第9話 嫌われる


 エリアスと知り合った。


 すごく優しい人間だ。


 言葉を教えてくれるし、頭を撫で撫でしてくれる。それに、パンもいっぱいくれた!嬉しい!


 お腹がいっぱいになってウトウトしてると、エリアスは私を抱き上げて寝床に寝かせた。私に触れたらエリアスが眠って起きなくなる……そう思ったけど、眠気に勝てずにそのまま寝てしまった。


 温かい……


 それにすごく心地いい……


 気づくとエリアスが私を抱きしめて眠っていた。


 頭を撫で撫でしてくれて、おでこになんか

柔らかいのが当たって、それが気持ちよくて、ずっとこのままでいたいって思った。


 けど、気づいたら私は龍じゃ無くなってた。


 驚いて起きて、すぐに龍の姿になってみる。……良かった。龍になれた。


 エリアスは龍の私に攻撃しなかったけど、じゃあ人間の私には?


 昨日人間だった私に、人間の子供たちは刃の棒を向けてきた。理由は分からないけど、人間の姿でも攻撃されることもあるかも知れない。


 だったら、龍の姿でいなくちゃ。エリアスは龍の私には攻撃しないけど、もしかしたら人間の私に攻撃するかも知れない。優しかった人から攻撃されるのは嫌だ。きっとすごく悲しい気持ちになる……


 そんな事を考えてると、お腹がグゥーって鳴った。龍の姿でいると、すごくお腹がすく。エリアス、起きないかな?私にいっぱい触れたから、もしかしてずっと眠るのかな……


 それがすごく気になって、急いでエリアスを起こす。何度も揺さぶって、エリアスの名前を呼んで起こしてみる。そうしたら、エリアスは目を覚ましてくれた。良かった!昨日眠った人間達は、たまたまだったのかも知れない。だって、エリアスと一晩一緒に寝たのに、元気に笑ってるもん!


 エリアスは食べ物をいっぱいくれる。パンもいっぱいくれた。言葉もいっぱい教えてくれるし、食べ方も教えてくれる。一緒にいるとすっごく楽しい!ずっと一緒にいたい!優しいエリアスとずっと一緒にいたい!


 朝もいっぱいパンを食べて、エリアスとまたニレの木の所にやって来た。エリアスがなんか申し訳なさそうな顔をする。「待っててくんねぇか?」って言った。その言葉の意味は分からないけど、置いてかれる気がした。


 何度も、「エリアス!いっしょ!」って言うけれど、エリアスはまた空間を歪ませて何処かへ行ってしまった。悲しくて、置いて行かれた事がすごく悲しくて寂しくて、ひとりでウロウロしながらエリアスの姿を探して、そうしたら涙がポロポロ出てきて、動けなくなった。


 やっぱりひとりは寂しいよ……


 どうしてエリアスは私を置いて行ったのかな?私の事が嫌いになったのかな?やっぱり龍と人間は一緒にいられないのかな?


 そう思っていたらまた歪みができて、そこからエリアスが出てきた。急いでエリアスの元へ駆けて行く!もうどこにも行かないように、ギュッてしがみついて離れないようにする。エリアスは困ったように笑って、でも私をギュッって抱きしめてくれた。


 エリアスはまたいっぱいのパンと食べ物と飲み物を持ってきてくれた。これを取りに行っただけなのかな?さっき食べたところだから、そんなにいっぱいいらないのに。けど、パンがあるのが嬉しくて、思わずそのパンに夢中になってしまう。


 パンの間に何かが挟まってる。色んな物が挟まってて、その種類もいっぱいある。それに美味しそうなにおい!これ、全部私が食べて良いのかな?いっぱいあるから、エリアスと一緒に食べよう。そう思って顔を上げたら、そこにエリアスはいなかった。


 どうして?また何処かへいってしまった……またいっぱい食べ物を持ってきてくれるのかな?そんなにいらないのに……私、まだ魔物の肉持ってるから、そんなにいっぱい食べ物を持ってきてくれなくても大丈夫だよ?だからそばにいて……どこにも行かないで……


 その事をどう伝えたら良いのか、まだ分からない。


 どうしよう……またひとりになっちゃったよ……


 しばらく待ってみる。いっぱい食べ物が必要って思ってるならそうじゃないから、食べ物は食べないでおこう。エリアスが帰ってきたら一緒に食べよう。


 座ってあちらへこちらへ視線をやる。目を凝らして、遠くを見てみる。けれど、エリアスの姿は見えない。歩いて周りを見渡す。あっちへ行って遠くを見て、こっちへ来て遠くを眺めて、エリアスの姿をずっと探し続ける。けれど、どこにも見当たらなくて、待っても待ってもエリアスは帰ってこない。


 もう帰ってこないのかな……


 エリアス……どこに行ったの?もう私が嫌になったの?いっぱい食べたから、大変だって思ったの?どうしよう……


 ずっとずっと待っていたけれど帰ってこないから、やっぱりいてもたってもいられなくて、エリアスを探しに行くことにした。


 翼をはためかせて、昨日いた場所を見てみる。ここはアーテノワ国じゃないのかな?お父さんと住んでいた山は近くにないみたいだ。街の上空を飛んでみる。エリアスはどこだろう?私と同じ髪の色を探す。けれど、なかなか見つからない。もう少し近づいて探してみよう。よく見えてないかも知れないから。


 そうやって空を飛んでいると、下から人間の声が聞こえてきた。なんだろう?すごく叫ぶような声が聞こえる。どうしたのかな?なにかあったのかな?そう思って、もう少し下を飛んでみる。


 すると、お腹に激痛が走った……!


