第7話

 電車のホームで、人々がざわめく。

 叫び声を上げている者も居れば、スマホで写真を撮る者も居た。

 だけど、誰も彼女を助けようとしない。観客席で呑気に眺めているだけだ。


 僕が助けようと足を前に出した時、隣に居た大輝が先に駆け出していた。

 大輝は線路に飛び降りて、高井の所まで走っていく。


「涼!救急車!!早くしろ!!涼!!!」


 大輝が僕へと叫ぶ。今まで、1度も聞いたことない声だ。その声に優しさなどなくて。ただただ、焦っている声をしていた。


 僕は我に返った。僕が行っても何も出来ない。なら、違うことをして助けるしかない。

 鞄からスマホを慌てて取り出す。打ちながら、スマホが手から滑り落ちそうになるのを、何とか堪えて電話をかけた。僕の手が小刻みに震えていた。



 救急車は、すぐに来た。病院が駅に近いことが、唯一の救いだ。


 駅はまだ騒然としていた。


 大輝が助けているのさえも、見ているだけの、大人たちだった。目の前で生死を彷徨っている人が居るというのに、他人事の目は恐怖でしかなかった。



 僕らは、救急車には乗らずに歩いて病院へと向かった。

 救急車には、中崎が乗った。中崎の顔は涙が止まらず、ぐしょぐしょになっていた。


 歩いて15分程度で着いく距離だが、走ってきたので5分くらいで着いた。

 僕が必死になって息を整えている中、横にいる大輝は息切れすらもしてなかった。

 流石、サッカー部のエースだ。これくらいで、疲れないようだ。



 受付を済ませて、緊急治療室の前へと向かう。

 もうそこには中崎が居た。治療室のドアのすぐ横にある椅子に腰を下ろしていた。下を向いて、手で顔を覆っている。

 僕らも、中崎の隣に座った。隣からは、すすり泣く声が聞こえる。

 慰めの言葉は、見つからなかった。スマホを見る気にもなれず、「手術中」と光る赤をじっと見ていた。



 どれくらい見つめていたのだろうか。目がチカチカする。

 隣で、中崎はまだ泣いていた。僕の逆隣に座っている大輝は、遠くを慌ただしく歩いている、医者や患者の動きをじっと見ているだけだった。

 落ち着いているように見えて、やはりどこか焦っているように見える。

 当たり前だ。自分の知り合いが、目の前で事故にあったんだ。彼女のことを覚えていない、僕ですら落ち着くなんて出来なかった。






 ガラガラ


 ずっと閉まっていたはずの、ドアが開く。

 僕たちは一斉に、顔を向ける。


 中崎が駆け寄って言った。


「美沙希は......!美沙希は......!?大丈夫なんですか......?!」


 苦しく言うその声に、僕まで苦しくなっていくのが分かる。


「高井美沙希さんですが、命に別状はありませんでした」


 そう医者が言った途端に、中崎が崩れ落ちた。


 僕も安堵したのか、未だに治まっていなかった震えが止まった。


「しかし、大量出血。また、骨折や打撲。傷はとても深くなっています。命には別状ありませんでしたが、生活に支障が出てしまうかもしれません。後遺症が残る可能性も......ないとは言いきれないです......。私共も、最善を尽くしますが......」


「あ......ありがとうございます......」


 中崎が弱々しく言った。


 命は助かったものの、後遺症が残るとなるだけで相当なショックだ。

 だが、あの状況で助かったというのも、奇跡に近い。

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