お宝と女子会 みんな気になってたこと


「いやぁー、よかったねぇ雪季ちゃん! 改めておめでとう!」

「ん、ありがと」


 水尾雪季が、誇らしい無表情で言った。

 手に持った青いクリームソーダのグラスを掲げて、椎葉るりに突き出す。


「へーい!」

「乾杯」


 るりが自分の緑のクリームソーダを、それにカチンとぶつける。

 軽やかな音が鳴り、爽やかな匂いがした。


「ん、愛佳も」

「愛佳ちゃーん!」


 二人がこちらを向き、同時にグラスを差し出してくる。

 都波愛佳は頬杖を突いたまま、自分のコーラフロートのグラスをぶつけた。


「いえーい!」

「うるせぇな」


 愛佳はグラスを手元に戻し、ストローでコーラを飲んだ。


 今日はるりが企画した、雪季の祝勝会だった。

 三人でお洒落なクリームソーダが人気の店に集まり、雪季を祝う。

 何に勝ったのかと言えば、それはもちろん、あれである。


「で、どうなの? 月島くんはちょっとは変わった?」

「ん、わりと」

「おーー!」


 雪季の短い返答にも、るりのリアクションはいい。

 対して、愛佳はあまり乗り気ではなかった。

 そもそも、恋愛にあまり興味がない。

 なぜ自分が呼ばれたのかも、イマイチよくわからなかった。


「ち、ちゅーは?」

「ん、した」

「おお!! い、いっぱい?」

「いっぱい」

「うわぁぁぁあ!! やったぁぁあ!!」


 何を見せられてるんだ、自分は。

 愛佳はやたらテンションの高い二人を、冷えたジト目で睨んだ。


 月島遥は、水尾雪季を選んだ。

 正直、そうなるだろうと思っていた。

 正確には、遥が誰かを選ぶなら、それは雪季だろう、と。

 ただ愛佳が驚いたのは、遥が「誰も選ばない」という選択をしなかったことだった。

 意外と、そんな根性があったのか。

 それと、甲斐性も。


「そ、その先は……!?」

「……まだ」

「あぁぁぁ……」

「ん、でも」

「でも!? でも、なに!?」

「……あれを手に入れた」

「あ、あれって……まさか」

「……ん」

「お、おぉぉぉ!」


 酷い会話だ。

 愛佳はフロートのアイスを一口食べてから、ふぅっと吐息をついた。


 実はこの祝勝会とは別に、雪季を絢音に入れ替えた残念会なるものも、るりは計画していた。

 そちらにも、愛佳は強制的に出席扱いになっている。

 なんとも面倒だ。

 色恋沙汰の一喜一憂なんて、勝手にやっていてほしい。

 そう思いながらも参加を断らないあたり、自分は案外、お人好しなのだろうと愛佳は思っていた。


「いやぁー、これは進展が早そうですなぁ」

「……ん、でも」

「おお? また、でも?」

「……遥、ガードが固い」

「が、ガードが? 男の子なのに?」

「ん。女の子みたい」

「うーん、なるほどぉ。たしかに月島くん、ヘタレ……じゃなくて、真面目そうだしね」

「ん。これからが勝負」

「そっかぁ。がんばれー、雪季ちゃん!」


 聞きたくない会話だ。

 愛佳は居心地の悪さに身じろぎした。


「ところで私、ずっと聞きたかったことがあるんだよ!」

「ん、なに?」

「愛佳ちゃんに!」

「……はぁ?」


 ぐわっとこちらを向いたるりの顔を、愛佳は呆れ顔で見た。


「アタシにかよ……」

「うん! いい機会だし!」

「……なんだよ」

「……愛佳ちゃんって、好きな人いるの?」


 そう聞いたるりは、ニンマリと笑っていた。


「……めんどくせぇ質問しやがって」

「お!? なんですかー! その気になる反応は!」

「……ん、気になる」


 二人の興味津々な視線を受けながら、愛佳はやれやれと首を振った。


「いねぇよ」

「えーぇ」

「ん、ホント?」

「信じられなきゃ勝手に疑ってろ」

「うーん。愛佳ちゃんはクールだねぇ」

「愛佳、モテるのに」


 たしかに愛佳はわりとモテる。

 が、さっきも言ったが興味が無い。

 恋愛感情はあるだろうし、その時が来れば人を好きになったりもするのだろうけれど、今はそんな相手がいない。

 わざわざ探そうとも思わない。

 ただ、それだけのことだった。


「うーん、可愛いのに、もったいないなぁ」

「ん」

「知るかよ」

「でも私、勘違いしてたよ」

「ああ?」

「てっきり、愛佳ちゃんは月島くんが好きなのかと思ってた」

「……へぇ」

「うわぁ、これはホントに違うときの反応だ……」

「ん、遥はダメ」

「そしてこれは雪季ちゃんの独占欲だ! かわいい!」

「うるせぇ……」

「でもそっかぁ、違ったんだね。なぁんだ」

「どう見ても違うだろ」

「そう? 気になってた人、多いと思うけどなー」

「どういう意味だよ……」


 ほのかにメタ発言の匂いがする。


「だから私、もう誰を応援したらいいのか、正直わかんなかったんだよねー」


 るりは感慨深そうに、うんうんと頷く。

 よくもまあ、人の恋愛にそこまでエネルギーを割けるものだ。

 愛佳は純粋に感心していた。


「え? 愛佳ちゃんだってけっこう、応援してたじゃん! 絢音ちゃんのことも、雪季ちゃんのことも!」

「……はぁ?」

「ん、そう」

「い、いや、応援っつーか……あれは、まあ……」

「あっ! 愛佳ちゃんが照れてるー! これは貴重なシャッターチャンス!」

「なっ! 照れてねーよ! やめろや! こら! 写真撮んじゃねぇ!」

「ん、愛佳かわいい」

「かわいーーい!!」

「てめぇらぁ……!」


 愛佳は怒りに任せて暴れ、二人のスマホを奪い取った。

 撮られまくった自分の写真を全て消去し、二人にスマホを投げ返す。


「あーー! お宝写真がー!」

「残念……」

「うるせー!!」


 その後、不機嫌な愛佳をよそに、雪季とるりのハイテンション女子トークは続いた。


 やれやれ、これと似たような会が、もう一回あるとは。

 愛佳は気分が重くなり、全身から力が抜けていくのを感じた。


「ん、愛佳」

「……んだよ」

「……愛佳のおかげでうまくいった。ありがと」

「……いいよ、べつに」


 雪季が、ニコリと笑ってこちらを見た。


 とりあえず、今日は最後まで付き合ってやろう。

 そう思ってしまう自分は、やっぱりお人好しなのだろう。

 愛佳は自分に溜め息をつきつつ、残ったコーラを一気に飲み干した。

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