第12話 狼の魔物


 エリアスと知り合って、私はひとりじゃなくなった。


 朝はエリアスの家で目覚める。朝方、私は龍の姿じゃなくなってる事が多いから、気づいたらすぐに龍になるようにする。じゃないと、エリアスが私を嫌いになるかもしれないから。


 起きたらすぐにエリアスは私を綺麗な部屋に連れてってくれる。それはゾランがいる所で、そこでゾランと一緒に朝食を食べる。エリアスは一人でまた家に帰って朝食を食べるんだって。エリアスの家にはいっぱい人がいて、リュカが怖がるかも知れないからって言ってた。


 朝食を食べ終わる頃に、エリアスがやって来る。ゾランとエリアスが話しをして、それから私とエリアスは魔物を討伐しに行く。魔物は嫌い。だから、いっぱいやっつける。エリアスもいっぱいやっつけている。エリアスは魔物の解体が凄く上手だ。


 それから、街や村にも行く。人間が怖いから、私は近くで待っておくことにする。エリアスが言う「待ってて」って言葉の意味が分かってからは、戻ってくるのを信じて待つ事にしている。それでもやっぱりエリアスの姿を見るまでは不安で、じっとしていられなくてウロウロしてしまう。


 エリアスが戻ってきて、「また泣いてたのか?」って、私を優しく抱きしめてくれるのが凄く嬉しい。だって、もうひとりは嫌だから……


 少しずつ言葉も分かるようになってきて、少しずつ言ってる事が分かってきたから、エリアスやゾランとも話せる事が増えてきた。やっぱり話せるって嬉しいし、気持ちが分かることと伝わることって凄く安心する。


 今日も魔物を狩ってから、エリアスが街へ行く。だから、私は街の外の森で待っておくことにする。



「じゃあリュカ、行ってくるからな。俺は必ず帰ってくるから、ちゃんとここで待っておくんだぞ?」


「うん。リュカ、まってる。エリアス、はやくかえってくる。」


「ハハハ、そうだな。早く帰って来ねぇとリュカは泣きっぱなしだからな。」


「さみしい。はやくかえる。」


「分かったよ。良い子にしててくれな?」


「うん……」



 エリアスは私をギュッて抱きしめてから街へと入って行った。この待ってる時間はすごく寂しい。でも、人に会うと私は攻撃されちゃう。何度かエリアスは、「リュカも一緒に行くか」って言ってくれたけど、まだ怖くてその勇気が出ない。


 今エリアスが入って行った街はいつもより大きな街みたいだから、今日は少し時間がかかるかも知れない。木の枝に座って、しばらく街の方を眺めながらエリアスの帰りを待つ。さっきエリアスが出て行ったばかりなのに、もう寂しくて涙が出そうになる。


 あ、そうだ、今のうちに人間になっておかなくちゃ。


 龍でいるのは魔力が必要みたい。ニレの木から毎日魔力を貰わないと、私はエリアスの前でずっと龍でいることが出来ない。だから、エリアスがいない時は、なるべく人間でいるようにしている。


 エリアス、早く帰って来ないかな……帰って来たらお昼ご飯だって言ってたから、エリアスとニレの木のそばで一緒にパンを食べるんだ。今日はスープもあるんだって。それと、魚ってヤツがあるって。その魚ってのが初めてだから、今から凄く楽しみ!はやくエリアスと食べたいなぁ……


 そう思いながら街の方を見ながらエリアスの帰りを待っていたら、後ろの方から声が聞こえてきた。何だろう?って思って耳を澄ましてみる。


 ……叫ぶ声……


 それに切られる音……これは誰かが襲われてる?どうしよう……


 エリアスのいる街を見る。まだエリアスは帰って来そうにない。少し様子を見に行ってみようかな……


 うん、ひとりでここにいてても何もないし、エリアスはまだ帰らないし、気になるから少しだけ様子を見に行ってみよう。


 そう考えて木から降りて、声がする方向へと歩いて行く。少し歩くと、段々声が大きく聞こえてきた。そっと木に隠れて様子を伺う。そこには、数人の人間に剣を向けられている子供を抱えている人間がいて、その近くに血まみれになって倒れている人間もいた。



