第19話 強くなる


 目が覚める。


 薄暗い洞窟の中で一人目覚めて、辺りを見渡す。近くにはいつものようにフェンリルが眠っている。


 ゆっくりと起き出して、そのまま歩いて出口へと向かう。しばらく歩いて行くと、光が見えてくる。その光が段々大きくなってきて、目に暖かな陽が射し込んでくる。


 目の前には木々が生い茂っていて、その葉に光が反射して、葉がキラキラ光っているみたい。

 あの方角に太陽があるから、まだ朝早い時間だ。

 少し歩いて、全身に朝陽を浴びる。陽の光が暖かくて気持ちいい。


 辺りを見渡す。そこに魔物の姿は見えない。けれど、あちらこちらから気配が漂っている。これ以上は深く入り込む事は出来そうにない。


 横を見ると、大きな熊の魔物が私に向かって歩いてきていた。口には猪を咥えて、それを引きずるようにして向かってくる。


 私の近くまで来て、口に咥えていた猪を離してその場に置いて、大きな熊の魔物は私から去っていった。フェンリルにでも言われたのか、熊の魔物は私に食料を持ってきたのだ。

 足元に置かれた猪を解体すべく、私は龍の姿になった。


 爪で毛皮を剥いで、丁寧に部位毎に切っていく。この捌き方はエリアスに教えて貰った。売れる所と、そうでない所、食べられる所と食べられない所……まだ全部は分からないけど、思い出せるところを記憶から探りだして、目の前の獲物を解体していく。


 今食べる分だけを残して、他の物は空間収納へと片付ける。

 人の姿に戻ってから、木の枝を光魔法で浄化させてから肉を刺して、火魔法で肉を炙る。



「いただきます」



 切り株の上に座って、一人焼けた肉を頬張る。



「おいしい、にくはおいしい」



 思いついた言葉を発する。



「おはよう、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい、ありがとう、ごめんなさい」



 教えてもらった言葉を口にする。こうして声にするだけでも、少しは気持ちが和らいでいく。



「だいじょうぶ、おなかすいた、たべる、いっしょ、たのしい、うれしい、かなしい、さみしい」



 一つ一つ、言葉と意味を噛み締めるようにして、確認するように発していく。



「おいしいはすき、あいたいもすき、だいじもすき、おとうさんすき、おかあさんすき、エリアスすき…」



 言葉にするけれど、この言葉を言うといつも胸が苦しくなる……すきの言葉は良い言葉のはずなのに、悲しくなって、苦しくなって、寂しくなって、涙がこみ上げてきそうになる……



「おとうさん、おかあさん、ごめんなさ……」



 私を産んで亡くなったお母さんと、優しかった大好きなお父さん……私が……


 フェンリルに言われた事を思い出す度に、苦しくて胸が締め付けられるような感じになって、どうしようもない気持ちになる。

 でも、この事で私は泣いちゃいけない気がする。だって、奪ったのは私なんだから……

 

 ギュッて目を閉じて、涙が出ないように上を向く。しばらくそうやって、泣いちゃダメなんだ!って自分に言い聞かせて……


 それから目を開けて、目の前にある肉だけを見て、まだ残っている肉を口にする。


 ふと気づくと、少し離れた所で狼の魔物の子供が私をじっと見つめている。持っている肉が欲しいのかな、と思って見ていると、いきなり歯を剥き出して威嚇するようにして私に向かって走って来た。


 キッと、こちらからも威嚇するように睨むと、驚いたように立ち止まり、それから地面に頭をつけてひれ伏した。


 立ち上がってゆっくりと歩み寄っていくと、狼の魔物の子供はブルブルと震えだす。その傍らに食べていた肉を置くけれど、震えてひれ伏したまま動かない。

 私は仕方なくその場を立ち去って、洞窟へと戻って行った。


 戻ると、フェンリルは起きていた。



「餌は食べたのか。」


食事・・は済ませた。」


「では始めるか。」


「…………」


「いい加減慣れてはどうか。」


「慣れなんてしない。ここは私のいる場所ではないから。」


「あの人間の元がお前のいる場所か。」


「…………」


「まぁよい。」



 言うなりフェンリルは威圧してきた。その強烈な威圧に身体中がビリビリする……!それに抗うように、私も体に力を込めて威圧しようとする。けれど、フェンリルは平然としたままだ。



「力を入れれば良いと言うものではない。魔力を操るのだ。体の中にある魔力と魔素を感じてみよ。」


「……そん……なの、わ、かんな……いっ!」


「分かろうと考えるな。身体で感じるのだ。」


「うっ……!くっ!」



 威圧に耐えようとするけれど、少しずつ足が後ろへと後退る……!耐えきれそうになくて、思わず雷魔法をフェンリルに向かって放つ。けれど、それは結界に弾かれて自分に帰ってくる……



「きゃぅっ!」


 

 自分の放った雷魔法にあてられて、身体中が痺れてしまう……そのまま転げて倒れて、動けなくなってしまった。



「まだ魔法は許可しておらぬ。まずは魔力と魔素を感じよと申しておる。何度言えば分かるのだ。」


「わか……ん、ない、よ……」


「分かろうとしないだけだ。」



 言うとフェンリルはその場から去って行った。痺れた身体で何も出来ずに、私は冷たい地面に倒れたままでいた。もうずっとこんなことをしている。あれからどれくらいの日が過ぎたのか。いつまで私はここにいなくてはいけないのか。考えても答えは出ることがなくって……



