エピローグの直後


「…………雪季」

「…………ん」

「…………大事な話があります」

「…………ん」


 一度は落とした照明をつけ直して、遥と雪季はテーブルを挟んで向かい合った。

 そうしないと、今の雪季はすぐにくっついてこようとする。

 真剣な話をしなければ。

 そう思っていても、抱きつかれた状態では意気が削がれてしまう。

 そうならないためにも、こうして物理的な距離を取るのが唯一の対策だった。


「……遠い」


 小さい声でそう言って、雪季はこちらに手を伸ばす。

 正直、可愛くて仕方がない。

 が、ここで負けては意味がない。

 ブンブンと首を振り、遥は雪季の手を無視して話を進めることにした。


「……あのな、雪季。何回も言ったけど、まだそういうことをするのは早いと思うんだよ。付き合ってから、一週間しか経ってないのに」

「……早くない」

「早いって! ……いや、まあそりゃあ、俺もどれくらいが適切なのかとかは、全然わかんないけどさ……」

「……早いとか遅いとか、関係ない」

「か、関係ある! それに、そもそもまだ高校生なんだからな!」

「なーいー!」


 テーブルの横をすり抜けて、雪季が四つん這いで迫ってくる。

 水色のパジャマの胸元が開いて、奥が見えそうになっていた。


「こ、こら雪季! 来るな! 這うな! 今はダメだ! 真面目な話なんだぞ!」

「やだ」

「やだじゃない! それに、下着はつけろって言っただろ!」


 遥のあまりにも今更な指摘を、雪季は意にも介さず接近してきた。

 結局正面からのしかかるように抱きしめられ、胸に頬ずりされる。


「遥ぁ」


 語尾にハートマークの浮かぶようなとろけた声で、雪季が遥の名前を呼んだ。


「……はぁ」


 徒労感に苛まれながら、遥は雪季の頭を撫でた。

 目的は全然達成されていないが、こうしていると、すごく幸せな気持ちになってくる。


 やっぱり、自分は雪季のことが好きなんだなぁ。


 遥は嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちで溜め息をついた。


「……遥」

「な、なんだよ……」

「……私、可愛くない?」

「きっ……急にどうしたんだよ……」

「……物足りない?」

「……」


 腕の中にいる雪季が、上目遣いで聞いてくる。

 そんなわけがない。

 なんだその質問は。

 遥は顔が赤くなるのを自覚しながら、雪季から目をそらした。


 あざとい。

 雪季自身だって、遥の答えは分かりきっているはずだ。

 なのにこんな質問をしてくる理由は、おそらくただ一つ。


「……可愛いよ、雪季は」

「ん。じゃあ、しよ?」

「こら!」


 やはり、そういう論法だった。


「女の子がそういうことを言うもんじゃありません!」

「なんで」

「はしたないですよ!」

「……恋人だからいい」

「恋人だけど! それに、物事には順序とタイミングがあるんだぞ!」

「……いつがそのタイミング?」

「そ、それは……まだわかんないけど……」

「そんなのやだ」


 怒ったような声を上げながら、雪季が遥の身体を登ってきた。

 そのまま後ろに押し倒され、馬乗りされる形になる。


 雪季はそのまま屈み込むと、強張る遥の口に自分のくちびるを重ねた。

 突然のことで呼吸が狂い、遥はむせ返ってしまった。


「ごほっ、ごほっ! こ、こら! 急になにすんだ!」

「ん、美味しい」

「美味しいわけあるか!」

「……もう一回」

「ダメ! もう寝るぞ!」

「……キスもダメなの?」

「……い、いや、まあ、キスは……ダメってわけじゃ」


 勢いで拒否してしまったが、キスはもう、何度かしてしまっている。

 というか、大半はされている。

 特別拒む理由は、実はない。

 ただ、この話の流れでそれを許してしまうと、遥は自分の意思が崩れてしまうような気がしていた。


「ん、じゃあ、遠慮なく」

「す、ストップ! この体勢はなし! せめて起きてからにしてくれ!」

「だーめ」


 またしても、強引にキスされる。

 雪季のくちびるの柔らかな感触と、雪季の匂いで頭がぼうっとする。


「……っはぁ」

「……はぁ……はぁ、さあ、もう寝るぞ……?」

「……ん、もう一回」

「こら! いいかげ」

「遥ぁ」


 両手を恋人繋ぎで掴まれて、無理矢理に口を塞がれながら、遥は思った。


 あぁ、やっぱりこの子は、自分の手には負えないかもしれない。

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