第5話 出会う


 食事が終わって、みんなが外に出て行った。何をするんだろう?と思って、みんなと一緒に外に出た。そこには、地面に植物がいっぱいあった。



「あ、ユア!こっちだよ!」


「こっちだよ」


「あのね、今からこの野菜を収穫するんだよ。やり方は教えてあげるからね!」


「からね」


「あはは!ユア、面白いね!」


「おもしろいね!」



 子供の人間は、地面にある植物を鋭利な刃のついた棒で「こうするんだよ」って言って、根元からザックリ切り落としていた。その刃を見た時に、昨日同じような物で襲いかかられた事を思い出す。思わずそこから後退りしてしまった。



「ユア、どうしたの?ほら、これ使って!」


「や、やぁー!うぁぁー!」


「えっ……」



 差し出された刃の棒が怖くって、また切りつけられるかも!と思って、震えながら自分の体を守るようにうずくまる。



「えっ?!え、どうしたの?!ユア!」


「おい、何やってんだよ!リンゼ!」


「あ、あたし何もしてないよ!」


「なんだ、どうしたんだよ!」



 セオがうずくまった私の肩を揺さぶる。そこでまたハッと気づく。私に触れたら眠ってしまう!そう思って、すぐに肩に置かれた手を弾く。



「なんだよ、さっきから!俺、心配してやってんだろ!」


「セオ!怒っちゃダメだよ!」



 何を言ってるのか分からない。なんで怒ってるのかも分からない。刃のついた棒を持って、セオとリンゼと呼ばれた人間は私を見てる。その後ろにいる子供達も、刃のついた棒を持って私を見ていた。


 なんで?なんで怒ってるの?私、今人間だよ?龍じゃないよ?なんでみんな私を見てるの?怖い……怖いよ……


 ガタガタ震えて、そうしたら涙もポロポロ出てきて、思わずそこから走り出した。


 走りながら「ユア!どこ行くの!」って声が後ろから聞こえて、でもまた傷つけられるのが怖くって、私は止まることなく走り続けた。


 どこまで走ったのか分からない。どこを走ってきたのかも分からない。だって、ここは私の知らない場所なんだから。


 さっきまで優しかった。けど、いきなり刃の棒を向けてきた。怖かった。それに怒ってた。私、何か悪いことしたのかな?言ってることが分からないって、すごく怖い。


 気付いたら建物が遠くにあって、小高い丘にある木のそばまで来ていた。それはすごく大きな木で、何だか不思議な感じがした。その木に触れると、身体中が何かに満たされるような感じがした。それが凄く心地よくて、思わずその木を抱きしめた。


 自分の体に力がみなぎってくる。すごい、なんだろうこの木……今ならずっと龍でいられるような気がする。そう思って、龍の姿になってみた。目に見える自分の姿は黒く輝く鱗に覆われていて、爪はお父さんよりも小さいけれど鋭利で光っていて、自分の体なのにお父さんがいるようで、嬉しくてたまらなくなった。嬉しくて、お父さんに会いたくなって、また涙がポロポロ流れてくる。


 その木を背にして、その場にしゃがみこむ。


 やっぱり人間と一緒にいるのは無理なのかな……じゃあ、どうすれば良いんだろう?他の龍を見たことはないし、何処にいるのかも分からない。


 魔物は嫌いだ。お父さんとレオンに酷いことをしたから。私の姿は人間だから、人間と一緒に過ごせると思ったのに……


 けれど、やっぱり人間はよく分からない。怖いよ……お父さん、私はどうしたら良いのかな?寂しいよ……お父さん……会いたいよ……


 

 ………………

 


 あれから眠っていたみたいで、気付いたら夜になってた。起きて自分の体を確認すると、まだ龍のままだった。良かった。


 これからどうしようかな……


 今日は空にある月が大きくて、いつもより辺りが明るく見える。そんなふうにひとり夜空を見ながら佇んでいると、目の前が突然歪みだした。なにごとかとビックリして、思わずその歪みを凝視する。そこから一人の人間が現れ出した。出てきた人間は、私を見て驚いた。もちろん私も驚いた!



