第1話

 花火の光が消えた。僕を染める光が終わった。花火の音が僕の耳に響くことすらも、なくなってしまった。


 橋を通る人が増えてくる。花火もちょうど終わったからだろう。


 僕は重たい腰を持ち上げて、ズボンについた草をはらう。暗くなった道を戻る。花火が上がる前の淡色が嘘みたいだ。


 帰る途中の道は田んぼばかりだから、空がよく見える。道には街灯が数個と、自動販売機が1台寂しげに立っていた。

 自動販売機の前で小学生くらいの男子が騒いでいたが、知らないふりをして横を通り過ぎた。

 警察にでも見つかったら、すぐに連れていかれるだろう。

 僕はクスッと笑った。


「僕にもこんな時期があったのかな」



 黒く染った空から、所々見える光は幻のようでしかなかった。その光すらも濁って見えるのは、なんでなのだろう。


 何故だろうか。心がモヤモヤする。彼女があんなことを言ったからだろうか。


 でも、僕はどうしてもあの瞳を疑うことは出来なかった。


 僕は見てしまったのだ。あの横顔をどこか寂しげなあの瞳を。僕に見せた笑顔が嘘だったような。


 花火が彼女の瞳の中で色鮮やかに揺れていた。





 家まで後、約1キロ手前。それはいきなり起こった。


 頭が痛い。尖った鋭いもので、頭を刺されているようだ。


「君、死ぬよ?」


 彼女の笑顔が頭をよぎる。


 痛い。痛い。痛い........


 だんだん、視界が暗くなっていった。


 本当に僕は、死んでしまうのだろうか。まだ死にたくない。死にたくない........


「死にたくないんだ!」


 バサッ


 思い切り体を起こした。周りを見渡す。ここはどこだろうか。見慣れた部屋だ。黒と青で統一されていている。本棚には漫画から小説まで、ぎっしり詰まっていた。少し、整理が行き届いてないのを見て確信する。


 僕の部屋だ。


りょう。大丈夫?」


 兄の、隆哉りゅうやだ。心配そうに、顔を覗いてくる。

 どうやら、近くで僕のことを見守っていたらしい。ストレートの髪に、寝癖が着いている。起きるのを待つ間に、そのまま寝てしまったのだろう。眼鏡をかけっぱなしだ。

 普段はコンタクトだが、家でいるときはいつも眼鏡だ。黒縁メガネをしている時の隆哉兄は、本当にかっこいい。



 隆哉兄は、親が居ない代わりに僕の面倒をいつも見てくれる。

 高校に入学してからは、僕も少しは手伝うようになった。楽にはなったらしいが、今でも家事から全てをやってくれている。家の事をやりながらバイトをしていて、休む時間なんてないはずだ。仕事を分担するのもいいかもしれない。



 そうだ。僕は道端で倒れたんだ。倒れて........どうなったんだ?それからの記憶がない。


「涼。まだ、フラフラしてる。横になってた方がいいよ。嫌な夢も見てたらしいし。」


「隆哉兄、僕はどうやってここまで来たの?」


 僕は、いつも隆哉兄に迷惑をかけてばっかりだ。


 隆哉兄の目にある隈を見て思った。


「女の子が、涼を担いで来てくれたよ?涼と同い歳くらいかなぁ。『大丈夫なの?』って聞いたら『この人軽いんで大丈夫です!力には自信あるんで!』って言って、帰って行ったよ。そう言えば、名前聞かなかったな。後で会ったらお礼言っておいて」


 女の子って言ったら、彼女しか居ない。


「ねぇ、隆哉兄。その女の子って、いつ帰った?」


「えっ。んーと、30分くらい前かな。多分」


 僕は、被さっていた布団を思い切り剥がした。ハンガーにかかっていた上着を持って飛び出す。


「涼!?どこ行くの!?」


 隆哉兄を無視して走った。あの場所へと。

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