第4話 人間の食べ物


 人間と手を繋いで歩く。お肉はすごく美味しかった。嬉しい気持ちになった。



「口にソースがついてるぞ?」


「ついてる、ぞ」


「ハハハ、拭いてやろう。」



 布で私の頬を拭いて、ニッコリ笑った。私もニッコリ笑った。



「腕とか足に包帯が巻かれてるが、怪我でもしたのかな?」


「のかな?」


「見せてごらん。」



 道路脇にある椅子に私を座らせて、巻かれてた包帯を外される。けれどそこには傷一つなかった。それを不思議そうに人間は見る。



「何もないな……まぁでも良かった。風呂に入れて身支度を整えたらすぐに出荷できるな。」


「できるな」


「ん?大丈夫だ。心配しなくていいぞ。」


「だいじょうぶ」


「そうだ。家に送ってあげるからね。」


「からね」



 人間はニコニコして私を見る。それがすごく嬉しかった。また手を繋いで一緒に歩く。しばらく歩くと、段々人間は元気が無くなっていった。



「なんだ……どうした……これは……」


「だいじょうぶ?」


「あぁ、大丈夫だぞ。けど……少し休みたいな。」



 人間は建物の間の狭い路地に入って、そこに腰かけた。私も同じようにして座った。どうしたのかな?またブランカって人間みたいに疲れたから眠るのかな。



「少しだけな、少しだけだから……このままここにいるんだぞ……」


「ここにいるんだ、ぞ」


「あぁ……そう……だ……」



 そう言ってから、人間は下を向いて眠った。人間ってすぐに疲れるんだな。そう思った。しばらく待っていても、その人間は目を覚まさなかった。ずっと眠る。なんでだろう?私と一緒にいた人間は、すぐに眠ってしまう。


 そのうち横に傾くようにして倒れ、地面に頭を打ち付けるようにして眠ってしまった。あのブランカって人間と同じだ。


 なんだろう?なんか変な気がする。レオンも同じようにして眠った。私と一緒にいたら、みんな眠くなるのかな?仲良くしたいのに。言葉をもっと教えて欲しいのに。なのにすぐにみんな眠ってしまう。


 しばらく起きるのを待っていたけれど、全く目覚める気配がしない。仕方なくその場から立ち去った。


 そう言えば、ここに連れてきてくれた人間達はどこに行ったんだろう?私が肉を食べてる間にどこかへ行ってしまった。あの人間達を探そう。ブランカが起きてるかも知れないし。


 ブランカに抱きしめられた時は、すごく気持ちが嬉しくなった。柔らかくて温かくて良いにおいがして、もっとずっとそうしていて欲しかった。だからブランカが起きたら、またぎゅって抱きしめて貰おう。


 そう思って街を歩くけれど、何処に行って良いのかが分からない。人間はいっぱいいるけれど、誰に何を言って良いのか分からない。それに言葉も分からないから、何も言うことが出来ない。どうしたら良いのか、また分からなくなってしまった。


 ひとり街をさまよって、あちこちにある建物や、行き交う人間達の様子を見る。けれど、ここが何処なのかも分からなくて、段々不安になってきた。


 不意に涙が溢れてきた。


 こんなに人間はいっぱいいるのに、どうすれば良いのか分からない。話すことも出来ない。泣きながら街をさまよい歩く。すると、声をかけられた。



「どうしたの?迷子なの?」


「まいご、なの」


「そう、それは困ったね……お家、どこか分からない?」


「わからない」


「そうなんだ……どうしようかな……」


「どうしよう、かな」


「そうだよね、不安だよね。あ、あそこに兵がいるから、聞いてみるね。このままじゃ怖いね。」


「こぁい、ね」


「ちょっと待っててね。」



 大きな荷物を抱えた人間は、走って道路脇に立っていた人間の元へ行き、何か話してから二人でこっちにやって来た。



「君が迷子か。届け出が来てるか調べよう。こっちへおいで。」


「じゃあ、ここでね。ばいばい!」


「ばいばい」



 さっきの大きな荷物を抱えた人間はどこかへ行ってしまった。代わりに背の高い人間がやって来た。私の手を取って、何処かへ連れていく。良かった。また優しい人が現れた。人間は優しいんだな。お父さんが言ってたとおりだ。



