、センスは悪くない。いや、むしろ卓越したものを持っている。

だが、中身が良くない。

いや、外見が悪いのではないのだ。

地味だが肩まで伸ばし、結わえている栗色の髪。やや細いが、涼やかで優しさを秘める蒼い瞳。スッキリとした長い眉に、これまたスッキリとしているが、若干低い鼻。薄く形の良い唇。フェイスラインも細めだが均整がとれている。

つまり、容姿は非常に整っているのだ。ただ、地味なだけで。

問題はその細身。それが顔とマッチしてはいるのだが、神経質な印象を与えてしまう。

何より、今日のタキシードに合っていない。

服に着られている、と見られてしまうのだ。


何処か残念。

それがこの国の第一王子。

ルシード・フォン・フレーゴラその人である。





「あらあら。企てだなんて怖ろしい。私はごくごく普通に学園生活を送っていただけですわ」

「ふん、どの口が。お前がティーナ・リガトーニ子爵令嬢を不当に蔑めていた件だ」


ああ、あの隣国からリガトーニ子爵家に養女に迎え入れられた女ですか。

この国との文化の違いに馴染めていなかったから、少し厳しめに教えて差し上げましたわね。

そう、ほんの少しだけ厳しく。


「あらあら、ティーナ様がこのフレーゴラ国に馴染めておられない様でしたので、私共が陰ながら力になれれば、と考えまして」


確かに少々やり過ぎた感はあった。

特に、ルシードが目を掛けていた少女だったから。

別に彼女が殿下にとって特別だったわけではないのだ。彼が持つ優しさが孤独な令嬢を放って置かなかっただけ。


だが、不快ではあった。

マリーナ自身、少し厳しくし過ぎたかとも反省してしまう程に。

だが、これくらいなら貴族令嬢ともなれば当たり前の事である。


「確かに、お前自身はそう接したかもしれんな。だが、コンキリエ伯爵家に追従する者達は違った。それをお前が指図していたのではないか?」


ルシードの言葉はマリーナに大きな衝撃を与えた。

自分はそんな指図をした覚えが無いからだし、それを婚約者に疑われているという事実に。




コンキリエ家は伯爵位である。

本来なら王族、それも第一王子との婚姻などは、この国では考えられない。

だが、マリーナの祖父が大功を立てた。

元々が他国との貴族、商会との繋がりが最大の武器の家だ。

それを最大限に活用し、結果、翌年にでも侯爵位へと陞爵が内定している。

その権威付けと理由付けの為の婚約なのだ。

それを勝手に破棄出来る筈が無いし、あってはいけないのだ。


「無論、此度の一件は陛下にも申し上げておる。どのような沙汰が下るかは解らぬがな」


そう言うと、少し俯き、やや気まずそうにルシードが続ける。

再び上げられた顔には決意が込められていた。


「故に、曖昧なままで済ませるわけにはいかぬ!お前が関与していなくても、自らの取り巻きの管理を怠った不始末は間違い無いのだから!」

「ルシード殿下、それはあまりにマリーナ様に失礼ではありませんか?」


そこに割り込む声。

マリーナは思わず目をやった。自分の取り巻き筆頭とも呼べるモブィ・ラビオリが堂々と身体まで自分とルシードの間に割り込ませていた。


「ふむ、モブィ嬢か。申し開きがあるなら述べてみよ」

「ならば失礼致します。まず、ティーナ・リガトーニ嬢ですが、経歴がイマイチはっきりしませんわね。クーデターのあった隣国から亡命し、友誼のあったリガトーニ子爵家に養子として迎え入れられた。それ以前がさっぱりですわ。そのような⋯⋯」

「今はリガトーニ子爵家の令嬢だろう?ならば問題は無いな。仮に平民であれ、罪人であれ、だ」

「それでは、あまりにも⋯⋯」

「数年前まで平民だった貴様が言うか。どのようにして父親が男爵位を手に入れたのか知らないわけではあるまい?」

「え、あ⋯⋯」


あっさりルシードに撃破される。

と言うか、何をした、ラビオリ家。

むしろそっちが気になってしまう。

一種の現実逃避かもしれないが、興味が湧いて来てしまった。


「何をしたの、モブィ!」

「ま、マリーナ様まで!くっ、うわあああーん!」


モブィは泣きながら走り去ってしまった⋯⋯。

これにはルシードも呆気に取られた様な表情を浮かべる。


「ですが殿下。証拠はございますまい?まさか、リガトーニ子爵令嬢の言葉だけで動いておられますか?」

「ほう、次はガヤー・ペンネ嬢か。まあ、ティーナ嬢は何も言っておらんよ」

「あらあら、それなのに殿下が動いていらっしゃるのですか?婚約者のある身でありながら、他の令嬢に⋯⋯」


私の取り巻きその2。ガヤーがモブィに続いて乱入してくれる。

ガヤーはモブィよりも冷静な質で、いつも理路整然と相手を追い詰めていく。


「入学式後の中庭。試験時の研究室。夏休みの体育館裏。感謝祭の図書館⋯⋯」


なんと言う事でしょう。

ルシードが時期と場所を口にするだけで、ガヤーの顔色が悪くなっていくではありませんか。


「弟含め、王族が二人もこの学園に在籍しているのだ。『裏』の者くらい入っているぞ?」

「な、な、な⋯⋯」


大変!ガヤーが「な」を繰り返すだけの機械になったわ!


「あ、三日前の深夜。『パピヨンクラブ』でガヤー・ペンネ嬢が⋯⋯」

「いやあああ!どうしてそれを!」

「落ち着いてガヤー!『パピヨンクラブ』って何!?どんな場所なの!?貴女は何をそこでしたの!?」

「ごめんなさぁいーー!」


ガヤーまで泣きながら走り去ってしまったわ!

結局、何の解決にもなってないわ!

周囲からも「ラビオリ家はなあ⋯⋯」とか「あの歳で『パピヨンクラブ』かあ⋯⋯」とか色んな声が聞こえるわ。

私も知りたい!


「あー⋯⋯好奇心旺盛なのはお前の良い部分だが、友達は選べよ?」

だから、こんな事になってるんだからな、と私にだけ聞こえる様に続ける。

ひょっとして、私の為?

私の交友関係を見直す為にこんな茶番を?


「そこまでだ、ルシード」


混沌とした会場に響く威厳ある声。

知らず、皆が膝を付く。

私も、ルシードも。


⋯⋯あぁ、これこそが私がルシードに、いや、婚約者に望んだものだ。


そこには、この国の国王陛下が現れていた。

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