第2章

第17話 ひとときの安らぎ


 朝日が目に眩しく入ってくる。


 もう朝か……


 布団の中で、思わず手探りで自分以外の存在を探す。けれどいつもと変わらず、なんの感触もないままだ。


 ゆっくり起き上がって辺りを見渡す。そこには俺しかいない空間があるだけだった。


 着替えを済ませ、一階に降りる。いつもの光景がある。今日もルーナは朝食の用意をしてくれている。



「あ、エリアス、おはよう。もう食べれるよ?ちょっと待っててね。」


「あぁ、自分ですっから大丈夫だ。」


「そう……?」



 朝食はパンやらおかずやらが置いてあって、各自、自分が食べられる分だけ取っていくようになっている。でも、ルーナはいつも俺の分を用意しようとしてくれる。俺の事なんか放っときゃ良いのにな。


 

「あ、エリアス、今日も遅くなるの?朝も早いし、もうずっと遅くに帰ってきてるから、疲れも取れてないんじゃない?」


「大丈夫だ。」


「でも全然休んでないし、なんだか最近疲れてそうだよ?」


「問題ねぇ。……いってくる。」


「え?!子供達に会っていかないの?!」


「……あぁ……そうか……そうだったな……」


「エリアス……」



 立ち上がろうとして、ルーナに言われてまた座り直す。そうだな……ちゃんと子供達に声かけてやらなきゃな……


 ルーナが何か喋ってるけど、全然頭に入ってこねぇ……ちゃんと聞いてやらなきゃいけねぇのに……マジで俺は全然なってねぇよな。ダメだな……こんなことじゃ……


 しばらく待ってると、子供達が起きてきた。一人一人に声をかけて頭を軽く撫でてから、すぐにオルギアン帝国の帝城まで飛んでいく。俺の部屋には既にゾランがいた。



「おはようございます!エリアスさん!」


「ゾラン、何か分かった事でもあるのか?!」


「あ、いえ、特に何も……」


「そうか……」


「エリアスさん、そんなに根を詰めないでください。ずっと夜も遅いじゃないですか。」


「じゃあ放っておけって言うのかよ……!リュカは一人で泣いてるかも知んねぇのに!あんな小さな子が一人でっ!ずっと一人で!!」


「エリアスさん、エリアスさん!落ち着いて下さいっ!」


「あ、あぁ……悪い……」


「疲れてらっしゃるんでしょう?ゆっくり休めてないんじゃないですか?」


「ゆっくりなんて出来ねぇよ……リュカを思うといてもたってもいられなくてな……」


「エリアスさんのお気持ちは分かります。けど、このままじゃエリアスさんが倒れてしまいますよ。」


「俺の事なんてどうでもいい……」


「そんな訳には……貴方はこの国の、オルギアン帝国専属のSランク冒険者のリーダーなんですよ?!貴方になにかあればこの国は困るんです!」


「俺がSランクとして働けてねぇならクビでもなんでもすりゃいい。てか……その方がいいのか……そうなりゃあ気にせずにずっとリュカを探しに行ける……」


「何言ってるんですか!孤児院はどうするんです?!エリアスさんを頼っている子供達はどうなるんですか?!」


「……そっか……そうだな……ハハ……俺、何言ってんだ……」


「エリアスさん……少し休まれてはいかがですか?リュカがいなくなって半年間、朝から夜遅くまで一日も休まずに働き過ぎなんですよ。」


「半年間……その間、リュカは守ってくれる親も誰もいねぇんだぞ?!早く……一日でも早く見つけてやらなきゃいけねぇだろ!」


「エリアスさん!」


「……っ!……すまねぇ……」


「いえ……子供がいなくなるって、本当に心配なのは分かります。もし自分の子がいなくなったらと思うと僕もどうなるか……ですが、リュカの為にもエリアスさんが倒れたりなんかしちゃいけないでしょう?心配する人達がいることですし……」


「分かってる……分かってるんだ……全部分かってんのに……!気持ちが追いつかねぇんだよ……!」


「そうなんでしょうけど……」


「悪い……なんの情報もねぇんならもう行くな?時間が惜しいからな。」


「あ、はい……」



 心配そうな顔をしているゾランに背を向けて、空間移動でアーテノワ国までやって来る。


 ゾランの気遣いは有難い。それは分かってる。けど、自分でもどうすればいいか分かんねぇ程に、気持ちばっかり焦ってしまう。


 リュカはまだ幼いんだ。女の子なんだ。寂しいってずっと泣いてたんだ。


 俺はリュカの父親なのに、そんな事にも気づけねぇでいて……


 そんな自分が許せねぇんだよ……!だからじっとなんかしていられねぇ!


