第12話

 前と同じくらいの時間に教室に着いた。

 いつも通り、僕が来たことは誰も気づいていなかった。自分の席に着く。そしてまた、前と同じように大輝が話しかけてきた。


「涼、おはよう!いつも通り、遅いね」


 言葉は、何も変わっていなかった。僕も、前と同じ言葉で返す。


「朝が苦手だから仕方ないだろ」


「そうだったな」


 そのセリフが終わったところで、ちょうどチャイムが鳴った。大輝はケラケラ笑いながら、窓側の席に戻って行った。




 チャイムがなり終わった。


「おはよう!」


 前のドアが思い切り開く。本来なら、もう少し前に来ていたはずだ。


「涼くん、おはよう!」


 高井が僕に向けて笑う。

 あの笑顔に心臓がまた騒ぎだした。心臓の音を抑えるのに必死だったから、そんな疑問まで頭が回らなかった。




 朝会が終わった。中崎が、高井の席まで声を上げながら来た。


「美紗希!また、遅刻したね!何回目だよ」


「うるさいなー。奈那は!いつもの事じゃん!」


「そうだけどさ。流石に直しなよ」


 呆れ顔でいながらも、2人は笑いながら教室を出ていった。

全く同じ会話をしている。やはり、時間が戻ってしまったのだ。


 ため息をつき、僕は机から本を取り出す。前に読んだのと同じ本だ。同じ場面を読むのは気が向けるので前の続きから読み進める。

 この本も、もう完結しそうだ。残りのページが少ない。彼女が帰ってくるまでには、終わるだろう。




 彼女は、川へと走った。いつも手に持って手放さなかった本は、図書室の見えないところに置いた。誰かが気づいてくれると信じて......。

 橋から見える花火は綺麗で、どんな気持ちも楽にしてくれるみたいだ。

 私は橋へと登る。橋の下は、当たり前だが川が流れていた。浴衣で動きずらいが、そんなの知らない。

 無理矢理にでも足を上げる。橋の柵を乗り越えて、私の前に閉ざされるものなどなくなった。

 花火に意識が向いているのか、こちらがしようとしている事なんて誰も気づかない。


「ありがとう......」


 世界が一瞬だけ美しく見えた。最後の特大花火が上がったのだ。

 私の体は止まることなど知らない。重力なんて物に勝てるわけもなかった。捕まろうともせず、一直線に飛び降りた。


 私を見つけてくれるのなら、私の願いを叶えてください。


 石で書かれた字は、ガタガタになっていた。


 翌日、捜索が行われた。1ヶ月にわたる大規模な捜索だったが、彼女の遺体は見つからなかった。

 唯一見つかったのは、彼女がしていたと思われる蒼色の髪飾りだった。形は崩れていたが、色褪せてはいなかった。

 結局彼女は見つからないまま、捜査は打ち切りになった。





 なんとも言えない終わり方だからか、どこかモヤモヤする。そして、また涙が頬を流れた。

 泣くほど悲しかったわけじゃない。ただ、胸が苦しくなっただけだ。


「マジで、あの俳優さんカッコイイよね!?」


「めっちゃ分かるー!!」


 1時間目のチャイムがなってから、中崎と高井が戻ってきた。

 咄嗟に本をしまい、頬を流れた涙を手のひらで拭く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る