「うわっ!ビックリしたっ!なんだ?!魔物か!」



 その人間はいきなり鋭利な刃をこっちに向けてきた。ビックリして、また人間に傷つけられるのが怖くって、その場でまたうずくまった。



「……龍……の……子供か……?」



 怖くって、その場でフルフル震えてると、頭に何かが触れた。なんだろう?と思ってゆっくりと顔を上げると、人間は私の頭を撫でていた。驚いて、その人間を見る。



「なんだ、龍の癖に泣いてんのか?」


「うぅ……うぁぁ……うぅー……」


「なんか人みてぇな泣き方だな……どうした?悲しかったのか?怖かったのか?」


「……こぁかった……のか……」


「えっ!何?!お前、喋れんのか!」


「しゃべ、れんの、か」


「すげぇ!言葉、分かるのか?」


「わかるのか」


「繰り返してるだけだな……喋れるけど、意味は分かってねぇのか……あ、じゃあ、名前は?名前はあるのか?」


「なまえ、ユア」


「ユア?ユアって言うのか?すげぇ!」


「すげぇ」


「ハハハ!そっか、ユアか!俺はエリアスだ!」


「えぃあすだ」


「ハハ、エリアス。」


「エィアス」


「あぁ、それでいい。言葉、覚えてぇのか?」


「おぼえてぇ、のか」


「そっか。やっぱ龍ってすげぇんだな!いやぁ、俺は今、猛烈に感動している!」


「かんど、してる」


「ハハハ、そうだ。ユア、可愛いなぁ!」


「ユア、かぁいい」


「しかし、なんでこんな所にいるんだ?母ちゃんとか父ちゃんはどうしたんだ?」


「どうしたん、だ」


「もしかして、ユアは黒龍の子なのか?」


「こなのか」


「そっか、言ってる意味分からねぇと答えようがねぇよな……よし、俺が言葉を教えてやる!」


「おしえてやる」


「ハハハ、そうだ!友達になろうぜ!」


「ともだち、なろ、ぜ」


「友達。」


「ともだち」



 エリアスと言う人間は、自分と私を交互に指差して、「友達」って言った。それから私の両手を掴んで来た。ぎゅって手を握って、ブンブン上下に振る。それからニコニコ、嬉しそうに笑う。



「そうだ、友達だ!これが友達だ!」


「ともだち、これがともだち」


「俺たちの事だぞ!友達だ!」


「ともだちだ」



 私に触ったら……と思ったけど、繋いでくれた手が温かくてずっと握っておきたくなって、ついそのままにしてしまった……大丈夫かな……これくらいなら大丈夫だよね……


 エリアスは嬉しそうに私を見てる。私も嬉しくなって、思わず笑ってしまう。友達だ。それが何かは分からないけど、悪いことじゃない。きっと良いことなんだ。


 それからしばらく、エリアスと二人で言葉の練習をした。



「下に生えてるこれは、草。」


「くさ」


「この木は、ニレの木。」


「にれのき」


「そうだ。この木は魔力が宿る木なんだ。ここにいると、魔力が体に満ちてくるんだ。」


「まろく、みちて、るんだ」


「あ、分かんねぇよな。えっと……この色は、緑」


「みろ、るぃ」


「ハハハ、緑な。俺の髪と目と、ユアの体は黒。」


「からだ、くろ」


「そうだ、黒だ。それから……あぁ、これは、剣。」


「けん……こぁい」


「どうした?剣が怖いのか?」


「けん、こぁい」


「もしかして、傷つけられたのか?」


「たのか」


 

 エリアスが私の頭を撫でてくれる。それはすごく気持ちが良かった。嬉しくなって、ずっと頭を撫でて欲しくて、しばらくそのまま頭を差し出していた。



「ハハハ、撫でられるのが良かったか?」


「よかったか」


「ユア、寂しかったのか?」


「さみしかっ、たのか」


「そうだよな、子供がひとりじゃ寂しいよな……」


「さみしいよな」


「うわぁ、これ、どうしたら良いかなぁ?」


「いいかなぁ」



 不意にエリアスが立ち上がった。えっ?って思って、私も立ち上がる。どこに行くんだろう?私を置いていくの?



