第19話

 何回この道を往復したのだろう。

 辛い思いをしながら歩くのは、精神面的に苦しい。高井が目の前で電車にはねられ、そして血を流して死んだ。

 何度、吐き気に襲われたことか。何度、目をそらそうとしたことか。あの景色は僕には恐ろしすぎる。もう、見たくない。


 いつもの橋が見えた。橋も街灯があるから、周りに比べて少しは明るい。

 彼女が見えた。まだ居たのか。何時間その場所で待っていたのだろう。

 僕は知らないふりをして通り過ぎる。


「彼女、結局死んじゃったね。間に合わなかったの?」


 橋から川を見下ろしながら、通り過ぎようとした僕に話しかけてきた。僕は進行方向を向きながら答える。


「なんで、彼女が死んだことを知っているの」


「なんでだろうね」


 面白そうに笑いながら、こちらを振り向いてきた。


「君さあ。どうして時間が戻ったのか分かる?」


 いきなり何を言い出すのだろうか。彼女は時間が戻ったこと、高井が死んだことを知っている。このことを知っているのは、僕だけだと思っていた。

 なのに彼女は当たり前のように、このことを話している。


「時間が戻ったのは、君のためじゃない。彼女がそう望んだの。彼女は死ぬ直前になんて言っていた?」


 なんで、彼女はそこまで知っているのだろうか。高井が僕に言ったことを知っているのは、僕と中崎だけだ。

 高井が死ぬところを、見てたとでもいうのか。それなら、どこかで必ず見るはずだ。


「ねぇ、聞いてる?彼女は君になんて言ったの?」


 少し機嫌が悪そうな声で聞き返してきた。

 このことは、言ってもいいことなのだろうか。


「高井は『私を殺した人がいる。どうかその人を救ってあげて』そう言っていた」


 少し戸惑いながらも質問に答える。


「やっぱりね」


 彼女は考え込むように腕を組んだ。

 ふと思った。僕は高井を殺した人を知らない。でも、彼女なら知っているかもしれない......。


「君は、高井を殺した犯人が誰だかわかるの?」


 僕を目を見て微笑むと、くるっと背中を向けて川の方を向いた。そして、少し欠けた月を見上げながら言った。


「うん。知ってるよ。犯人も、君たちのことも全てね」


「えっ......」


「だから、この物語の結末も......全て分かるよ!」


 空に輝く星がいっそう輝いたのは、気のせいだろうか。


「他に言いたいこと、あるでしょ?」


 片目で僕を見ながら聞いてくる。


「全て分かるのなら、犯人を教えて。高井を殺した犯人を」


 そう言うと思った、とでも言いたそうな笑顔でこちらを向いた。


「やだ」


 何となく予想はついていた。


「なんで?真実を知っているのなら、教えてくれてもいいよね?」


「やだ」


 見た目以上に、随分と口が堅い。


「どうして?」


「しつこいなあ。無理なものは無理なの!もう、行った行った!頼まれたのは君なんだから、自分で解決してよね。ほらほら」


 正論を言われて何も言い返せずにいると、手でしっしっとやられて、強制的に追い返された。

 僕はしぶしぶ歩き始める。



 高井は誰に殺されたのか。そして、彼女はなぜここまで知っているのか。疑問はどんどん増えていく一方だ。


 ふと立ち止まって橋の方を振り返る。もう、彼女はいなくなっていた。時間も時間だったし、ちゃっちゃと帰ったのだろう。彼女らしい。


 僕はその時、まだ何も分かってなかった。

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明日の空が変わるまで 綾綺 瑠梨 @hono1108

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