「名前はなんて言うんだい?」


「なまえ、ユア」


「ユアか。俺はホセだ。」


「ほせ、だ」


「ハハハ、そうだ。ホセ」


「ホセ」


「さて、お母さんとお父さんはどこにいるのかな?」


「かな?」


「こんな可愛い子を一人にして。けしからんな。」


「けしか、んな」


「ハハハ!そうだ!けしからん!」


「けしからん!」


「ハハ、ユアは可愛いな!」


「ユア、かぁいい」



 そんなふうに言葉を教えて貰いながら歩く。少ししてから到着したみたいで、建物の中へ入って行く。「ここに座っておくようにね」、と言って、椅子に座らせて貰った。


 それから、「ジュースだよ」と言って、飲み物を持ってきてくれた。飲んでみると、すごく甘くってすごく美味しかった。一口飲んだ時にそれに驚いて、ビックリした顔でホセと言った人間を見ると、「ハハハっ!美味しかった?」と笑った。「おいしかった」と言うと、すごくニコニコして私を見ていた。私も嬉しくなって、同じようにニコニコ笑った。


 すぐに残りのジュースを全部飲み干すと、「もうおかわりはないんだ、ごめんな」と言った。「ごめん、な」って笑うと、ホセも笑った。



「届け出は……ないな」


「そうなのか?こんなに可愛い子なのに?」


「捨て子か……それか、何処かから逃げて来たか……」


「その可能はあるな。しかし、身元が分からないと調べようがないな。この子はひとまず孤児院に預けるか……」


「そうだな。おい、どうした?具合が悪いのか?」


「あぁ、何だか少し目眩がしてな……」


「丁度休憩の時間だ。裏で休んで来いよ。あとは俺がしておくからさ。」


「そうだな……すまない、じゃあ頼むな。」



 私を連れてきてくれた人間は私を見て、手を振ってから奥の方へ行った。また眠くなったのかな……


 不安な気持ちで見送ってると、もう一人の人間がやって来て、椅子に座ってる私に目線を合わせるように屈んで微笑んだ。



「大丈夫だよ。おじさんがちゃんとするからね。」


「だいじょうぶ」


「そうだ。大丈夫だ。じゃあ、今から子供がいっぱいいる所に行くからね。」


「からね」



 人間は手を差し出してくる。けれど、その手に触れてはいけない気がした。私に触れた人は、みんな寝てしまう。私は両手をバッて背中に隠して、手を繋がないようにした。



「どうしたんだ?手を繋ぎたくないのか?」


「ないの、か」


「嫌われちゃったのかな……ホセが良かったか。ごめんよ、ホセは今休んでるからな。俺で我慢してくれな。」


「がまん、してく、れ」


「ハハハ、じゃあ行こう。」


「いこう」



 再び差し出された手に触れる事をせず、両手を後ろに隠したままにする。少し悲しい顔をしたもう一人の人間の後を遅れないようについていく。私の歩調に合わせるように、ゆっくりと人間は歩いてくれる。ここにいる人間達は、やっぱり優しい人間ばかりだ。昨日襲われたのは、私が龍だったからだ。でも、黒龍は崇められてるって、お父さんは言ってたのに……お父さんが嘘を言う事はないはずなのに……



「着いたぞ。ここだ。」


「ここだ」



 私を見て微笑んだ後、人間はある建物へと入って行った。その後をついていくと、中には何人も小さな人間がいた。ビックリして、思わずそこで佇んでしまう。小さいのは子供なんだな。そう思ってるとみんなが私の元へとワラワラと集まってくる。私をここに連れてきた人間は他の人間と話をしてる。



