彼と彼女の怖いもの③


「……」

「……」

「……」

「……雪季」

「……ん」

「ん、じゃありません」

「……ん」

「雪季!」

「……はい」


 風呂上り。

 パジャマを着て、髪を乾かし終わって、遥と雪季はリビングで正座で向かい合った。


 雪季の暴走を止めるのは大変だった。

 裸になろうとする雪季を止めながら、裸にさせようとする雪季を止める。

 水を掛けたり、声を上げたりしても全く効果はなく、最終的には遥が無理やり長いキスをすると、雪季は力の抜けたように大人しくなった。


「……反省してるのか?」

「……ん」

「それは、どっちなんだ……」

「……してる」

「……」


 騒ぎが収まった後は、浴室内のハンドタオルで交互に目隠しして、その間に身体を洗うことにした。

 遥は自分が洗っているとき、雪季が目隠しをはずさないかということに神経をすり減らした。

 そして、遥が浴槽で目隠しをしているとき、何度もキスしてくる雪季に手を焼いたりもした。


 数々の危機を乗り越え、今やっと、遥は雪季と話す機会を得たのだった。


「……なにを反省してるんだよ」

「……?」

「……やっぱり! こら!」

「……ん」


 雪季は拗ねたように身体を揺らし、こちらに両腕を伸ばしてきた。

 ハグをねだる時の、お決まりのポーズだった。


「ダメ! 今は真面目な話してるの!」

「……くっつきながらしよ」

「ダーメ!」

「なんで」

「な、なんでって……とにかくダメ!」


 くっついていると怒れなくなる。

 なんてことは口が裂けても言えなかった。


 遥だって、雪季が好きだ。

 雪季と触れ合っていると幸せな気持ちになって、どうしても強く言えなくなってしまう。


 しかし、今は真剣な話し合いだ。

 少なくとも、遥はそう思っている。

 が、雪季は相変わらず甘えてきてしまうのだった。


「んー」

「だ、ダメだって……」

「んー……じゃあ手だけ。繋ぐ」

「えぇ……じゃあ手だけだぞ。ホントに」

「ん。手だけ」


 雪季が突き出してきた両手を、遥もゆっくり両手で掴んだ。

 柔らかく、そしてスベスベの手の感触が伝わる。

 満足げに笑顔になる雪季。


(かわいい……くそぅ……)


 さすがは圧倒的美少女、雪季だ。

 そんな雪季に甘えられては、怒るどころではなくなってしまう。


 が、ダメだ。

 ちゃんと、決めておくべきことは決めておかなければならない。

 ここで折れては、今後にも響いて来る。


「あのな、雪季。何度も言ってるけど、俺はまだ、雪季とそういうことはしたくないんだよ」

「……なんで?」

「大切にしたいの。軽々しい気持ちが嫌なの。本当に好きだから、こういうこと言うんだぞ」

「……軽々しいってなに」

「そ、それは……」

「ん。軽々しくない。遥のこと、真剣に好き。好きだから、もっと知りたい。もっと触りたい。それが、軽々しい?」

「……そういうわけじゃ、ないけど」

「……時間をかけることが、大切にすること? いくら待っても、私の気持ちは変わらない」

「……」


 遥は考えてしまった。


 大切にしたい。

 よく考えたい。

 たしかにそれが、遥が雪季との進展を拒む大きな理由だった。

 しかしこれについては、雪季の言うことも充分に理解できる。

 そして、そんな反論をされたらどうしよう、と遥もずっと思っていた。


 言い返せない。

 これだけでは、雪季を納得させられない。


 しかし、遥は言いたくなかった。

 他にもいくつかある、遥の足を止めている理由を、雪季に話したくはなかったのだ。


「……何考えてる?」

「……」

「……言って?」

「……でも」


 遥がそう漏らすと、雪季は繋いでいた手を少しだけ強く握って、グッと遥を引っ張った。

 身体が傾いて、雪季と抱き合う形になってしまう。


「こ、こら! 雪季……」

「ん。遥、好き。大好き。だから、思ってることは言って。ちゃんと、聞くから」


 雪季の声は優しかった。

 いつも子供のような雪季が、今だけはなぜだか、大人っぽく見えていた。


「……雪季とそういうことをしてから、嫌われたらどうしようって思ってる」

「……ん」

「……雪季みたいな可愛くて、良いやつで。……そんな子とそういうことをして、それから嫌われて振られたら、最初からその行為をしなければよかったって、俺はたぶん、思っちゃうんだ……。雪季が大切だから」

