第21話 ラパスの街
二人で歩いていると、私のお腹がグゥーッて鳴った。繋いだ手から奪わないように力を調整していたら、魔力を思ったより使ってたみたいだ。
「お腹が空いたの?食事でもしようか?」
「うん」
私がニッコリ笑うと、若者もニッコリ笑った。それから少し歩いて、ある建物へと入って行った。
「いらっしゃい!あ、レオナルド様!」
「やぁ、遅い時間にすまないね。」
「いえ!どうされましたか?!」
「あ、いや、この子に食事をさせたくてね。適当に何か作ってあげてくれないかな?」
「まぁ、可愛らしい子……!畏まりました!」
「こっちに座ろう。」
「すわろう」
レオナルドと言われた若者と一緒にテーブルにつく。ここは凄く良いにおいがして、段々お腹が空いてきた……!
少しして、食べ物が目の前に置かれる。久しぶりの人間の食べ物……ドキドキして、食べて良いのかどうなのか、確認するようにレオナルドの顔を見る。
「ハハハ、食べて良いよ。どうぞ。」
「ありがとう、いただきます」
「お?!ちゃんと言えるんだね!」
目の前には、何かの肉のステーキと、カゴに入ったパン、それとスープが置かれていた。スプーンを持って、スープを口にする。
「おいしい……」
「美味しいかい?良かった。」
温かいスープを口にして、久しぶりにパンを食べる。美味しくて嬉しくて、知らずに涙が零れてくる……
「どうしたの?泣かないで?もう大丈夫だからね?安心して良いんだよ?」
「うん……」
悲しい訳じゃないのに、どうして涙が出るんだろう。その理由も分からないけれど、パンを食べるとエリアスを思い出して、そうしたら何だか涙が出ちゃったんだ……
「レオナルド様、この子はどうされたんですか?」
「あぁ女将……さっきちょっと街の外へ行っててね。その時に見つけたんだ。一人でいてね。もしかしたら捨てられた子じゃないかと思って連れて来たんだよ。」
「まぁ……それは可哀想に……ですが、この子は黒髪に黒目です。男の子ならまだしも、黒髪黒目の女の子はかなりの希少と言われる程の存在ですよ?捨てたりするでしょうか?」
「そうだね……もしくは何処かから逃げて来たか……とにかく、一人のこの子を放っておけなくてさ。」
「そうですね。流石はレオナルド様です!」
「いや、誰だってそうするよ。僕が特別な訳じゃないさ。」
「でもこの子、ちゃんとナイフもフォークも使えてますね。ただの庶民って訳ではないのかも知れないですよ?」
「そうだね。貴族であればいなくなれば捜索願いが出るだろうから、それは各国へ知れ渡る筈だし、帰ったらでもすぐに調べてみるよ。……もし貴族じゃなければ商人の子供とかもありうるか……」
「それは考えられますね。簡単に貴族の子供が連れ去られはしないでしょうから。富豪の家の子供かも知れませんね。」
「まぁ何にせよ、身元が分かるまではうちで預かるさ。」
「その慈悲深いお心に感銘を受けました!素晴らしいです!」
「ハハハ、持ち上げないでよ。」
二人が何か話しているけれど、分かる言葉は半分程しかなくて、なんとか知っている言葉を繋ぎ合わせて意味を手繰り寄せていく。
どうやら二人は、私が何処かから逃げて来たと思っているようだ。それはあながち間違ってはいないんだけど……
用意された食事を食べ終えて、「ごちそうさまでした」と言って手を合わす。するとレオナルドは「良い子だね」って、頭を撫でてくれた。
これしきの事でそう言ってくれるんだ……
でも、私は良い子なんかじゃない……
良い子なら、きっとあのままあの場所で、こんなふうに逃げ出さずに魔物達を従えて、人間達に不安なんか与えずに安全という平和をもたらしていた筈で……
店を出てレオナルドと手を繋いで歩きながら、そんなことを考える……
しばらく歩くと大きな建物が見えて、レオナルドはそこに入って行った。色んな人がいっぱいいて、それに思わずドキドキしてしまう。
「レオナルド様、おかえりなさいませ。このお嬢さんは……」
「迷子でね。ひとまず預かる事にしたんだ。風呂に入れてやってくれるかい?」
「畏まりました。」
「何も心配しなくて良いからね。あ、そうだ、君の名前はなんて言うのかな?」
「なまえ、リュカ」
「リュカって言うんだね。あ、僕はレオナルド・ヴィオッティと言うんだ。レオって呼んでくれて良いからね。」
「レオン?」
「ハハハ、レオだよ。大丈夫だからね。」
レオって名前はレオンを思い出す。私がその命を奪ったレオン……レオには触れないようにしなくちゃ。右手だと大丈夫だけど、気を抜いちゃうと危ないから……
レオナルドは私にそう言って笑って、優しく頭を撫でてくれた。
そうして他の人に引き渡されるようにして、私は沢山のお水がある場所へ連れていかれた。そこで体を洗われて、温かいお水に浸かる。すごく気持ちが良い。人間って、こうやって体を洗うんだ……いつも光魔法で浄化させるだけだったから、お風呂と言うのに入ったことがなかった。初めての体験で、私はすごくこのお風呂と言うのが気に入った。