「んな悲しそうな顔するなよ……」


「エィアス」


「どうした?ユア?」


「エィアス……うぅ……エィアス……」


「そんなに泣くなって……ユアは龍だろ?」


「エィアス……いっしょ……」


「ユア……そっか……そうだよな、やっぱ寂しいもんな……」



 エリアスが座り直して、私を抱きしめてくれた。ブランカみたいに柔らかくなかったけど、温かくて安心できて、すごく心地良かったんだ。


 けど、そうしててハッと気づいた。ダメだ、私に触れたらみんな寝てしまう!エリアスも寝て起きなくなったらどうしよう……!エリアスには眠って欲しくない!そう思って、すぐにバッとエリアスから離れる。



「どうした?ユア?」


「エィアス!」



 言いたい事があるけれど、言葉が分からなくて何も言えない。どうしたら伝わるかな?エリアスは私が龍でも攻撃しない人間なのに。でも、エリアスが起きなくなったら嫌だ。だから触っちゃいけないんだ。



「エィアス……う……あぅ……エィアス……」


「なんで泣いてんだ?ユア?置いていかれると思ってんのか?大丈夫だ、置いていかねぇよ?」


「だいじょうぶ……」


「そうだ、大丈夫だ。」



 またエリアスは笑って頭を撫でてくれる。離れたくない。優しい人間のそばにいたい。他にどこに行って良いのかも分からない。それは不安で怖くって、どうしようもない気持ちになっちゃうから。



「帰るか……」


「かえるか」



 エリアスはニコッて笑って、私の頭に手を置いた。すると目の前がグニャグニャに歪み出して、それから真っ暗な空間になったかと思ったら、また目の前が歪み出して、それが形を正していったら、そこはさっきいた場所とは全く別の場所に変わっていた。驚いて辺りをキョロキョロ見渡す。そこは建物の中のようだった。



「ビックリしたか?ここは俺の家だ。空間移動でな、戻って来たんだ。ユアをひとりで置いておけなくてな……」


「おけなくてな」


「ハハ、そうだ。けど、つい連れてきちまったけど、これからどうすっかなぁ。今はまだ小せぇけど、龍だからな……どこまでデカくなんだろうな……」


「でかくなん、だろうな」



 エリアスは微笑んで、私の頭を撫で撫でして、それから寝床に寝転んだ。ハッとして、すぐにそばに駆け寄った。また眠たくなったのかも!どうしよう!


 思わずエリアスのそばに行って確認する。けど、エリアスは眠っていなかった。良かった……



「なんだ?ユアも寝るか?」


「ねるか」


「まさか子供の龍に出会うとはな。」


「であうたーな」


「仕事で魔力いっぱい使ったから補充をしに、あのニレの木までやって来たんだよ。最近、あの辺りの魔物が活性化しててな。今調べてんだ。」


「しらべてんだ」


「それとな、探してるんだ。」


「さがしてるんだ」


「あぁ、俺の子をな。」


「おれのこぉな」


「ハハ……俺、龍に何言ってんだかな!」


「るうに、なにいってんだ」


「りゅう、な。」


「る、るう」


「言いにくいのか。ハハ、龍がりゅうって言えねぇんだな。」


「る、う……る、りゅ、う、りゅう」


「お!すげぇな!言えたじゃねえか!」


「りゅう、いえた、ねぇか」


「頑張ったな!すごいぞ!ユア!」


「りゅ、あ、りゅ、か、りゅか」


「ん?」


「なまえ、りゅか」


「えっ……!名前、リュカって言うのか?!」


「リュカ」


「マジか……」


「まじか」


「あ、いや、けどお前は龍だからな。そっか。でも、リュカって言うんだな。なんか、運命感じるな。」


「うんめぇ、かんじる、な」


「あぁ、俺の子な、リュカって言うんだ。髪と瞳が俺と同じで黒くってな。リュカって名前だけど女の子なんだ。」


「リュカ、おんなのこ、なんだ」


「可愛いんだぜ!会った事ねぇけど、すっげぇ可愛いんだ!」


「リュカ、かぁいい」


「そうだ、リュカは可愛い。」



 エリアスが微笑んで、また頭を撫で撫でしてくれた。嬉しくてなって、私もニコニコしてしまう。


 私、ここにいて良いのかな?エリアスと一緒にいて良いのかな?






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