第7話 侮ってはいけない


 オルギアン帝国


 その周辺国は現在、全てが属国となっている。


 それは力で強制的にそうとした訳ではなく、殆どが友好的に属国となっている。それは、前皇帝であったリドディルクの功績も大きかった。その意思を受け継いだ現皇帝のヴェンツェルは18歳とまだ若く、若き皇帝の右腕として、前皇帝リドディルクの力となっていた伯爵位のゾランが、現在ヴェンツェルのサポートに尽力していた。



「アーテノワ国は小国ながらも資源が豊富で、山に囲まれている事から、特に鉱物や鉱石を多く輸出していたな。ミスリルやアダマンタイト、オリハルコン等の希少な鉱石も、黒龍が住むと言われている北側の山から採取される事もあったらしいが……今後これがどうなるのか……だな。」


「そうですね。希少な故に高価になっていましたが、更に値がつり上がるかもしれません。それはともかく、アーテノワ国には現在調査員と冒険者、それに隊の派遣と救援物資を送り込んでおります。それと、エリアスさんがアーテノワ国王と面会するべく、既に出立しております。」


「何!そうか、エリアス殿が向かってくれたか!それは頼もしい!あの人に任せれば迅速に現状が回復していく!……いや、それでも今回はそう簡単には行かないかも知れないな……」


「えぇ。この状況は楽観視出来ません。対応が遅れれば、アーテノワ国自体が消滅、なんて事も起こりうる可能性もありえます。現在、他国からも救援を要請しているところです。」


「そうだな。では引き続き、その対応を頼むぞ、ゾラン。」


「畏まりました。ヴェンツェル皇帝陛下。」



 切れ者と言われているゾランだが、ヴェンツェルもまた前皇帝に負けず劣らずで、その能力は高かった。だがまだ若く実績不足もあって、そのサポートをしっかりするべく、ゾランはなるべくヴェンツェルのそばを離れたく無いのが現状だった。



「はぁー……疲れたぁー……」


「ゾラン様、大丈夫ですか?最近はお帰りも遅いですね。」


「あぁ、ごめんミーシャ。ちょっと癒して貰いたくてね。一旦帰って来たけど、すぐにまた出る事になる。」


「あまり無理をなさらないで下さい……とは言っても、無理しちゃうんでしょうけど。」


「今ちょっと立て込んでいてね。リオは勉強中かな?」


「えぇ。リオの目標はゾラン様ですから、お父さんのようになるんだって言って、勉強も凄く張り切ってるんですよ。」


「それは頼もしいな。僕も頑張らないとな。」


「これ以上頑張ったら、ゾラン様が倒れちゃいますよ?」


「大丈夫だよ。僕にはミーシャもリオもいるからね。それが原動力になってるんだ。愛する人と愛する我が子がいるって事は、とっても幸せなことだからね。エリアスさんに会うと、いつもその事を実感するよ。」


「あれから一年なんですね……」


「あぁ。アシュリーさんを失ったばかりのエリアスさんは見ていられなかったからね。本当に愛していた人だったから……それに、あんなに涙脆い人だったのに、いつの頃からか涙を見せなくなったしね……アシュリーさんが亡くなった時も、涙をひとつ見せなかった。けれど、僕にはその方が悲しく見えたんだ。きっと、泣けた方が楽だっただろうに……」


「ここまで、本当によく立ち直って下さいました……」


「うん。にわかには信じ難い事を言ってたけど、それがエリアスさんの原動力になっているのなら、何も言えないよね。」


「あぁ、自分の子供が何処かにいるっていう話ですか?」


「そう。アシュリーさんが妊娠した時に、その子の力が強すぎてアシュリーさんの体力と魔力を奪ってしまったんだって。このままだと母体が持たないって事で、リドディルク様についていた生死を司る精霊セームルグに、アシュリーさんからその生命を取り出して貰ったって話。その時にセームルグに教えて貰ったって言ってたよ。」


「え?何をですか?」


「子供の事をさ。女の子で、アシュリーさんに似て凄く綺麗だって。けど、髪や目はエリアスさんに似て黒に銀が混ざったようで艶やかで、能力の高い子なんだって。それを、エリアスさんは嬉しそうに言うんだよ。」


「エリアスさんは子供が好きですからね。苦渋の決断だったんでしょうね……でもその事を、アシュリーさんは覚えてませんでしたよね?」


「うん。アシュリーさんの母親、ラリサ王妃に記憶を消して貰ったって言ってたよ。忘却魔法の使い手だからね。アシュリーさんが亡くなった時に、霊となったアシュリーさんが言ってたんだってね。」


