第16話 統べる者


 辺りを見渡す。


 そこは薄暗くて、何もない洞窟のような場所……


 私の傍らには、私をここに連れてきたであろう、フェンリルがいた。



「エリアス!エリアスどこ?!エリアスーっ!」


「ここには我しかおらぬ。諦めるのだな。」


「嫌だ!私はエリアスとずっと一緒にいるって決めた!だからエリアスのいる場所へ帰る!」


「それは出来ぬ。お前は黒龍の力を奪ったのだ。ただの人間として生きて行けると思うな。」


「奪ってない!私は何も奪っていない!」


「知らずにそうしたのだな。余計たちが悪いわ。お前はまず自分の力を知らなくてはならぬ。」


「そんな力なんてない!私はただ龍になれるだけ!」


「まだ少し時間が掛かるか……」



 エリアスがいない!どこにもいない!ここはどこ?!帰りたい!エリアスの元へ帰りたい!


 その場から走り出す。全力で走る。しばらく走っていくと……そこにはあのフェンリルがいた。



「なんで……」


「無駄だ。」



 キッと睨んで、後ろを向いてまた走り出す。けれどしばらく走ったところで、またフェンリルがいた場所へと戻ってきてしまった。


 なんで?なんでどこにも行けないの?!帰りたい……!優しい人達がいるあの場所へ帰りたい!



「なぜ人間の元へ戻ろうとする?」


「だって!優しかった!エリアスは優しかった!」


「人間はお前に危害を与えた者の方が多かった筈だぞ?」


「それは……でも!お父さんは人間は優しいって!小さくて弱いけど、可愛い存在だって!だから私も……!」


「魔物であれば、人間といるより魔物と共にある方が落ち着く筈だ。お前はそうではなかったのだな?」


「私は魔物じゃない!」


「現実を見ろと言っておる。龍の力を奪った人間のお前は、魔物とも人間とも異なる。まずはおのれを知らねばならぬ。このままだとお前はその力にのまれるぞ。その小さな体では耐えられぬ事となるだろう。」


「何言ってるか分からない!分からない!分かりたくない!」



 涙がボロボロ溢れてくる。なんでエリアスと一緒にいちゃいけないの?!なんでこんな所にいなくちゃいけないの?!分からないよ!怖い……!ここから出て行きたい!


 思わずまた走り出すけれど、やっぱり何処へも行けずに元の場所へと戻って来る……


 何度もそうして走って、だんだん疲れて動けなくなってしまった……

 グッタリして座り込んで、そのままゆっくり、倒れこむように横になる。ここはお父さんと暮らしていた山の寝床と似ている。あの時はお父さんがいた。いつも一緒に、お父さんに包まれるようにして眠った。お父さんのスベスベした温かな鱗が心地よかった。


 エリアスと一緒に眠った時も、温かくて、お父さんより柔らかくて、その腕の中はすごく安心したんだ。


 今は頬が冷たくて寒い。硬くて冷たい土の上は、より寂しさを強くしていく。温かいのは目から溢れる涙だけ……



 私が何をしたの?


 なんでこうなるの?


 やっと安心できる場所を見つけたのに……


 何がいけなかったの?


 帰りたい……


 エリアスのいる暖かなあの場所へ帰りたい……


 帰りたいよ……


 

 私はそのまま眠ってたみたいだった。気づくとさっきの場所で、体には魔物の毛皮が掛けられてあった。少し離れた場所にはフェンリルがいて、眠っているようだった。


 ゆっくりと起きて、気づかれないように静かにその場から離れる……


 静かに静かに……物音を立てないで、そぉっとゆっくりと離れて、フェンリルの姿が見えなくなってから急いで走って、その場所から脱出を試みる……!


 走って走って、薄暗い洞窟の中をただひたすら走っていくと、目の前に少しだけ光が見えた。


 良かった……出口だ……!