「つめ、たい……つち、くらい……さむい、さみしい……」



 零れでる言葉は、悲しい言葉ばかり。それでも、教えて貰った言葉を忘れたくなくて、あの優しい日々を忘れたくなくて、何度も何度も唇から言葉を紡ぎ出す。



「いたい、こわい、かなしい、たすけて」



 涙が一滴、目から零れ落ちる。もっと楽しい言葉を言いたいのに、その言葉が今は思いつかない。



「エリアス……エリアス……あいたい……」



 呪文のようにその名を呟く。ギュッと目をつむって、記憶の中にいるエリアスの笑顔を思い出して……エリアスが優しく私の頭を撫でてくれて、ギュッって抱きしめてくれて……私はすごく嬉しくなって、いつも笑顔になっていた。


 頭の中では、いつでも私は笑顔だ。自分の頭の中は、誰にも邪魔されないから。


 その時、腕に柔らかな感触があった。なにかと、ゆっくり目を開ける。そこには、さっき私が肉を渡した狼の魔物の子供がいた。私の横に添うようにして、私と同じように体を伏せた。



「こんなところに来たら……アイツに怒られちゃうよ……?」



 震える手で狼の子供の頭を撫でながら言うと、なぜか狼の子供は嬉しそうに目を細めた。



「お前もひとりなの?私と一緒なの?」



 その問いかけに答える事はしなかったけれど、それからも狼の子供は私のそばに居続けた。それがなんだか嬉しかった。



「お前も寂しいの?私もね、一人でずっと寂しかったの……ねぇ、このままずっと一緒にいる?」



 体を擦り寄せて、その温かさに心地よさを感じる。やっぱり一緒っていいな。一人じゃないって、いいな……


 しばらくそうしていると、フェンリルが帰ってきた。その姿を見て、狼の子供が驚いて体を強張らせてしまう。



「ガルムの子供がなぜここにいる……?!お前はここに来てはならぬ!」


「なんで?!いいでしょ!少しくらい!」


「何も得ようとせず、不満だけを言い、己の欲求だけを述べるのか……!改めよ!」



 フェンリルが怒ったように威圧を放ってくる……!さっきよりも強く身体中がビリビリ痺れる!まだ雷魔法の影響で上手く体が動かない……


 けれど、それ以上にガルムと呼ばれた子供はブルブル震えて呼吸が荒くなってきている。もしかして、息も出来なくなってきているのかもしれない……!



「やめて!この子が死んじゃうっ!」


「脆弱な魔物等、生きるに値せず。それが魔物のことわりぞ。生き抜きたければ強くあれ。そうでなければ、その価値などないのだ!」



 フェンリルは更に威圧を強くする……!その威圧でガルムの子供の血管がプチプチと音を立てて破れ、身体中から血飛沫ちしぶきが上がる。


 私と同じひとりの存在。少し寄り添っただけなのに、それの何がいけなかったの?なんで少しの安らぎも欲しがっちゃいけないの?強くならないと、何にも手に入れられないの?何も望んじゃいけないの?弱いままで、守られるだけの存在では生きる価値がないって言うの?!


 だったら強くなってやる……!


 自分が欲しいものは、自分で手に入れてやる……!


 フェンリルをしっかり見て、その威圧の流れを感じる。それに抗うように自分の身体中に威圧を纏い、それをフェンリルに向けて、向けられた威圧を弾くように、それから放つようにする……!


 目には何も見えない、それは感じるだけであったけれど、今いる洞窟内の中が振動で震える程に空気が震える……!


 フェンリルの放つ威圧と、私の威圧がぶつかり合って、大きな音を立ててバチンっ!!と響く!


 その音に弾かれるように私は弾き飛ばされ、フェンリルは大きく弾かれるように後退りをした。

 


「よ、弱いのが……いけない、の、なら……!私はっ!強くなって、やるっ!!……お前、なんかに……負けないんだからっ!!」


「……その感覚を忘れるでない。」



 そう一言告げて、フェンリルはまた去って行った。


 震える身体で立ち上がって、倒れているガルムの子供の元へ行く。けれど、既にガルムの子供は息絶えていた。


 弱いと死んじゃう。殺される。何を言う権利も、何を求めることも出来ない。ただ虐げられて、それに耐えることしか出来ないなんて、そんなのは……そんなのは嫌だ……!絶対に嫌だ!


仲良くなれたかも知れない。一緒に遊べたかも知れない。一緒に肉を食べれたかも知れない。一緒に寄り添って眠れたかも知れない。


 こんな小さな命でさえも、守ってやれなかった。守ってくれるものは何もない。誰も守ってくれない。誰も助けてくれない……


 だから私が強くなる……!


 守りたいものを守る為に……


 欲しいものを欲しいって言えるように……


 行きたい場所へ行けるように……


 力をつけて、誰にも何も言わせない!


 ポロポロ溢れる涙のままガルムの子供を抱きしめて、ひとり私はそう決めたんだ……




 


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