第六話

其処は有ってはならない空間だった。

この国に、いや、世界に存在する筈が無い。


「いやだあぁーっ!やめてぇーっ!」

「あ、あはは?あははははは!」


手足に枷をされ、薬を打たれる裸の女性達。明らかに違法。モラルの観点から見ても狂っていやがる。


「こんな、こんな事が許されると思、ぎゃああーっ!」

「殺してやる、殺してやる⋯⋯!」


いや、男ですら、玩具にされている。

此方も薬を嗅がされ、狂った様に笑うだけの者すら居る。

知識としては勿論持っていた。此処が、そんな側面を隠している事くらい、想定してたっていうのに。


この憤りは、どうしたっていうんだ。

身体から切り離した意識が、魂が熱い。


「彼方の方々は御貴族様の御子息、御令嬢となります。家から売られたり、処分を命じられた場合、あのように処理し、商品と成ります」

「ほう」


滾る俺に冷水をぶっ掛けたのは案内して来た男の声だった。

狙いすました様なタイミングに違和感を覚えるものの、助かったのは間違い無い。


「表向きは病死だったり、駆け落ちや、問題を起こして修道院に入れられた、とされております」

「それを引き受けて、幾許かの礼を貰うワケか」

「需要と供給が成り立ってしまっておりますので」


淡々と説明を続ける給仕長。

この男、別の顔を持っているな。薄々感じては居たが、無感情に過ぎる。

俺に対して、口調こそ丁寧だが、阿るワケでも無いし、怖れや軽蔑といったものも伝わって来ない。

あまりに事務的過ぎる。


「成る程⋯⋯ところで、貴方の立場は?」

「単なる給仕長に過ぎませんよ⋯⋯気付いても、黙ってるモンですぜ、若旦那」

「成る程、な⋯⋯」


お互いに言葉の後半は相手にしか聞こえない声量だが、充分過ぎる。

この案内役は、味方だ。

『裏』七草の一人、オミナエシだ。

潜入、変装を得意とし、その性別も年齢も不明。流石にルシードくらいは知ってんだろうけど。

多分、親父が手を回したんだろうな。ずっと前から潜入してたって事か。

やっぱ、俺なんかじゃ敵わないよなあ、親父にも、ルシードにも。


「彼方に、店主が居ります故に」

「⋯⋯そうか」


俺の葛藤なんか、知ってか知らずか。

気にする素振りも見せずに更に奥へと案内するオミナエシ。


「やだあぁーっ!やあぁだあぁぁーっ!お願いだから!それだけは駄目ぇ!私が、私じゃなく、ぐむっ!⋯⋯あ、あはは!きもちいぃよぉー!もっと!もっとちょうだいぃーっ!」

「さあさあ、皆様!此方があの御令嬢ですよ!その涼しげな美貌と知性を武器にして来たガヤー・ペンネ嬢が、たちまち欲に溺れた雌豚だ!」

「あー、あっ、あっ、あぁぁーっ!良い、いいよぉーっ」


其処にはかつて、マリーナ・コンキリエを意のままに操ろうとし、茶番という舞台で退場したガヤー・ペンネ子爵令嬢が変わり果てた姿で横たわり、喘ぎ狂っていた。


「これは御客様。如何ですかな?聞きたい事が有れば、主人たるワタクシが御答え致しますぞ」


呼びかけを行なっていた店主が、俺に擦り寄って来る。

派手な服に煌びやかな装飾品、鼻につく香料を振り撒いて居る。

その間にもガヤー嬢は、更に薬を嗅がされている。


「あれは⋯⋯何だ?」

「はい、御客様。商品の紹介に御座居ます。貴族の子女というのは需要がありましてな」

「あの嗅がせた薬は」

「はい、当店自慢の新商品です。薬単品でも販売致しますよ!」

「何故⋯⋯」

「ああ、どうして、あんな格好をしているか、ですな。ああいった趣味の御客様も多いので。毎日違う格好ですよ。本日は雌猫をイメージしております。猫耳カチューシャに、尻尾を模したアクセサリーを付けております!」


ここまで捲し立てると、大きく息を吸い、また語り始める。


「質の良いドレスは敢えて脱がさず!見えない下着にもこだわっております!ああ、勿論処女であります!全身敏感になっておりますので、愉しめるのは間違いありません!」


半ば言葉を失っている俺に、売り込みを始める店主とやら。嬉々として、自慢気に。

新しい玩具を見せびらかす子供の様に。


「あはは、いや、いやだっ。もっと、いや、だめっ!」


全身に汗をかき、涙と涎、他にも様々な体液を垂れ流しながら、狂うガヤー嬢。

誰も触っていないのに、見えない糸に操られているかの様に、不自然な動きを繰り返している。

そんなガヤー嬢の姿に呆気に取られている間に、オミナエシの姿が見えなくなっていたが、どうでも良い。

また身体が、心が熱い。黒い何かが渦巻いてやがる。

これが、必要悪なもんかよ。

人の身で、同じ人間に出来る事かよ。

切り離した意識も、何もかもが沸騰しそうだ。


「如何でしょうか、御客様?マリーナ・コンキリエ嬢を惑わせた憎い女の末路が此れですよ。此処から先は、御客様御自身の御手で、とは考えられませんか?」

「⋯⋯何?」

「一思いに止めを刺すも良し。更なる恥辱、屈辱を与えるも良し。勿論、単なる捌け口としても優秀ですぞ?」


そうか。

始めから、人として見ていないから出来るんだな。

同じ人間だと、感じる能力が無いんだ。

欠陥品だ、この男は。

だから、俺は暴れても良いんだ。

視点を変えているのに、気持ちを身体と別にしているのに。

俺の右手は強く握り込まれ、血が流れている。

それなのに、横に立つ男がどうにもならない屑で、壊して良いと自分に言い聞かせなければ、殴る事も出来ない。

理性が、勝ち過ぎてしまう。

普段、半ば事実でも、無能を振る舞っているが、俺は感情では動けない小僧なんだよな。

構わないよな。


今は、この身を激情に任せてしまっても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る