 その光を求めて、よろけて転びそうになりながらも、ただ一向ひたすらに走り続ける。


 だんだん光が大きくなっていって、眩しくて目を細めながらも足を止めずに、光る場所まで走って行く。


 やった!出口だ……!


 目に陽が差し込む……眩しい!


 ギュッて目を閉じて、それからゆっくり目を開ける。


 目の前は深い森が広がっている……


 けれどそこには無数の魔物が蔓延っていた……


 その光景に思わず足を止めてしまう……!


 魔物達はこちらを見て、今にも襲いかかってきそうな状態だった。


 それは人間が一人で相手出来るような数でもなく、脆弱な魔物でもなく、一体が高ランクとされるだろう魔物達ばかりだった。


 知らずに体が震えてしまう……!


 震える足でゆっくりと一歩、二歩と後退りする……



「この魔物共を従えてみせよ。」



 不意に後ろから声が聞こえてきた。驚いて振り返る。そこにはフェンリルがいて、ゆっくり私に近づいてきているところだった。



「従える……?」


「それがお前の役目ぞ。」


「なに……なんのこと……?」



 フェンリルは私の横を通り過ぎて行く。その姿を見た魔物達が、一斉に地に頭を付けひれ伏した。



「……っ!」


「これくらいのことも出来ず、ここから出ていけると思わぬことだ。」


「こ……んな、こと……出来るわけ……ない……」


「お前が黒龍の子だと言うのであれば、それを証明するがよい。」


「私は……黒龍の……」


「その力を奪ったのだ。お前にしかできぬ。」


「あなたが……そうすれば、いい……!」


「我では足りぬ。こうしてひれ伏させるのみだ。思うようには出来ぬ。」


「私にだってそんなこと……!」


「黒龍はそうしておった。人々に加護を与え、魔物共を総ておったのだ。」


「そんなこと……知らない……!」


「お前は何も知らぬのだな。だがそれでは道理が済まぬ。自分を知り、力を知り、魔物共のことわりを知っていかなければならぬ。」


「なんで……!私は……ただ……!」


「黒龍の子なのだろう?」


「……お父さん……っ!」



 まだ足が震える……怖くて一歩も動けない……知らずに涙が頬をつたう……


 私はただ……あの日だまりのようなエリアスの笑顔を見続けていたいだけなのに……


 優しく抱きしめてくれる、その腕の中で眠りたいだけなのに……



 ただ一緒にいたいだけなのに……


 どうしてそれが叶わないの?


 私がなにをしたの?


 どうすればいいの?


 エリアス……


 エリアス!助けて!


 助けにきて!


 エリアス!



 言葉にできない思いだけが胸に残る……


 

「エリアス……う……ぅっ!エリ、アス……!」


「そんなにあの人間の元へ行きたいのか?……それも本能か……」


「……え……?」


「お前の体は、その人間から成されておる。生物上の親子と言うものであろうな。」


「え……なに……」


「あれもただの人間ではない。……いや、だからか……お前がそうなったのは……」


「分からない……分からないよ!私はなんにもっ!……なにも知らない……っ!」



 頭の中で色んな情報が目まぐるしく行き交う。けれど、何一つそれが落ち着くことはなくて、ただ私は混乱することしか出来なくて……


 エリアスは私の人間の……親……?

 違う、お父さんは、私のお父さんは黒龍で……



 お父さん……


 お父さん!


 私がお父さんの力を奪ったの?


 お母さんの命を奪って生まれてきたの?


 だからお父さんは魔物に殺されたの?


 私がお父さんを殺した?!


 

「私が……お母さんとお父さんを……殺した……」



 その言葉だけが、ストンと私の胸に落ちてくる。


 急に力が入らなくなった。


 そうか……


 そうなんだ……


 私は……


 私が……



 なにも考えられなくなって、目の前が暗くなっていって……


 そこからどうなったのか


 もうなにも分からなかった





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