持ってるに越したことはない


 バイトの帰り道、遥は偶然、雪季と一緒になった。


「遅かったな、今日は」

「ん、るりとお話ししてた」

「ふーん」


 夜道を並んで歩きながら、自然に手を繋ぐ。

 遥が右で、雪季が左。

 すっかり決まってしまった、二人の立ち位置だ。


「どうだ? パン屋のバイトは」

「ん、楽しい。おばさん、いい人」

「そりゃよかった。たしかに、椎葉のお母さんはいい人そうだな」

「ん。るりより賑やか」

「おお……それ、俺ちょっと苦手かも」


 他愛もない会話をするうちに、二人はいつも使っているスーパーに差し掛かった。


「寄ってくか?」

「……今日は、違うところ」

「違うところ?」


 遥が首を傾げていると、雪季は少し早足になって、遥を引っ張るように歩き出した。


「ん、ここ」

「ここは……」


 雪季が立ち止まったのは、普通のコンビニの前だった。


「なんで、コンビニ?」

「ん、たまにはいい」

「……まあ、いいけど」


 たしかに言われてみれば、節約という観点からも、普段はあまりコンビニを利用することはなかったりする。

 雪季の言う通り、たまにはいいかもしれない。


 だが、店内を眺めてみても、そこはやはり普通のコンビニだった。

 品揃えにも変わったところはない。

 遥はせっかくなので、スーパーには売っていないような食べ物を夕食用に選び、ついでにカップアイスを一つ追加した。

 最近は暑い日も増え始めている。


「雪季、決まったか?」

「ん」


 駆け寄ってきた雪季が持っていたものをカゴで受け取って、二人でレジに並んだ。

 すぐに順番が来て、気だるそうな店員が商品をスキャンしていく。


 帰ったら何しようかなぁ。

 そんなことを考えながらぼおっとしていると、一瞬、レジを打つ店員の手が止まった。

 おや、と思って見ると、店員はちらりとこちらを何度か見てから、ある商品をゆっくり袋に入れた。


 ん? なんだ、今の。


 疑問に思いながら、レジの電子画面に目をやると。


『スキン ゼロゼロワン 1テン』


 は?


 その文字はすぐに消え、『コダワリヤキプリン 1テン』に切り替わった。


「ちょっ!!」


 思わず、声が出た。

 再び、店員の手が止まる。

 が、なんと言おう。

 何も考えず、反射的に叫んでしまった。

 今さら、間違ってました、なんて言うのも、それはそれで恥ずかしい。

 間違ってそんなものをカゴに入れるなど、普通はありえない。


 伸ばしかけた手を引っ込め、平静を装う。

 店員は訝しげな顔をしたが、すぐに持っていたプリンを袋に詰めた。


 隣を睨むと、雪季が無表情でそっぽを向いていた。


(ゆ、雪季ぃぃぃい……)


 怨念のこもった視線を投げかけても、雪季は知らん顔だった。


 雪季がカゴに入れたものをきちんと確認していなかった自分も、悪いといえば悪い。

 完全に油断した。わざわざコンビニを選んだのは、それが理由だったのか。

 さすがは策士雪季。


 総計3200円程の会計を終え、遥は重過ぎる足取りでコンビニを出た。

 前を行く雪季は、対称的に上機嫌に見える。


「雪季ぃぃい……」

「……」

「無視するなぁ! 勝手にあんなの入れて! しかも高いし!!」

「……ん、生活必需品」

「必需品なもんか!」

「……無しはよくない」

「ちがーーーう!!」


 満足げな雪季と、頭を抱える遥。

 真逆な二人は帰宅すると、すぐに夕食を食べた。

 出たゴミを片付け、風呂が沸くのを待つ間、テーブルに置かれた小箱を挟んで向かい合う。


「……」

「……」

「……どうすんだよ、これ」

「……ん、使う」

「『使わないのに』どうすんだ、って言ってるの!」

「……ん、まあまあ」

「まあまあ、じゃねぇ……」

「ん、持ってるに越したことない」

「いや……まあ、そりゃそう……か?」

「ん、そう」

「……はぁ」


 遥は小箱を掴むと、タンスの奥にそれを押し込んだ。


「封印しました」

「ん、近い未来に解かれる」

「解くな!」


 やれやれ、まったく。


 呆れて物も言えない遥だった。

 雪季という女の子のことを、見誤っていたのかもしれない。

 ひょっとして、ただそういうことがしたいだけなのでは。


「遥ぁ」


 浮かんできたそんな疑問も、ベッドに潜り込んでくる雪季の顔を見ていると、自然とかき消えていった。


「はぁ……。雪季、ホントに、ちゃんと考えないとダメだぞ。冗談じゃなくて」

「……ん、考えてる」

「なんか嘘っぽいな……」

「……考えてるからこそ」

「……そうかなぁ」

「ん、好きだから、そういうことしたいのは当然」

「……いや、まあ、そうだけど……時期の問題が……」

「……もういい」


 雪季は拗ねたように抱きついて来て、少し痛いくらいに頭をくっつけてきた。

 幸せな痛み。

 遥はふぅっと息を吐いてから、胸元の雪季の頭をゆっくり撫でた。


 たぶん、自分の方が少数派なんだろう。

 それは分かる。

 申し訳なさだって、少しある。

 だが、雪季とのそういう行為は、もっと大切にしたかった。


 うぅん、悩ましい。


 遥は観念して目を閉じた。

 とりあえず、今日のところはこれでいい。

 時間はたっぷりあるのだし、焦ったってきっと、いいことはないはずだ。


「……雪季?」

「……ん?」

「ところで、あれってあんなに高いのか?」

「……一番高いやつにした」

「おい!」

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