 今日も森深くに入って行って、一人魔物を倒していく。倒しながら、その周辺も隈なく探していく。なんの当てもねぇ。ただ闇雲に魔物を倒して倒して倒して、そして探していくだけだ。


 こんな事をしてて本当に見つけられるのか?!けど、じゃあ他に何処に行けばいい?何処を探せばいい?!これ以外にどうしたら良いのか分かんねぇんだよ!俺はただ探す事しかできねぇんだよ!


 休む事なくひとしきり魔物を倒していって、魔力が底を付きかけた頃にはもう辺りは既に暗くなっていた。空間移動でニレの木までやって来る。木を背にしてそこで腰掛けて、一人空を仰ぐ。


 ニレの木から溢れてくる魔力が心地いい。普通の人には違和感があって気分の良いものじゃねぇみてぇだけど、ここは俺にはすっげぇ落ち着ける場所なんだ。


 アシュリーとリュカもそうだった。


 ニレの木の元で、俺たちはいつも落ち着いて笑い合えていた。


 今は俺一人だ。


 俺は大切なものを何一つ守れてねぇ……みんな俺から去っていく。俺はそんなに多くを求めてなんかいねぇ……ただ、愛する人がそばにいてくれるだけで……それだけで良いんだ……


 それを求めることはいけない事だったのか?それが俺の贖罪なのか?!



「アシュリー……会いてぇよ……」



 空を見上げながら、不意に口からそんな言葉がこぼれ落ちた。


 その時、空が一瞬光り輝いた。眩しくて思わず目を閉じる。何事かと思って、すぐに目を開けて見ると……



「アシュリー……」



 俺の目の前にはアシュリーがいた。驚いて立ち上がって、でも何も言えなくて、ただアシュリーを見続けちまう……!



「エリアス?あれ?見えてない?」


「アシュリー……アシュリー……だ!会いたかったっ!」



 抱きしめようとするけれど、その体に触れる事さえ出来ない。それはそうだ。アシュリーは霊体なんだから……


 けれど、そうなっても俺に会いに来てくれた事が嬉しくて……けど同じくらい申し訳なくて……


 何度も触れようとして手を伸ばしては空を切る……



「エリアス、無理なの、分かってるでしょ?」


「そ、そうだよな、分かってる!……けど……触れたくて……」


「うん……私もだよ。エリアス。会いたかった。」


「アシュリー……っ!俺……っ!俺っ!」


「エリアス、大丈夫だよ。何も言わなくても良いよ。全部分かってるから。」


「……すまねぇ……!俺……リュカを……」


「謝らないで……もう良いから……私の方こそごめんね?エリアスに重荷を背負わせちゃったね。」


「そんな事ねぇ!俺、アシュリーがリュカを宿した時にした、絶対リュカを守るって約束……俺……アシュリーを失いたくなくて……その約束守れなくて……」


「うん。そうだよね。エリアスならそうするの、分かってたんだ。だからエリアスを悩ませちゃったね。辛かったよね。ごめんね……」


「アシュリーが謝るの、違ぇだろ?俺が悪いのに……!」


「エリアス、もう自分を責めないで……リュカの事があってから、エリアスは泣かなくなったんだよね……私、ある日突然エリアスが涙を見せなくなったからなんでだろうって思ってたんだけど……ずっと我慢してたんだね……もう良いよ?エリアス、全部背負い込まないで?エリアスが壊れちゃう……」


「俺のことなんてどうでも良いんだよっ!」


「私は良くない!エリアスがそんなふうになってるの、私が嫌だ!」


「アシュリー……」


「そんなふうに自暴自棄にならないで……お願いだから……リュカは勿論大切だよ?私たちの子供だもん。でも、私はエリアスも大切なんだよ?私の大切なエリアスを、もうこれ以上傷つけないで……」


