第17話

「美沙希......?ねぇ...?美沙希?ねぇ!美沙希ぃー!!ねぇ!!......。お願い......返事をして......ねぇ!!」


 彼女が目を開けることはなかった。静かに眠る彼女は、まだ暖かかった。死んでいるなんて、嘘みたいだ。


 救急車が到着したのは、それから5分後だった。救急隊員は、彼女の首に手を当てる。そして、僕達の方を見て静かに首を降った。数人の救急隊員は、彼女の前で手を合わせた。

 警察が来た。僕達は名前を聞かれただけで、その後はすぐに返された。この状況で話せると思わなかったのだろう。


 学校を出て、駅へと向かう。隣を歩く中崎は辛さからか、泣くということすら忘れているようだった。絶望の瞳は、光が全く映っていなかった。


「ねぇ......涼。なんで、君はそんな平然といられるの......?美沙希が......美沙希がっ!目の前で死んだんだよ?!ねぇ!!」


 そう言って、僕の肩をドンドン拳で叩いた。

 肩にくる痛みは、彼女が感じている痛みと同じなのだろうか。


「ねぇ!!答えてよ!!ねぇ......!お願い......っ」


 絶対に僕が思っている以上の痛みが、彼女を苦しめている。

 地面に崩れ落ちる彼女を、黙って上から見ていることしか出来なかった。1度は止まった涙も、2度目は止まることを知らないようだ。


「...!?」


 僕は驚いて周りを見渡す。一瞬、強い視線を感じた。

 周りには沢山の人がいる。泣き崩れる中崎と僕を見ながら通り過ぎる。その目は他人の目だ。

 でも、今感じた視線はそんなものじゃない。もっと、強くて。もっと......。


「中崎、立って」


 今まで一言も発さなかったから、中崎が驚いて僕の顔を見上げる。

 逃げないといけない。なんとなくだが、そう思った。


「早く立って」


 力が出ないのだろうか。必死に立とうとしているのだが、全く立てる様子ではなかった。

 僕は仕方なく彼女の手を掴んだ。彼女の体は、軽く持ち上がった。僕よりも小さな手は、余計女子だということを認識させる。

 でも、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 僕に腕を引っ張られながら走る彼女は、足が進まない。高井から離れたくないのもあるのだろう。



「「ハァハァ」」


 結局、駅まで走ってきてしまった。僕らの息が荒れている。


「涼......。手」


「あっ、ごめん」


 僕は咄嗟に手を離す。止まってからも握ってしまっていた。

 気まずくなって、彼女から目をそらす。荒れていた息も一瞬でおさまった。


「ここまで来たら自分で帰れるから。ありがとう......」


 彼女は、背中を向けて僕から離れた。やはり、彼女の背中は弱々しかった。

 僕の左手には、まだ彼女の手の感触が残っていた。

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