「た、助けて下さい……!せめてこの子だけでもっ!お、お願い、お願いしますっ!」


「そりゃあ無理だ。アンタもその子も良い値で売れそうだからな。ま、その前に俺たちで味見すっけどな!」


「久しぶりの女だ。じっくり楽しもうぜ!」


「女は売らずに俺たちの捌け口にしねぇか?」


「それも良いかもな!ハハハハ!」


「や……やめて……あ、あなた……起きて……お願いだから……あなた……!」


「ソイツはもう死んじまってるさ!残念だなぁ!」


「そんなっ……!」



 なんか嫌な感じがする……何を言ってるか分かりづらいけど、あの剣を持った人間達は、レオンと私を檻に入れた人間達と一緒な感じがする。あの子供を抱えている人間が何だか可哀想だ。いっぱい泣いてるし、子供も泣いてる……


 剣は怖い……私を傷つける人間も怖い……けど、私は剣を向けられた時の気持ちが分かる。怖くて悲しくて辛くって、誰かに助けて欲しいってずっとずっと心の中で叫んでる。今あそこにいる人間は、その時の私と同じ気持ちでいるはずだ……


 怖い……けど、このまま見過ごす事ができない……震える足でゆっくりと歩いて近づいて行く。心臓がドキドキする。エリアス、怖いよ……助けて欲しいよ……けど、エリアスを待ってたら間に合わない!そうしたらあの人間は剣でやられちゃうかも知れないっ!


 意を決して、勢いよく前に出る。すると、それを見た剣を持った人間達が私を見て、嬉しそうな顔をした。



「なんだ?こんな所に子供がいるなんて、すっげぇラッキーだな!」


「しかも高値で売れる黒髪黒目だ!ついてるぜ!」


「俺、幼女好きなんだ!売る前に……」


「いや、そりゃダメだ!傷モンだと値が下がる!手は出すんじゃねぇぞ!」



 ニヤニヤしてて、すごく嫌な感じがする……エリアスが私に向ける笑顔とかと全然違う……!なんかすっごく気持ち悪い!きっとアイツ等は悪い奴等なんだ!じゃなかったら、こんなに弱そうな人間に剣を向けるなんてしない筈だもん!


 段々腹が立ってきた。人間は嫌いじゃないけど、こんな人間は好きじゃない!悪い人間はやっつけないといけない!


 剣を持った人間達をキッと睨みつける。途端に、今までニヤけて笑っていた人間達から表情が無くなって、そのまま動かなくなった。ゆっくり近づいて行って、ジャンプして胸にグーで殴ってやる。すると、人間は後ろにぶっ飛んでいった。残りの奴等も同じようにして吹っ飛ばしていく。倒れた奴等はグッタリして、そのまま動かなくなった。



「な、なんなの……あなたみたいな小さな子が……なんであの盗賊達を……」



後ろから声がしたから振り向くと、子供を抱えた人間が震えながら私を見ていた。



「だいじょうぶ?」


「あ、ありがとう……」


「こわい、ない、やっつけた」



 小さな子供を抱えた人間は、私に頭を下げてありがとうって言った。良かった!助けられて!


 その時、ひときわ強烈な魔物の気配がした……!体がビリビリするくらい、その強い気配にあてられる……!人間は気づいてない?!



「にげる!」


「え?」


「まもの!にげる!」


「魔物?!近くにいるの?!」


「はやくっ!」


「でも!この人を置いて行けない……!」


「まもの!つよい!」


「わ、分かったわ!一緒に逃げましょう!」


「とめる!」


「えっ!?あなた一人で?!無理よ!」


「はやくにげる!」


「……っ!……ごめんなさいっ!」



 凄く速くに魔物はこっちに向かってくる……!ここで少しでも止めておかないと!けど、こんなに強烈な気配は、お父さんを殺した魔物を思い出させる……アイツは強かった!私では歯が立たなかった……!でも、逃げない!魔物は全て私がやっつけてやる!