お風呂から出ると、綺麗な服が用意されていた。私がいつも来ていたのは、魔物の革で作った簡単なものだった。服を着せて貰うと、それはすごく柔らかい感触で肌がすごく気持ち良くって、自分から良いにおいがして、すごく気分が良くなった。
人間はいつもこうしているのかな?すごいんだな、人間って……
体がホクホクして、連れて行かれた部屋で眠るように言われる。
ベッドだ……
柔らかい布団があって、そこに入るとすごく気持ちが落ち着いてくる。触れる布が心地よくて、全部が気持ち良く感じて、久しぶりなこの感覚に身を委ねる……
前はエリアスと一緒にベッドで眠った。今は一人だけど、久しぶりに心地良い感覚が嬉しくて、同時にエリアスを思い出して寂しくなって、気づくと涙を溢しながら眠っていったようだった……
朝、窓から射す暖かな陽の光でゆっくり目を覚ます。気持ち良く眠れて、まだこのままでいたいって思いながら、ベッドから出ずに布団にくるまって、温かい感触の余韻に浸る。
そうしていると、扉からコンコンって音が鳴った。誰か来るんだ、と思って起き上がっていると、人が入ってきた。この人は多分女の人。昨日、私をお風呂に入れてくれた人だ。
「もう目覚められていたんですね。お着替えを済ませたら朝食です。レオナルド様がお待ちですからね。」
「うん」
ニッコリ笑うと、女の人もニッコリ笑った。それから着替えをさせて貰う。なんで何回も着替えるんだろう?そんなに汚れていないのにな……
それから髪を整えられて、女の人に連れられて部屋を出て行く。
別の部屋に連れて行かれると、そこにはレオが座って待っていた。
「おはよう!見違えちゃったな!」
「おはよう」
「どうぞ座って!やっぱり女の子って着るもの一つで変わるもんなんだね。ちょっと驚いちゃったよ。」
「おどろいた」
「それでね、リュカ、今君の事を調べて探しているんだ。もし身寄りがなければ、ずっとここにいても良いんだよ。リュカはすごく綺麗な女性に成長すると思うんだ……あ、ごめん、いきなりこんな事を言って!何を言ってるんだろうね!ハハハ!」
「ははは」
しかし、人間はやっぱり優しい人が多いんだな……龍の私は嫌われていたけれど、人間の姿だと私には攻撃してこない。お父さんが弱いけれど可愛い存在だと言ったのがよく分かる。
「今日は僕はすることがあってね。一緒にいてあげる事は出来ないんだ。さっきリュカを連れてきたメイドをつけるから、相手してもらうと良いよ。」
「めいど?」
「あぁ、メイドのロレーナだよ。」
「ろれーな」
「そうだよ。昨日から僕の従兄弟達が遊びに来ていてね。今日帰るから、送りに行くんだ。戻ったらまた顔を出すから、それまで待っててね。」
「うん、まってる」
「ハハハ、良い子だね。」
レオにそう言われて、ロレーナと一緒に部屋に戻ってきた。何しましょう?って聞かれたので、書棚にある本を適当に掴んで、それを読んで欲しいって伝えた。ロレーナは微笑んで、「これは大人の難しい本だから、こっちにしましょう」って言って、絵が描かれた本を持ってきて、私と一緒にソファーに座って声に出して読んでくれた。
優しくゆっくりと、聞かせるように読んでくれる物語に、私はすっかりのめり込んじゃって、何度も「もっと!」って言ってロレーナにせがむ。ロレーナは嫌な顔ひとつしないで、微笑んで私に何度も読み聞かせてくれた。
このひとときが凄く楽しくて、それから嬉しくて、言葉も覚えられるし色んなお話しが聞けるから、時間が経つのも忘れてずっと本を読んで貰っていた。
「少し休憩しましょう。お茶をお持ちしますね。」
「おちゃ……のむ」
「ふふ……少しお待ち下さいね。」
ロレーナが出て言って、部屋にポツンと一人になった。ソファーから降りて、窓から見える景色を眺めにいく。下には色んな人が行き交っている。しばらくその様子を眺める。
人間っていいな……何人もで生活してて、皆で協力しあったりしてて、優しくて争わなくて……
まだ人間の世界にいるのが少しだけだから、そんなふうに見えてるだけかも知れないけれど、私には行き交う人々の姿がキラキラして見えるんだ。
そんなふうに考えながら見ていると、何やらバタバタした感じで走っている人が向こうからやって来て、それが段々多くなって、あちこちから叫ぶような声が聞こえてきた。
何があったんだろう?!って思って、窓にへばりつくようにして外を見ていると、人々は何かから逃げているような感じが見てとれた。
いきなり扉が大きくドンドンって鳴って、すぐにロレーナが入ってくる。
「リュカちゃん!魔物が街に入り込んだみたいなの!ここから出ないようにね!」
「え……?!」
扉の外ではバタバタと走るような足音が聞こえてきて、慌てた感じが音を聞くだけでも伝わってくる……!
「大丈夫だからね、私と一緒にここにいましょう!大丈夫だから!」
「ロレーナ……」
そう言うロレーナはガタガタ震えていた。
魔物が街に……
どうして……?
嫌な予感しかしない……
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