第14話

 隣の席に座っている大輝は、うたた寝をしていた。部活が終わって疲れているのだろう。

 行きと同じ時間のはずなのに、なぜか遠く感じる。

 電車の中は、人でいっぱいだ。いつも、この時間は帰省ラッシュと重なる。座れたのが、唯一の救いだろう。僕の前にいる30代のサラリーマンらしき人は立ち寝をしている。横の60代のおじさんも、頭があと少しで僕の肩に当たりそうだ。

 ため息が出る。これだから人混みは嫌なんだ。


 やっと着いた時は、空が暗くなっていた。ずっと寝ていた大輝は、あくびをしながら歩いている。


 細く暗い道路に車は全く通らないから、道の真ん中を歩く。薄暗い道で、何気ない話をする。いつもの日課だ。テレビがどうだったとか、新発売のゲームが案外面白かったとか、本当にたわいもない話だ。


 V字の分かれ道で、大輝に手を振って別れる。僕らの小さい頃からここで会うし、ここで解散する。当たり前の場所なのだ。家は近いが、これくらいの距離感がお互いに楽なのだ。


 何も起こらない、平和な1日だった。前のときのような、残酷なことは全く起こらなかった。

 なんだったんだろう。今が現実なのか。それとも夢か。真実はどの世界なのだろう。あの苦しみが嘘のようだ。

 でも、なぜかモヤモヤする。何か繋がってない気がする。

 彼女は電車で死にかけた。そして、僕は彼女を忘れた。なんで忘れたのだろうか。分からない......。


 橋が見えてきた。街頭は、やはり少ない。暗くなった空を見上げながら歩く。


「ねぇ」


 横斜め下から声がした。驚いて顔を向ける。


「なんで、君はここにいるの?」


 彼女はまだ浴衣を着ていた。微笑む彼女は、やはりどこか不気味だ。

 彼女は橋の横で、足を抱えて座っていた。下駄をカランカランと鳴らしながら、近づいてくる。

 僕も彼女に聞き返す。


「君こそ、何をしているの?」


「私のことは、別にいいんだよ。今は私が先に質問したんだから、ちゃんと答えてよね?」


「僕は、別に。いつも通りに家帰ってるだけだけど...?」


 別に嘘をついたわけではない。事実をただ言っただけだ。なのに、彼女は眉間にしわを寄せて言った。


「君は、時間を戻ってもう一度同じことを繰り返しているところじゃん。それは知ってるでしょ?まず、なんで戻ってきたか分かってるの?」


「知らないよ」


 そんなこと、僕が知りたい。分からないから、モヤモヤしているのに。


 ぶっきらぼうに答える。

 これじゃあ僕が、彼女に八つ当たりしているみたいじゃないか。悪いのは僕じゃない。気づいたら時間が戻っていた。高井が死なないように、僕ができることは全部やった。この状況を飲み込むことすら、まだ完全には出来ていない。


「君さ、早く行った方がいいんじゃないの?彼女、また死にかけるよ?いや、今度はほんとに死んじゃうかもしれないね」


 軽く微笑んで、僕に背中を向けた。

 カランカランと下駄を鳴らしながら帰る背中を、ただ見ていた。


 彼女は誰なんだ...?なんで、ここまで知っているんだ......?


 気が付いたときには、もう彼女はいなくなっていた。

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