 ドキドキしながらその場でとどまって、魔物が来るのを待つ。


 私の目の前に姿を現したのは、大きな、凄く大きな狼の姿をした魔物だった。


 心臓が早鐘のように打つ……


 狼の魔物は、私をしっかりと見据えるようにして、ゆっくりと近づいてくる……


 私もその狼の魔物の目をしっかりと見つめる。けれど、その魔物は動きを止めなかった。



「黒龍の子か……いや……それだけではないな……」



 魔物は私に話し掛けてきた……!それはお父さんと話していた言葉と同じで、お父さん以外では聞いたことが無かったから、凄く驚いた。



「なんでっ!なんで話せるの!?」


「黒龍の事は長く知っておる。あれの気配が無くなったと感じてからは、押さえ付けられていた者共が暴れだしておるな。」


「お父さんを知ってるの?!」


「長く生きておるとな。しかし黒龍はまだ寿命ではなかった筈だが……なぜ息絶えたのだ……」


「お父さんは……魔物にっ!魔物に殺された!」


「……黒龍を倒す魔物等そうはおらぬ筈。他に別の何かが……」


「違う!お父さんは!魔物にっ!魔物に……!」


「……黒龍の子よ……お前は変わった力を持っておるようだな……」


「そんなの知らない!お父さんを殺した魔物は私がやっつける!魔物はみんな私がやっつけてやる!」


「落ち着くのだ。我は魔物と言われる存在かも知れぬが、脆弱な者等襲わぬ。黒龍が好んで守っておった存在である人間も例外ではないわ。それよりもお前のその力……もしや黒龍の力を奪ったのは……」



 その時、遠くからエリアスが私を呼ぶ声が聞こえた。その声にハッとして我に返った。



「黒龍の子よ。その力を奪った……いや、受け継いだのであれば、その代償は受ける覚悟が必要ぞ。」


「なに……?なんの事?!」


「無自覚か……まだ幼い。それに……その体で耐えきれるのか……まぁ今はまだ良い。あまり奪うでないぞ?」


「奪うって、何を?!なに……」

 


 その時、さっきよりも近くでエリアスが私を呼ぶ声が聞こえた。思わず声のする方を見て、でもすぐに狼の魔物の方を振り返って見ると、もうその姿は無かった。


 こんなにすぐに、あんな大きな魔物が目の前からいなくなったのに驚いた。けれどそれよりも、近くまでエリアスが来てるのに今自分が龍じゃないのは不味いと感じて、すぐに龍の姿になった。



「リュカ!」


「エリアス」


「無事か!?すげぇ強い魔物の気配がしたぞ?!大丈夫か?!」


「だいじょうぶ」


「良かった……!どこにもいねぇから心配した……これは……」



 エリアスが倒れている人間達を見て驚いた顔をした。それからゆっくり私を見て、膝を折って目線を合わせてくる。



「リュカが盗賊達をやっつけたのか?」


「にんげん、ないた、こども、ないた」


「子供と……母親がいたのか……剣で切られたっぽい男が父親か……リュカがその親子を助けたんだな?」


「けん、こわい、リュカ、わかる」


「そっか。襲われてるのを見て、怖い気持ちが分かったんだな。凄いな。リュカ。偉いぞ。」


「リュカ、すごい?」


「あぁ。すごい。魔物もやっつけたのか?」


「まもの、あっち、いく」


「逃げたのか?」


「いない」


「もう何処かへ行ったんだな。なら良い。良かった、リュカが無事で……あの場所にいなかったからマジで焦ったんだぞ?」


「……ごめん」


「いいよ、リュカは人を助けたんだ。良いことをしたんだ。だから謝らなくて良い。けど、無茶したらダメなんだぞ?」


「むちゃ、だめ」


「そうだ。心配だからな。」


「しんぱい」


「俺、リュカが大事だからな。」


「リュカ、だいじ」


「そうだ。それは好きってことだ。」


「エリアス、だいじ」


「ハハハ、そっか、ありがとな。」



 エリアスが心配してくれてた。むちゃって、したらダメならしい。次は気をつけよう……


 けど、さっきの狼の魔物が言ってた事って、どういう事だったんだろう……?奪った?何を?代償ってなんだろう?全然分からない。分からないけど、あの魔物はあまり嫌な感じがしなかった。お父さんの事を知ってるみたいだったし、悪い魔物じゃないのかな?人間にも悪い奴がいるみたいに、魔物にも良い奴っているのかな……


 あの魔物とはまた会いそうな気がする……けど、もう会ったらダメな気がする……


 エリアスに抱き上げられてその安心感の中、さっきの魔物のことを考えてしまう。


 このまま、ずっとこうやってエリアスと一緒にいれたらそれで良い。


 うん、このままが一番良い。


 だからあんな魔物の言うことは忘れるんだ。






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