ケーキをもらう、くちびるを噛む


「おぉーーー!!」

「ん……すごい」


 箱を開けると、凄まじく豪華なホールのショートケーキが姿を現した。

 遥と雪季は二人で歓声をあげ、フォークと紙皿を持って小躍りする。


 ケーキは遥の手柄だった。

 以前バイト先で製品を販売したお客さんが、遥のことをひどく気に入ってくれたのだ。

 接客のお礼に、と今日再び来店したそのマダム風のお客さんが、箱に入ったケーキをくれた。


 バイト仲間と分けようかとも思ったが、雪季が喜びそうだったので、持って帰ることにしたのである。


「一日で食べ切れるかな?」

「ん、余裕」

「……太るぞ」

「太らない」


 雪季はなぜか自信満々に言った。

 たしかに、雪季は見た目の華奢さの割に、よく食べる。

 が、太っている様子はない。


 それどころかむしろ……


「ん、スマート」

「こら!!」


 言いながらパジャマの裾をまくってお腹を見せてきた雪季に、遥はビシッとチョップをお見舞いした。

 不満そうに頭を押さえ、こちらを睨む雪季。


「痛い」

「簡単に肌を見せちゃいけません! はしたないですよ!」

「ん……恋人だから平気」

「恋人でもダメ!」

「……見たくない?」

「見た……く、ない!」

「えー……」


 フリフリと身体を揺らし、ねだるように雪季がこちらへ来る。

 すでに、ケーキのことは意識から消えているらしかった。


「こら! ケーキ食べるんだろ!」

「先に遥を食べる」

「食べるな!!」


 キスを迫る雪季の顔を押し返しながら、遥は呆れたように深く息を吐いた。




「それでは、いただきます」

「いただきます」


 紙皿に切り分けたショートケーキの先端を、フォークで口へ運んだ。

 ホイップクリームとスポンジ、その中に潜んでいた苺の果肉が口の中で混ざり合い、絶妙な甘酸っぱさが広がる。


「うまーーい!」

「うまーい」


 雪季は頬を押さえて満足そうにしていた。

 遥も大満足の味だ。

 おそらくだが、あのお客さんの身なりからして、そこそこの高級品であろうことが伺えた。

 舌に自信があるわけではないが、安っぽい味がしない気がする。


「いやぁ、バイト頑張っててよかったなぁ」

「ん、えらい」

「ホント、ありがたい限り……ん?」


 そこで遥は、不思議なことに気がついた。

 遥の皿に乗ったケーキと、雪季のケーキ、なぜだか、断面に見えるフルーツの種類が違うのである。


「俺のは中も苺なのに、雪季のはそれ、キウイか?」

「ん、そうみたい」


 どうやら、場所によって中に挟まっているフルーツの種類が違うらしい。

 上に苺が載っているから、遥はすっかり中も苺だと思い込んでいた。

 さすがは高級品だ。

 たぶん、高級品だろう。


「ん、そっちも欲しい」

「あぁ、ほら」


 遥は自分のケーキをフォークで少しすくって、雪季の方に差し出した。

 小さい口を一生懸命に開けて、パクッと頬張る雪季。


 こういう恋人らしいやりとりも、すっかり慣れてしまった。

 最初のうちは恥ずかしかったものの、なぜだか雪季が相手だと、無性に幸せな気持ちになる。


「んまーい」

「だろ?」

「こっちも食べる?」

「あ、いるいる」


 遥が答えると、雪季も同じようにして、フォークに刺したケーキをこちらに突き出した。

 特に抵抗もなく、口を開けてそれを食べる。

 雪季は嬉しそうに微笑んで、ケーキを食べる遥のことを首を揺らしながら眺めていた。


「うーん、キウイも美味いな」

「……」

「な、なんだよ?」

「ん、幸せ」

「……まあ、そうだな」


 どうやら、同じことを思っていたらしい。

 ニコニコと笑う雪季は、もう慣れたと思っていた今でも、ものすごく可愛かった。


「……あ」

「ん?」

「クリーム、ついてる」

「え、どこ?」


 遥が尋ねるが、雪季は答えずに、じっと遥の口元を見つめてきた。

 なんとなく身の危険を感じたが、すでに遅かった。


「ん、ここ」

「ひぃっ!」


 ペロリ、と雪季に口元を舐められて、遥は身体が硬直した。

 雪季の吐息が顔にかかり、舌の感触にゾクッとする。


「ん、美味しい」

「こ、こ、こら……雪季……」


 無表情でチロリと舌を出す雪季。

 気恥ずかしさとドキドキで呼吸が乱れた。


 キスそれ自体には、徐々に慣れてきていた。

 が、こうして不意を突かれると、未だにうろたえてしまう。

 というか、それが普通ではないか、と遥は思っていた。


「遥も美味しい」

「おバカ!」

「……もう一回」

「えっ!? あ、こら! やめ」

「んー」


 唇に緩く噛みつくような、一方的なキス。

 雪季とケーキの匂いが混ざって、あまりの甘さに頭がぼおっとする。

 味わったことのないような、柔らかくて温かい感触に寒気がする。

 遥は抵抗する意志を奪われそうになりながらも、何かが口の中に入ってこようとするのを感じて咄嗟に身体をのけぞらせた。


「あっ……」

「ゆ、ゆ、雪季!! お、お前なぁ……っ!」

「ん、惜しい」

「惜しくない! し、し、舌を入れるな!! バカ!!」

「んー、いじわる」


 遥は息を荒げながら、自分でもわかるほど弱々しい目で雪季を睨んだ。


 危なかった。

 今回は本当に危なかった。

 雪季の大胆さは今に始まったことではないが、最近は特に拍車がかかってきている。

 危うく、持っていかれるところだった。


「……もう一回」

「ダメ!! もうしばらくキスはしない!」

「えっ! やだ!」

「やだじゃない! 勝手に変なことするなら禁止!」

「変じゃない」

「変だ!」

「……ディープキス」

「言うなよ!」

「もう一回するー!」

「うわっ! や、やめ……ひぃぃいい!!」


 皿の上のケーキをほっぽり出して、二人はもみくちゃになった。


 無理やり進展させられている。

 そう思わずにはいられない遥だった。

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