「あぁ、エリアスさんは霊と精霊が見えますもんね。」


「霊になって、消された記憶が戻ったみたいでね。その子の魂は現世にあるって。だから探してって言ってたそうだよ。」


「その魂はどうなったんでしょうか?母体が無ければ、普通は育つ事はありませんよね……」


「そうだよね。それに、体力と魔力を凄く奪うって言ってたから……受精直後、アシュリーさんは二十日間目を覚まさなかったらしいからね。何とか魔力と体力を補ってあげて、少し目覚めたって言ってたかな。」


「あれだけ魔力のある方でしたのに、それでも追い付かないなんて、そんな魂であれば、人に宿るなんてことはできませんよね……」


「そうだろうね。エリアスさんが嘘を言うことはない……だから僕はエリアスさんの言うことは信じている。だけど、その魂が人として生きていると言うのは難しいんじゃないかな……」


「それでも、エリアスさんは信じたいんでしょうね。我が子がどこかに生きているって。」


「僕が同じ立場であれば、エリアスさんと同じような気持ちになっていると思う。だから、僕はエリアスさんを応援するんだ。」


「それはもちろん、私もです!」


「当たり前だと思っている日常に感謝しないとね。ミーシャ、今日も元気でいてくれてありがとう。愛してるよ。」


「ゾラン様、私もです。愛しています。」


 

 優しく抱き合って、二人は口づけをする。名残惜しそうにゆっくり離れて微笑み合う。



「よし、元気がでた!じゃあ行ってくるね!僕を待たずに、先に眠っておくんだよ?夜更かしはお腹の子にも悪いしね!」


「分かりました。では、いってらっしゃいませ!」



 ゾランは部屋を出て、足早に執務室へ戻る。早急に対策しなければいけないことばかりだ。現地の事はエリアスに任せて、物資や資金の調達や人員の確保、上層部への説得、他国への協力要請の交渉と調整等、やることは多い。


 

「黒龍の加護……侮れなかったな……これも調べた方が良いかも知れないな……」



 山積みにされた問題を一つずつ解決していくべく、指示を出していく。ゾランの仕事は無駄が一切無く、的確に指示を出し、迅速に対応する。しかし、彼は表だって行動する事を嫌う。まさに、影の実力者だった。



「コルネールさん、ジルドを呼んでくれるかい?」


「畏まりました。」



 執事のコルネールに頼みジルドを呼び出す。ジルドは、諜報員、交渉人であり隠密にも長けていて、多岐にわたって活躍している。



「ゾラン様、お呼びでしょうか?」


「僕に様はいらないよ。成り上がり貴族だからね。」


「そういう訳には……」


「まぁ、ジルドの気の住むようにすれば良いけど。……マルティンと交渉してほしい。」


「ストリア商会の代表ですね。今回のアーテノワ国の救援物資に関してですか?」


「よく分かってるね。無償が難しければ、破格の値段で頼めないか交渉して欲しい。」


「畏まりました。恐らく無償で物質を調達できるかと……」


「だろうね。代わりに、大々的にストリア商会の名を挙げて貰おう。アーテノワ国はストリア商会には未開の地だったからね。」


「そうですね。他国の商会の介入が難しい国でしたから。マルティンは「これ幸い」と意気込んでくるかと思われます。」


「マルティンならそうするだろうね。その為にも、アーテノワ国の被害をこれ以上大きくさせてはいけないな……」


「現在、アクシタス国、グリオルド国、インタラス国からも人員の確保が出来ています。マルティノア国も人員確保に奮闘中との事。シアレパス国は……」


「まぁ、シアレパス国は王族がまつりごとに関わってないからね。統治は各貴族が行っているから、こう言うときの行動は遅いのも頷ける。仕方がない。」


「そうですね。クレメンツ公爵が先頭を切って下さっておりますが、少し時間がかかるかと……」


「それで充分だ。では頼んだよ。」


「畏まりました。」



 小国であるアーテノワ国だが資源は希少であり、その流通が無くなる事はオルギアン帝国にも大打撃となる。そうなれば、各国にも大きく影響が出る。


 一つの小さな歪みが、大きな歪みとなって返ってくる。これを何としても早期にとどめなければ。


 たかが一つの小さな国だと侮ってはいけない。


 たかが黒龍の加護が無くなっただけだと、侮ってはいけないのだ。

 


 




 

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