「なぁ、ここに住むのか?」


「お前、誰だよ!」


「可愛いねー!あっちで遊ぼう!」


「なんて名前なんだよ?」


「お前も親に捨てられたのか?」



 矢継ぎ早に話しかけられて驚いて、どうしたら良いのか困惑していたら、急に腕を捕まれた。



「おい、お前!話かけてるのに、ちゃんと答えろよ!」



 いきなり腕を捕まれたからビックリして、思わずその腕をすぐに払い除けるように引っ込める。



「こら!喧嘩しちゃダメだろ!ここに来たばっかりなんだ、みんな優しくしてやってくれな!」


「はーい!」


「なんだよ、ダンマリかよ。つまんねぇな。」


「こら!セオ!優しくって言っただろ!」


「あー、はいはい。」


「じゃあユア、俺はここでさよならだ。また身元が分かったら迎えに来るからね。」



 え、どこかいくの?って思ったけど、それを聞けずにただ見送る事しかできなかった。手を振って去っていく人間に、私も同じように手を振ってみた。


 すると、いきなり何処かから髪を引っ張られた。痛くなって周りをキョロキョロ見ると、さっきセオと呼ばれた人間の子供が私の髪を引っ張っていた。

 

 痛くて、すぐその手を振り払うようにする。そうしたらまた腕を捕まれた。それも振り払おうとするけれど、なかなか離してくれない。どうしよう、私に触ったら、また元気が無くなって眠ってしまうかも知れないのに。


 捕まれた腕をなんとか退かせようとして、思わずセオの胸を空いた手でドンッて押した。すると、セオは勢いよく後ろに大きく転げて行った。



「いってぇなぁ!何すんだよっ!」


「セオが髪や腕を引っ張るからだよ!」


「仲良くしようとしてんだろ!何だよ!」


「これ!喧嘩は止めなさい!」



 大人の人間がこちらにやって来て、私の元で立ち止まり、腰を屈めた。それから優しく私の頭を撫でてくれる。



「ユア、だったわね。今日からしばらくここで暮らすことになるの。私はシスターのラウラと言います。よろしくね。」


「よろしくね」


「ふふ……えらいわね。じゃあお昼ご飯の時間だから、みんなで一緒に食べようね。」


「いっしょ、たべようね」


「チッ!なんだよ、俺には喋らなかったのにさ。」


「セオの事がキライなんだよー!」


「意地悪するからだよ!」


「うっせぇよ!」



 木の台に食べ物が用意されて、みんな椅子に座ってから手を合わせて目を閉じた。その様子が不思議で、何をしてるんだろうって思いながら見つめていた。それからみんなは「いただきます!」と言ってから食べだした。


 パンがあった。ブランカに貰った時食べたらすごく美味しかった。それを口に含むと、やっぱり美味しかった。それから木の器の中に汁が入っていて、中に色んな色の物が入っていた。これは何だろう?と思って周りを見ると、手に棒の先が平べったくなった物で掬って口に運んでいた。それを真似て口に入れてみる。



「あぅ!」


「なに、どうしたの?!」



 口に入れたのが熱くって、思わず舌を出してしまう。それを見て、みんなが笑った。



「バカだな!冷まして食べなきゃ熱いに決まってんだろ!」


「セオ、そんな言い方、可哀想だよ!」


「ユア、お水飲みなさいね?」



 横に置いてあった容器に水が入ってたので、それを恐る恐る飲む。良かった、これは熱くなかった。でも、熱かったけどこの食べ物もすごく美味しかった。人間の食べる物はすごく美味しいんだな。


 これから私はここにいることになるのかな?


 水で舌を冷やしながらみんなの顔を見て、これからどうなるのか、本当にここにいて良いのか、私はひとり考えていたんだ。




 



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