第10話


「......。大輝は、何を言っているの......?」


 急に怖くなった。


「俺だって、涼のことを疑いたくないけど......。でも、そうじゃなきゃ辻褄が合わないんだ」


 あまりにも、いきなりすぎる。辻褄が合うとか合わないとか、なんなんだ。僕は僕なはずだ。


「だって、涼は美沙希のことを忘れたんだよ?」


 確かに忘れた。確かに、彼女のことを思い出すことは出来ない。


「でも、それがなんで僕自身の記憶がないって言えるの......?」


「じゃあさ。なんで、美沙希のことを忘れたの?」


 分からない。そんなことは......。僕だって、分かるものなら知りたい。


「涼......。僕ら3人は、幼馴染だったんだよ......?」


「えっ......」


 幼馴染を、僕は忘れてしまったのか......?高井が線路に落ちた時、何も感じなかったのは何故だろうか......。少しは胸が苦しむはずだ。なのに......。僕は、何も感じなかった。「可哀想だな」と、他人事のように思っていたのだ。結局は、そこら辺の人と同じなのだ。


「それに、涼は美沙希のことが好きだったでしょ?」


 何も言えず、大輝の顔を見る。


 僕が、高井のことを好きだった......?確かに、可愛いと思った。でも、恋愛の対象にはならないと思っていた。


「本当に、何も覚えてないの......?俺ら、よく3人で遊んでいたんだよ?」


 首を横に振る。


「俺さ。美沙希が線路に落ちた時に、何もしないで立っているだけの涼を見て思ったんだ。『涼じゃない』って。涼は小さい頃から、何がなんでも誰よりも早く美沙希を助ける。なのに、今日は動かなかった。だから、確信したんだ......。君は涼じゃない」


 大輝の瞳は、真っ直ぐだった。真っ直ぐ、僕の方を見つめていた。その瞳に迷いはなかった。



「......っ!」


 まただ。またしても、頭が痛くなってきた。

 鋭い痛みから、道路へとしゃがみこむ。


「涼!?」


 痛い。痛い。痛い........


「ねぇ!!涼!?しっかりして!!涼......!りょ......」


 だんだんと、視界が薄れていく。大輝の声も遠くなってきた。


 このまま、死んでしまうのだろうか......。


 まだ、死にたくない。。死にたくない。。




 バサッ


 少し開いたカーテンから、日差しが入ってきている。

 見慣れた部屋だ。やはり、制服はいつもの通り脱ぎっぱなしで置いてある。


 僕の部屋だ......。


 今度は、大輝がここまで運んで来てくれたのだろうか。


「涼!遅刻するよ!!早く降りてきな!」


 隆哉兄の声が、下から聞こえてくる。時計は、出る時間の10分前だった。


 制服に袖を通し、鏡の前に立つ。目には隈が出来ていた。

 急いで下に降りる。

 キッチンで卵焼きを作ってた隆哉兄は、眼鏡をかけて、エプロンをしていた。


「おはよう涼。体調は大丈夫??顔が死んでるけど....?」


「おはよう、隆哉兄。大丈夫だよ。一昨日も昨日もごめんね......また、迷惑かけちゃった......」


 不思議そうな顔をして、僕を見る。


「涼が迷惑かけるのは、いつもの事だけど。昨日だけでしょ?いつも以上に心配かけたのは?別に、一昨日は何もしてないはずだけど......?」


「えっ。だって、昨日は大輝が来たでしょ?僕を担いで」


「何を言ってるの?昨日は、女の子がここまで連れてきてくれたじゃないか。その後、お礼だか知らないけど、走ってどっか行ったよね......?」


 ついに記憶までなくしたか、と言って馬鹿にするように笑った。


 どこかおかしい......。なにかズレているような気がする。


「ねぇ......、隆哉兄。今日って何曜日?」


「今日は、月曜日だよ......?休みすぎで、曜日感覚狂った?」


 えっ......。月曜日は、昨日のはずだ。なのに、なんで......。


 ポケットから、スマホを取り出す。そこにも、月曜日と表示されていた。



 ということは、時間が戻ったということになる。


 僕はもう一度、あの苦しみを味わなければいけないみたいだ。

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