 え?!なんで?!なに?!何かが飛んできて、お腹に刺さった!痛い!


 あまりの痛さにバランスを失って、私は下へ落ちるように降り立った。すると、叫ぶような声が至るところから聞こえて、周りにいた人間達が慌てて走り去っていく。


 あ、そうだ、私、今は龍なんだ。


 剣を持った人間達が、私を取り囲んだ。その中にホセを見つけた。良かった!起きたんだ!昨日私に優しかった人間だ!ホセだ!


 思わず安心してしまって、お腹が痛むけど何とか歩いてホセに近づく。けれど、ホセがいきなり切りかかってきた!


 ビックリして、思わず避ける。けれど避けた所を、また別の人間が切りつけてきた!それは私を子供の人間がいっぱいいた所に連れて行ってくれた……


 その人間に背中を切りつけられた。


 痛い!痛いよ!なんで?昨日は優しかった!やっぱり龍は嫌いなのかな?人間は龍に優しいって聞いてたのに……!


 それからもまた他の人間からも切りつけられる。私を取り囲む人間は、剣を向けて、魔法も放ってきた。魔法は無効化できる。だから大丈夫だけど……


 人間には出来れば攻撃したくない。だって、お父さんが守っていた存在なんだもん……


 何度も攻撃されて悲しくて痛くて、何とか翼をはためかせて飛び立った。痛みをこらえて一生懸命飛ぶけれど上手く飛べない……けど、早くこの場を離れないと!そう思っていたら、翼に激痛が走る……!また下から細い木の棒のような物が打ち上げられて、それが翼に刺さった!


 痛い!痛い!誰か助けて!エリアス!怖いよ!助けて!


 翼が痛むけど、ここで落ちたら殺されちゃう!頑張って飛ばないと!あのニレの木まで戻ったら、もしかしたらエリアスが帰ってきてるかも知れない。だからそこまで飛んで行かなきゃ……


 あの木が……ニレの木が見えてきた……


 もう少し……もう少しでたどり着く……


 エリアス、戻って来てるかな……


 姿を探すけど、涙で見えないよ……


 あれ、翼が動かない……どうしよう、飛べないよ……


 緩やかに緩やかに、下へと落ちて行くようにして地面にドサッと倒れるように降りた。けれど、そこから動けなくなった。全身が痛い……剣は怖い……人間は龍を攻撃する……龍の私のこと、みんなは嫌いなんだ……



「エリ……アス」



 涙と痛みで上手く声が出ない。私、何にも悪いことしてない。ただエリアスを探して空を飛んでただけだよ。お父さん、龍に優しい人間は、エリアスだけだったよ……


 

「リュカ!」


「……エ……リ、アス……」



 少し離れた場所から、エリアスが走ってこっちへ向かって来る。涙でエリアスがちゃんと見えない。けど、帰って来てくれた……良かった……



「どうしたんだよ!待っててくれって言ったじゃねぇか!こんな傷だらけになって!」


「エリアス……いっしょ……」


「そっか、俺を探しに行ったんだな!それから攻撃されたか?!」


「こぁい……けん、こぁい……」


「ごめんな!リュカ、ごめん、遅くなった!」



 エリアスの手から淡い緑の光が出て、それが私を優しく包み込む。すると、今まで痛かった所から段々痛みが無くなっていった。驚いて翼をパタパタしてみたり腕を動かしたり脚を動かしてみたけれど、さっきまであった痛みが全部無くなっていた。



「もう痛いところねぇか?」


「ねぇか」


「ごめんな……ひとりで寂しかったんだな。待っててくれっつっても、リュカにはまだ分かんなかったんだよな……ごめんな……」


「ごめんな」



 エリアスが私をギュッって抱きしめてくれる。嬉しい……私を置いて行った訳じゃなかったんだ……



「パンとか食いもん、いっぱい置いてったのに、何にも食べてなかったな。腹へってなかったのか?」


「エリアス、パン、いっしょ」


「一緒に食べようと思ってたのか?」


「いっしょ、たべる」


「リュカ……」



 エリアスが頭を撫で撫でしてくれる。その時、お腹がグゥーって鳴った。その音を聞いて、エリアスは「ハハハハっ!」って笑った。私も「はははは!」って同じように言って笑った。それからエリアスは私を抱き上げて、パンを置いてる場所まで歩いて行った。すごい、こういうことはお父さん以外にして貰った事がない!お父さんの背中に乗って空を飛ぶのとはまた違って、ゆっくりだけどフワフワして、すごく楽しい!


 パンの場所まで戻って、そこにエリアスは座る。私を下ろそうとするけど、何だか離れたくなくて、しがみついたままにする。エリアスは、「大丈夫だから」って言って、私を向こうに向けて自分の太股の上に座らせて、すぐ後ろから抱きつくようにしてくれる。


 エリアスのそばは安心する。


 傷もすぐに治してくれたし、食べ物もいっぱいくれる。頭を撫で撫でしてくれるし、言葉を教えてくれて、それからギュッてしてくれる。



「時間が経ったから、パンがパサパサになっちまったな。」


「なっちまったな」


「食べれるか?」


「たべる」


「そっか。じゃあ一緒に食べような。」


「いっしょ、たべる」



 そうやってエリアスと一緒にパンと他の食べ物もいっぱい食べた。


 エリアスはニコニコ笑ってた。


 私もニコニコ笑う。


 ずっと一緒にいれるかな……


 ずっと一緒にいれたら良いな……



 


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