「アシュリーっ!俺……っ!」


「うん……もう泣いても良いんだよ……大丈夫だから……」



 アシュリーのそんな優しい言葉に……知らずに涙が溢れてきた……


 リュカの命を奪った俺が泣く権利なんてねぇって、だからもう泣かねぇって決めたのに……


 アシュリーが俺を抱き包むようにしてくれる……


 触れられねぇけど、それはすごく安心できて心が温かくなって……アシュリーの存在を近くに感じられて、俺の心は軽くなっていった……


 ニレの木を背にして、二人で寄り添うように座って、少しの間アシュリーとの時間を噛み締める。 



「エリアス……石を探してみて?」


「石……精霊が宿る石か?」


「うん。短剣に嵌め込んでいた石。七つの石のうち、五つはエリアスが持ってるよね?」


「あぁ。アシュリーが持ってた石は、アシュリーが天に還った時に俺の体に五つの石が……精霊が宿ったからな。」


「石に一人ずつ宿る精霊が、今は五つ、エリアスの中にいるよね。なら、もう二つはどうなってると思う?」


「無くなった石は、黒の石のテネブレと、白の石のセームルグ……えっ?もしかして……!」


「うん。リュカに宿ってる。闇の聖霊テネブレと、生死を司る精霊セームルグが、リュカの中にいる。」


「マジか?!」


「もっと早くに伝えてあげたかった。遅くなってごめんね?なかなか来れなくて……」


「俺の為に来てくれたんだな……すまねぇ……けど、会えて嬉しかった。でもまだ……離れたくねぇ……」


「私も……だけど……もう行かなくちゃ……」


「アシュリー、けど……!」


「エリアス、お願い。私のエリアスを大切にしてね?約束だよ?私はいつもエリアスを想ってるからね……あ、でも、他に好きな人とか出来たら遠慮しなくて良いよ!エリアスの人生はまだ長いんだし!」


「そんな事あるわけねぇだろ!俺にはアシュリーしか……アシュリーとリュカ以外に心を揺さぶられるモンなんてねぇんだよ!」


「エリアスの思うままで良いからね……エリアス……愛してる……」


「俺も……アシュリー、愛してる……これからもずっと……」


「リュカをお願いね……」



 アシュリーは微笑んで、俺の頬に両手を添えて包み込むようにして、そっと口づけをする。それは触れる事のない優しい口づけだった。ゆっくり目を開けると、そこにはもうアシュリーの姿はなかった。


 俺が不甲斐ないから、アシュリーが心配して来てくれたんだな。これ以上心配させちゃいけねぇな。もっとしっかりしねぇと。


 空間移動で家に帰る。玄関には魔道具の照明が点いていて、一階から明かりが漏れている。夜も遅いのに、キッチンでルーナが俺の帰りを待っててくれていたみたいだ。ずっとそうだった。その事に何も感じなかった。俺は何も周りが見えてなかったんだな……



「あ、エリアス!お帰り!今日も遅かったね!お腹空いてない?すぐにご飯用意できるよ!」


「あぁ、貰うよ。いつもありがとな、ルーナ。」


「え……」


「俺が帰って来るときに、いつもちゃんと明かりを点けて待っててくれてたんだよな。」


「それは……!エリアスはこの施設を守るために頑張って働いてくれてんじゃん!私たちがここでこうやって生活できてるのはエリアスのお陰なんだから、これくらい普通の事だよ!それに……」


「ん?」


「帰って来た時、エリアスに寂しい思いをさせたくないじゃん?エリアスは今までもいっぱい頑張ってきたんだから、少しくらい安らげるようにしてあげたいって言うか……まぁ、あたしじゃそんなに癒してあげられないけどさ!」


「そんなこと……ねぇ……」


「え……エリアス……泣いてるの……?」


「泣いてねぇ……」


「久しぶりに見た……そっか……やっと泣けたんだね……良かった……良かったね!エリアス……!」


「なんでルーナが泣くんだよ?」


「だって……!ずっとエリアスは辛そうで……でもそれを誰にも見せようともしないし話そうともしないし……人一倍涙脆いくせに泣くこともせずに……どうしてあげていいか、あたし全然分かんなくて……!」


「そっか……気遣ってくれてたんだな……ごめんな?それと、ありがとな。」


「ううん!謝るとかお礼とかはいらないよ!あ、ご飯、今用意するね!」



 俺、ずっとこんなふうに色んな人に気遣われてたんだな。そんなことも分からずに……ダメだよな、こんな事じゃ……


 それを俺に気付かせてくれたアシュリーに感謝しねぇとな。自分を大切にしなきゃ、人も大切にできねぇんだな。


 ルーナと久しぶりに笑い合って話しして飯食って、それから風呂にゆっくり入ってから部屋へ戻って眠りにつく。こうやってゆっくりしたの、久しぶりな感じだな。


 ベッドではいつも通り俺は一人だったけど、温かい気持ちのまま眠りにつくことができた。


 アシュリーとリュカを想って、俺は久しぶりにゆっくり眠りにつく事ができたんだ……





 

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