加賀美優衣の決断


「いや、それは優衣が悪いよ」


 昼休み、二人で弁当を食べながら、優衣は美乃梨の言葉に気分が沈むのを感じた。


「仮にも彼女がいる男の子をそんなふうに誘ったって、向こうは断るしかないじゃん。せっかくメッセージしてくれたのに、月島くん困ったと思う」

「うっ……だってぇ……」


 話題は、昨日の月島遥とのメッセージのことについてだった。

 話の流れで彼を家に誘ってしまったが、当然ながらあっさり断られ、少しの気まずさを残して会話は終了した。


 勢いに任せすぎた、と優衣は後悔していた。

 美乃梨も同意見らしく、今はそのことで叱られているのだった。


「思ってたより話が弾んで……嬉しくなっちゃって……つい」

「まあ気持ちはわかるけどねー」


 卵焼きをかじりながら、美乃梨がウンウンと頷く。

 今日も教室に月島遥の姿はない。

 おそらく、食堂で友人達と昼食を摂っているのだろう。

 きっと水尾雪季も一緒に違いない。


「なんて断られたの?」

「う、うん。……これ」


 優衣はスマホを出し、メッセージのやり取りの画面を美乃梨に見せた。


『ごめんな、俺、彼女いるから、加賀美さんとそういうふうに会ったりできないんだ。って、もし冗談だったら恥ずかしいな、俺(笑)』


「うーん、意外と誠実、というか、度胸あるわね、月島くん」

「うん。なんか私、ますますいいなって思っちゃった……」

「たしかに、隠れ良物件かもねー、月島くんは。私もわりと好きかも」

「えっ!?」

「あはは! うそうそ。そんな焦んないでよ」

「み、美乃梨ちゃぁん……」


 心臓に悪い。

 美乃梨は、優衣よりも目立つし、可愛くて男子からも人気だ。

 そんな彼女を相手取るのは、どう考えても嬉しいことではない。


 が、優衣はふと思った。

 では、なぜ自分は水尾雪季と戦おうとしているのだろうか、と。


「でもダメだよ、優衣。あんたがやろうとしてるのは略奪愛なんだから、慎重にやらないと」

「は、はい……」


 そう、略奪だ。

 自分は今、一人の男の子を、美少女から奪おうとしている。

 慎重さと大胆さ、この二つをうまく使い分けなければ、勝機はない。


 そのためには、できるだけ水尾雪季に気づかれないように、まず月島遥との親密度を少しずつ……


「ん。加賀美さん」

「……えっ?」

「……うわ、やばっ」


 気がつくと、向かい合う二人の横に、水尾雪季が立っていた。

 無表情ながらも彼女の顔は美しく、視線は優衣に向けられていた。


 予定外過ぎる。

 まさか、向こうから来るとは。


 あまりに突然のことに、優衣は目を見開いて固まってしまった。

 向かいの美乃梨が、額に汗を浮かべながらも口を開く。


「ど、どうしたの? 水尾さん」

「……加賀美さん」

「は……はい……!」


 一体、なんの用だろうか。

 優衣の脳裏に、様々な可能性が浮かぶ。

 彼氏に近づくな、という警告か。

 はたまた脅迫か、牽制か。

 いずれにしても、良い内容ではないはず。


 ゴクリ、と喉を鳴らして、優衣は水尾雪季をただ見つめていた。


「遥のこと、好き?」

「えっ……」


 その言葉をゆっくりと理解していき、あるところで優衣は顔をカッと赤くした。


 遥。

 それは間違いなく、月島遥のことだ。

 その彼を、好きかなのか。

 目の前の少女は、自分にそう尋ねている。


「えっ……そ、それは……えっと……その」

「ん。好きじゃない?」

「す……す……好き、っていうか……そのぉ」


 優衣は助けを求めるように、美乃梨の顔を見た。

 が、美乃梨は舌を出して頬を掻くだけで、もうお手上げだという様子だった。

 たしかにこうなってしまっては、戦略もなにもあったものではない。


 月島遥本人に気持ちがバレるのは時間の問題だと思っていたが、まさか先に水尾雪季の方に、しかも、こんなに早く、勘づかれるなんて。


「ん。好きになってもいい。恋は仕方ないから」

「……えっ?」

「でも、私の方が遥を好き。ライバルなら、負けない」

「え……えっと……」

「遥のこと、好き?」


 なんて強い女の子だろう、と優衣は思った。

 ただの美少女ではない。

 水尾雪季は、戦うことを恐れず、人を愛することを恥じず、こうして今、自分に宣戦布告している。

 恋人というポジションに、あぐらをかくことなく。


「……好き」

「ん」

「……私、月島くんが好き。ごめんね、水尾さん」

「……ん。わかった」


 水尾雪季は表情を柔らかくし、クルッと向きを変えて歩いて行ってしまった。

 見ると、向かう先には月島遥の姿がある。

 水尾雪季の背中越しに、月島遥と目が合った。


 月島遥は不思議そうな表情で首を傾げながらも、小さくこちらに手を振ってくれた。

 優衣は嬉しくなって、ひらひらと手を振り返す。

 なぜか、今までよりも心が軽い気がした。


 ライバル。

 そう水尾雪季は言った。

 これが戦いなら、たしかに自分たちはライバルだ。


 負けたくない。

 負けない。


 優衣は拳を握りしめ、月島遥に笑顔を向けている水尾雪季の背中に向けて、まっすぐ突き出した。


「……勝負だよ、水尾さん」

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