第18話

 帰りの電車には、前と同じ人が乗っている。

 時計を確認すると、前と同じ時間だった。


 反対側の窓から外を眺める。人も数名しかいないから、さえぎるものがなかった。


 家の電気がたくさん付いていた。今この1秒に、何万人何千万人という人が同じ時間を過ごしていると思うと、すごいことだと思う。

 それぞれの人が思い思いのことをして、時間が過ぎるのを当たり前のように思っている。

 今の僕には、その素晴らしさが分かるような気がする。同じ時間が繰り返されて、当たり前のように人が目の前で死んだ。


「儚いものだよ。人間は。自分の思い通りに生きるくせに、死ぬときは一瞬だ。感性が優れすぎたんだろうね。感性というものがなかったら、喜ぶことも出来ないし、悲しむことも出来ないけど。感性が優れすぎなかったら、世界もまた変わっていたんだろう。

 涼だって他の人と変わらないように感性持っているんだから、その感性で人を傷つけちゃダメだからね。人には優しく、人には笑顔でいるんだよ?」


 誰かが言っていた気がする。散々聞かされていた。幼すぎて、誰に言われたとかは全くおぼえていない。

 出てくる単語が、その時の僕には難しすぎた。でも、今なら言いたいことが分かるかもしれない。




「涼!ねぇ、起きて!」


 小さな男の子が僕の体を揺する。


「ほら!お星様!!見て見て!」


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。僕も男の子が指さす方へ視線を向ける。

 星が沢山あった。どこを見渡しても光っている星は、幻想的だ。


「綺麗だね!」


 僕は笑って答える。

 隣にいる男の子は空に向かって、思いっきり手を伸ばしていた。届くはずもないのに。


「あのお星様たちはね。苦しいときとか、泣きたくなるときに見上げなさいってママが言ってたんだ!」


「そうだよ、涼。お星様はね、いつも私たちを見守っているの 」


 僕のお母さんが後ろから来て、隣に座った。


「ママ!」


 ニコッと笑って話を続ける。長いのはいつもの事だが、楽しいからお母さんの話は好きだ。


「でも朝になったら、お星様は見えなくなるでしょ?でもね、お星様は私たちから見えないだけなのよ。遠くからずーっと見守ってくれているのよ。

 亡くなったおばあちゃんだって。涼が幼稚園のときに死んじゃった犬のゆずだって、お星様と一緒に私たちを見てくれてるのよ?

 だからね、下ばかり見てないで空を見上げてみて。そしてね、両手をこうやって胸の前にしてみるの。そしたら心の中で感謝の気持ちとか、お願いごとをお星様に伝えるの」


 そう言って、お母さんは胸の前で手を握った。目をつむった。


「お母さんは今、何を願ったの?」


「なんだろうね?お願いごとは、口に出しちゃ叶わないんだよ。だから、涼にも内緒だよ」


 そう言って、微笑んだ。僕がムスッとすると、いつか教えてあげるよと言って笑った。




 ゆっくりと目を開ける。いつの間にか寝てしまっていたらしい。同じ車内には誰もいない。次の駅でちょうど到着だった。


 夢を思い出してため息が出た。ずっと前の記憶だ。お母さんの顔も覚えていない。夢の中でははっきりしていたのに、目が覚めてからはモヤがかかってよく思い出せない。

 どこか懐かしい微笑みを見て、心が傷んだ。


 もう、ここにはお母さんはいない。優しく笑ってくれたお母さんも。いつも笑顔だけど怒ると怖かったお父さんすらも。もう、いないんだ。


「次は○○、○○。お出口は左側です」


 もう泣くのには懲りた。泣いたって何も解決しないし、現実が変わるわけない。そんなことは、よく分かっている。だから、どんなに辛くても泣く気はない。


 僕は電車を降りる。

 誰も降りない駅は、悲しくて。冷たい風が僕を襲ってきた。

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