「……ん」

「……雪季のことは好きだけど、俺は釣り合ってる自信がなくて……だから、もしいつか雪季と別れることになるとしたら、俺は、雪季を汚したくない……。俺の勝手な、意味不明な考えかもしれないけど……」

「……ん」

「……それに、やっぱり自信もなくて……これからずっと、雪季に好きでいてもらえるのかなって……。ちゃんと頑張るけど……ガッカリさせるのが……怖くて」


 雪季はぎゅーっと、強く抱きしめてくる。

 何も言わずに、ただハグだけで遥を安心させようとしているようだった。


「……だから、俺は雪季との関係が進むのが……まだ」

「……ん、よくわかった」


 雪季は遥から離れた。

 またまた向き合って、手を繋がれる。

 そのまま腕を引っ張られて、短いキスをされた。


「……話してくれてありがとう」

「あ、ああ……うまく伝わってるといいけど」

「ん。伝わった」


 薄ら柔らかく笑う雪季が愛しくて、今度は遥からキスをした。

 ほんの少しだけ、長く。


「……んぅ!」


 だが離そうとしても、くちびるは離れなかった。

 雪季が遥の頭に手を回して、離れないように引き寄せているらしい。


 今までしたことのない、激しくて長いキス。

 くちびるを甘く噛んで、舌が触れ合って、歯を舐められた。


 やばい。


 遥は頭がとろけそうになる。

 自制心と怖れ、緊張が崩れていくのをぼんやりと感じる。


 やばい。


 雪季の腕で耳を塞がれているせいで、キスの音だけが聞こえる。

 水の中にいるように音がこもって、息ができない。

 キスに溺れそうだった。


 やばい。


「……っはぁ」


 どれくらいたったのかわからない。

 わからないけれど、どうやら終わったらしかった。


 細い視界の中に、顔を赤くしている雪季がいた。

 無表情でこちらを見つめ、チロっと口の周りを舐める。


「……ん、はる」


 気づけば、身体が動いていた。

 遥は雪季に襲いかかるようにもたれかかり、両手を掴んで押さえつけた。

 馬乗りの体勢になり、目の前には驚いたような、焦ったような雪季の顔があった。


「……はる」

「……雪季」


 覆いかぶさるように、首元にキスした。


「んっ……!」


 聞いたことのない雪季の震えた声に、頭がおかしくなりそうだった。


 キスをする度に、雪季は鳴くように声を出した。

 頬やくちびる、額にもキスした。


 雪季は動かなかった。

 時折みじろぎしそうになるのを、力で押さえつけた。


「んんっ!」


 鎖骨の上にキスをすると、一際大きな声が出た。

 その声で我に帰って、遥は息を荒げながら雪季を見た。


 雪季は。


「はぁ……はぁ……」

「…………はるか」

「あぁ……くそっ」


 雪季の表情は堅かった。

 口元が歪み、涙目になっていた。


 怯えている。

 遥には、雪季の姿はそう見えていた。


「だから……」

「……」

「……はぁ。……だから、やめろって言ったろ」


 倒れている雪季を放って、遥はベッドに入った。

 雪季の枕をベッドの下に落として、一人で布団をかぶって壁の方を向いた。


 後ろで、雪季が布団を敷いているらしい音がした。

 一緒に暮らし始めてすぐに買った布団。

 最近使っていなかった布団。


 怒鳴ってしまわなかったのだけはよかった。


 今の遥には、それくらいしか考えることができなかった。



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 私まろやかの新作ラブコメが、この度連載スタート致しました!

 今回はハーレム無しの、じれじれ系青春ラブコメとなっております。

 「読んでやるよ!」という方がいらっしゃれば、是非そちらもよろしくお願いします!


↓↓↓


美少女と距離を置く方法〜俺のぼっち生活が学園の高嶺の花に邪魔されるんだが〜


https://kakuyomu.jp/works/1177354054892506264

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